パラレルワールドの公式

一宮 沙耶

第1話 同期の彼

「私って男運がないの。この前、そろそろプロポーズされるかなと思ってたら、奥さんがいたのよ。1年半も黙っていたなんて、ひどいじゃない。どうすれば、素敵な人と結婚できるの?」

「占ってみるね。う〜ん。もう一人のお前さんに、男運を奪われているね。交代してみる?」

「そりゃ、そうしたいけど、どういうこと?」


 眩しい朝日。夏が終わり、窓を少し開けておいたので、気持ちいい涼しい風が入ってきた。あれ、さっき、老婆の占い師と話していたんだけど、夢だったのかな? そんなことより、もうこんな時間。早く起きて、会社に行かないと。


 朝食をとる余裕はなく、満員電車に揺られ、私が所属している経理部の部屋に、なんとか始業時間前には入れた。


「琴音、おはよう。あれ、無視して行っちゃった。今日は機嫌が悪いのかな?」


 何となくオフィスの雰囲気がいつもと違うような気もしたけど、そんな日もあるわよね。そんなことより、早く仕事しないと、今日は請求書をたくさん作らないといけないんだから。


 仕事を始めると、携帯にDMが届いた。何だろうとみると、同期の高宮くんが今日、二人でランチしないかって。え、あのイケメンで爽やかな高宮くんから誘われた?


 入社した時から、あんな人と付き合えればいいなと思ってたけど、人気も高くて、私なんか無理と諦めていた。入社後も、高宮くんは成果を着実に出していて、当社でも将来の社長候補とか言われて、さらに手が届かない、女性社員からはアイドルのような存在になっていたんだから。


 でも、何の話しだろう。誰かが好きでどうしようかという相談とか? そうよね。私なんかに興味持ってくれるはずがないもの。でも、もしかということもあるかも。まずは、運気が上がっている気もするから、OKって返事しておこうっと。


 早く、お昼にならないかしら。あの高宮くんと二人で話せるなんてドキドキだわ。やっとお昼になり、仕事を早々に切り上げて高宮くんが指定したレストランに行くと、もう高宮くんは来ていた。


「楓、今日は大丈夫だった? 月末月初は忙しいって聞いてたけど。」

「大丈夫、大丈夫。」

「よかった。何食べる? ここはカルボナーラがお勧めだけど。」

「じゃあ、カルボナーラにしよっと。美味しそう。」


 あれ、なんで私のこと楓って呼ぶんだろう。なんとか話しを合わせてみたけど、なんか付き合っているみたい。どういうこと?


「あのさ、11月に一緒に京都に旅行して紅葉を見に行くって話しなんだけど、その日、どうしても外せない仕事が入っちゃって、別の日に変更したくてさ。」


 え、高宮くんと一緒に旅行? 完全に付き合っているじない。どういうこと? でも、高宮くんの顔は嘘でもなさそうだし、話しを合わせないと。


「仕事じゃ、仕方がないわね。」

「よかった。嫌われちゃんじゃないかって心配していたんだ。ホッとした。」

「嫌うはずがないじゃない。」

「ありがとう。じゃあ、いつに変更する。12月5日とかどう?」

「大丈夫だと思う。」

「じゃあ、その日から2泊3日で泊まれるホテル探してみてるね。あ、パスタが来た。食べよう。」


 嬉しくて心が躍った。どういうことなの? 昨晩は夢かわからないけど、占い師の老婆が言っていたことと関係があるんだろうか? これから、私は高宮くんから幸せにしてもらえる日々になるって思うと、ウキウキした気持ちでいっぱいになった。


 でも、職場恋愛って、どんな感じなのかしら。みんなにバレないように、共通の秘密を抱えて過ごすなんてドキドキしちゃう。また、全く関係ない人より、同じ会社に入るということで生きてきた環境も似てるし、既婚者じゃないとか、温厚な人だとか、ある程度、素性も分かっているし、安心できる。


 あの、高宮くんと付き合えたら最高じゃない。絶対に、私を失望させたりしない人だもの。そんなこと考えていたら、帰りに、高宮くんと腕組んじゃった。職場の近くで大胆だなって言われちゃったけど。でも、1回のランチで40分ぐらいの僅かな時間でも、本当に幸せを感じることができたわ。


 その後、職場に戻り、午後の仕事に入ったけど、どうも、仲のいい琴音が相変わらず私を無視してる。


「琴音、何かあったの? 朝から機嫌が悪いじゃん。」

「どういうつもり?」

「何が?」

「そういう態度なのね。わかったわ。」


 そういえば、さっきも職場の雰囲気がいつもと違う気がしたけど、どうも、女性社員たちが私をみる目がいつもと違うことに気づいた。そう、みんな、私のこと無視してる。そして、トイレで、私が入っていることに気づいていないのか、私について女性達の話し声が聞こえた。


「聞いた? 楓って、琴音が付き合っている高宮くんを奪っちゃったんだって? 琴音がふさわしいのかって別の問題もあるけど。」

「私も、聞いた。あれだけ仲良くしていた友達の彼を取っちゃうなんて、人としてどうなのって感じよね。」

「少し、可愛いからって図に乗っているのよ。あんな人と話したりすると、私の彼も取られちゃう。関わりを持たないことに限るわね。」

「そうそう、みんなの憧れの高宮くんの彼女になって、マウント取りたいのよ。嫌な女。」


 そういうことだったのね。高宮くんのことといい、私の周りは基本的なことは変わっていないけど、ちょっとづつ変わっている。


 でも、高宮くんのことはどうしよう。琴音に戻すのがいいかしら。でも、もう琴音とは関係が復旧できそうもないし、高宮くんを物みたいに返すっていっても、二人の仲が戻るような気もしない。それなら、高宮くんと付き合い続けるしかないじゃない。


 職場で女性たちから嫌がらせを受けても、時間とともに次の話題に変わっていって忘れてくれるでしょ。私、そんなに注目されていないし。それより、高宮くんが優しくしてくれれば、楽しい日々を過ごせるし、それでいいじゃない。今のままでということしかないわね。

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