空から降ってきた彼女

岩間 孝

プロローグ 流れ星

 今日も、いつもと変わらない孤独な一日だった。話しかけられたのは一度だけ。いつものように、掃除当番を押しつけるためにかけられた言葉だった。


「わりい。恩にきるよ。いつもありがとな!」

 両手を合わし、苦笑いするクラスメートの姿が頭に浮かぶ。本当に悪いだなんて思っているはずがなかった。


 ぼくは頭の後ろで手を組んで、すっかり暗くなった空を見上げた。秋特有の薄い雲のエッジに、太陽の残滓が僅かに残っている。


 小学四年生まで、仲良しの男の子がいた。隣に住んでいたその子は、親の仕事の関係で引っ越していった。もう遠い記憶だが、彼とは親友と呼べるほどの関係だった。


 なぜか、その少年のことを思い出した。

 いつも、一緒に遊んでいた少年。彼の笑顔や声が心に残っている。


 あれから一度も会わないが、元気なのか――考えても仕方の無いことを思いながら、足を進める。


 名前はかいたちばなかいだ。


 海がいなくなったその後も、高校に上がるまでは普通にうまくやってきたつもりだった。彼ほどに心を許せる友だちこそいなかったが、クラスメートたちとはそつなく過ごしてきた。それが、高校に進学してしばらくすると、今のように無視されるようになったのだ。


「はあ……」

 ため息が、一人ぼっちの道に響いた。


 バス停を目指して、トボトボと歩く。そして、いつものように市民公園の方へと道を曲がると、そのまま道なりに進む。公園を突っ切るのがバス停への近道なのだ。


 歩いていると、今度は両親のことが頭に浮かんだ。五歳の頃、交通事故で逝ってしまったのだ。


 さっきは海で、今度は父さんと母さんか――

 ぼくは心の中で、少し投げやりに呟いた。


 父さんの大きな手の感触と、母さんの柔らかい笑顔――脳裏によぎる温かで遠い記憶。


 寂しいから、思い出すのか。

 幼い頃の友人の記憶、父と母の記憶、孤独な高校生活、全てがぐちゃぐちゃに頭をかき混ぜる。 


 涙は出なかった。

 感情を持て余して黙々と歩いていると、ふと、街頭に照らされ、ひょろりとした影が伸びていることに気づいた。ガリガリの自分の身体がデフォルメされているようで――ぼくは笑った。


「はははははっ!!」

 影を追いかけるように走って、市民公園へと入っていく。他人が見たらおかしな人だと思ったに違いない。ぼくは笑いながら走っていたが、公園の中に入るとすぐに、足がもつれるように止まった。


 膝に手を当て、ぜいぜいと喘ぐ。ただでさえ運動不足なのだ。こんなめちゃくちゃな走り方で長く走れるわけが無い。


 息を荒げていると、人気の無い公園で、秋の虫の鳴き声が響いていることに気づいた。

 ぬるい風が吹いて、前髪がふわっとなびいた。


 暗い公園の一角で、虫、そして、自分だけ。

 目をつぶり、虫の声を聞いていると、学校での嫌なことが頭から消えていくかのように感じる。


 ――と、突然、虫の鳴き声が一斉に止まった。


 目を開いた途端、


 ゴウッ!

 もの凄い音が、辺り一帯に響き渡った。

 音につられて空を見上げると、ぼくの目に白く光る流れ星のようなものが映った。


 もの凄いスピードで視界に迫ってくるそれに、ぼくは恐怖した。

 これは何だ? 本当に流れ星なのか!?


 体が固まり、ただ見あげるしかできないぼくの頭上を、それは轟音とともに、あっという間に通り過ぎた。


 一瞬遅れて強風が髪を巻き上げ、焦げ臭い匂いが鼻を突く。


 ヤバイ。落ちるっ!


 衝撃に耐えようと地面にしゃがみ込んで身構える。

 だが、衝撃は起きず、音も光も同時に消えた。


 再び、虫が鳴き出した。


 今のは何だ!?

 ぼくは流れ星の消えた辺りを見て、首を傾げた。


 夢か幻だったのか? いや、それならあの虫の反応は何だったのだ? まさか、宇宙人の乗ったUFO……とか!?


 ぼくは呆然と、流れ星らしきものが落ちていった方角を見上げていた。

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