第3節 ホンモノノカエル

 この生物について私たちが言えることは、この生物が紛れもなく「本物のカエル」であるということ以外にない。


 ホンモノノカエルの幻覚は、「目の前に在るこの生物こそが本物のカエルである」という非常に強い確信を呼び起こす。


 ホンモノノカエルは、観察者それぞれが持つカエルのイデアの形態をとると考えられる。この生物は、各々の精神世界における最も平均的で最も純然たるカエルであるから、ホンモノノカエルに関して、大きい―小さい、美しい―醜いといった修飾語を付けることは適わず、ただ「本物の」という言葉でその唯一性を讃美するしかないのだ。  


 ホンモノノカエルは、一般に幻生生物の撮影に用いられるメンシュタット社製のトリエピロンレンズと偏光フィルターによっても、一切その姿を捉えることはできず、スケッチも意味をなさない。


 つまり、ホンモノノカエルを見た者は、それが「本物のカエルであった」という揺るぎない事実以外に、ホンモノノカエルについてのいかなる視覚的情報も持ち帰ることができないのだ。


 1961年のサンドワース会議(注1)では、この幻覚作用はホンモノノカエルの本体を覆い隠さんがための擬態行動であるとの提言がなされたが、真偽を確認するに足る証拠は存在せず、将来においても解明される見込みはないに等しい。その理由は、いわずもがな、この生物の存在があくまで主観的存在であり、客観的事実とは極めて食い合わせが悪いことに起因する。


 この生物は、カルノー川流域のリォド緑地にたった一匹で棲息し、発見当時から一切その場を動いていないが、このことは実地調査を生存確認の必須要件とする研究上の見地からすれば、この上ない幸運であった。


 ホンモノノカエルの幻覚は、殺人衝動を駆り立てる類の危険なものではないうえ、後遺的な影響もほとんど示さない。あるとすれば、この生物以外のカエルを指すとき、頭に「偽物の」を付け加えるようになる程度だ。


 この事実と、ホンモノノカエルの座標の非時間依存性によって、幻生生物研究の基礎研究はホンモノノカエルを用いて行われることが最も多い。


 カエルの視認と幻覚の発動が等価であることを認めることで、幻覚作用領域と非幻覚作用領域の差異を評価することができる。


 1987年、この手法を用いたニッグマン・ルーズセンは、幻覚作用領域中にU因子の存在を明らかにした。U因子は、大気の光学的性質を著しく変化させ、視覚的情報を操作し、認知を歪める。 


 ホンモノノカエルがU因子を自らの幻覚作用の一助としていることは明らかである。観察者が一旦幻覚作用領域に入ってしまえば、ホンモノノカエルはどこからどのように見ても同じ形態を維持するのだ。


(注1)

ホンモノノカエルの擬態行動の提言がなされた9月17日は、幻生生物の大きさに関する基準である「鋳村基準」が採択された日でもある。

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