第一話 どうして農作物の値段は変動するの?

『リュート、質問が来ていたぞ』


コッパは郵便受けから一通の手紙を取り出して手渡して読み始めた。


『どうして農作物の値段は変動するの?…だそうだ』

『たっ…確かに台風が来た時なんかに値上がりしたりするんだど!おっ…オラも気になってたんだど』


ミンは手紙を見ながらウンウンと頷いた。


『あー、値段が変わる理由か』


リュートはどう説明するかと考え始めた。


『…逆に、どうして値段は変わらねえって思うんだ?』


リュートは腕を組んだ状態で質問をしてきた。


『質問を質問で返すなバカ者が!同じ物の値段がその日によって変わらないことなど当たり前のことであろうが!』

『当たり前じゃねえよ。世の中には需要と供給ってもんだあるんだ。簡単に言うと、それを欲しがってる人数と、実際にそれが売っている数だな』

『そっ…それと値段が変わることに関係があるだか?』


コッパもミンもピンと来ていない感じであった。


『例えば、普段は100バッツで売ってる物があるとするだろ?それを欲しい人間が100人いたとする。でも50個しか売ってなかったらどうなると思う?』

『ごっ…50人は買えなくなるんだど』

『そうだ!』

『えっ…えへへ…』


リュートがミンに親指を立てて正解のジェスチャーをする。

ミンは嬉しそうに笑った。


『でもな、それが食い物だとして、50人はずっと買えないとしたらどうなると思う?』

『そうなったら、暴動が起こるのではないか?』

『違うな。もっと平和的に考えてみろ』

『たっ…食べられない50人は、しっ…死んでしまうだか?』

『二人とも、もっとズル賢くなれよ』


リュートは楽しそうに二人を交互に見ていた。

コッパもミンも『う~ん』と唸り、答えを出せなかった。


『食べられないと困るけれど、死んでしまうわけにもいかない、かといって暴動を起こすわけでもない…正解は<高値で買う>だ!』

『そっ…そんなの酷いんだど!こっ…困ってる人につけこんで儲けるのはダメだと思うんだど!』

『それじゃあ、食べられなかったやつは運が悪かったって言って死ぬまで諦めるのか?』

『そっ…それは…』


ミンは二の句が継げずに黙ってしまう。


『やはり暴動を起こして、不当に儲けようとした者から奪うことが正しいのではないか?』

『コッパの考えは前提からして間違ってる』


やれやれという表情でリュートは首を横に振る。


『悪いヤツが儲けるために売らねえんじゃなくてな、台風や天候が悪い時は農作物が不作で採れねえ。売りたくても売る物がねえんだ。無い物を寄越せと暴動を起こすのか?』

『うぬぬぬ…』


コッパも反論出来なくなり黙る。


『欲しい人間よりも売っている物が少なければ、より高い金額で買うってヤツが手に入れることになる。売る側だって100バッツの物に200バッツ出すから売ってくれって言うヤツに優先的に売るだろ?』

『しかし、それでは貧しい者は買えなくて飢えることも仕方ないと思えと言うのか?』


コッパが感情的に怒鳴った。


『そうならないように、本当に物が無くて困ってる時には普段なら売らねえような物でも良いから出荷してくれって言われて、少しでも売る物を増やすようにしてるんだぞ』


リュートは言葉を止めて、大きくて息を吐き出した。


『俺も言われたことがあるんだよ。物が高い時に限って品質が悪い…ってな。でもそれは違うんだよ。本当に物が無い時ってのは、悪い物でも出荷して数を増やしてるんだ。そうしねえと食う物が足りねえようになって、もっと高額を出さねえと買えなくなるし、食えなくなるヤツも出てくるんだ。悪い物を出荷しても普段よりも数が少ねえから値段が上がっちまうんだよ』

『しかし、高くしたところで数が足らないならば全員が買えるようになるわけでもあるまい?』

『そこは流通が発達したことで何とかなってるんだよ。例えばAって場所で台風の被害が酷くて、農作物が全滅したとするだろう?』

『ふむ』


コッパは軽く頷き、先を促した。


『そのAって場所から出荷されていた物が無くなると、困ったことが二つ起こる』

『ふっ…二つもあるだか?』


ミンの問いかけにリュートは頷いた。


『一つは、その場所で作っている特産品が出回らなくなる。そうなると特定の農作物が品薄になって、その農作物の値段が上がるだろ?』

『そっ…そうなるだね』

『その農作物がねえと凄く困るヤツと、他の農作物があればそれでも良いってヤツがいるんだ。例えば焼き芋屋だな。一般の家ではサツマイモが無くても他の物を食べれば良いだろ?でも焼き芋屋がサツマイモを手に入れられねえってなったら売る物が無くなっちまう。そうだろ?』


リュートの問いかけにミンはコクコクと頷いた。


『そう考えればサツマイモの値段が上がることで一般の人が買う量が減る。そうなると割高にはなるけど焼き芋屋はサツマイモを手に入れることは出来るようになる。売る物が無くなることを考えれば、より必要としてる人が買えるってことで悪くねえとは思わねえか?』

『う~ん…』


分かるような、納得がいかないような、そんな顔でコッパが唸ったが、リュートは続けた。


『もう一つは一時的に全ての農作物の出荷量が減る。流通が発達したことで、場所を変えながら色々な場所で収穫された物が店に並べられてるだろ?Aの場所の農作物が全滅したとしても、次の産地の農作物が出回り始めれば値段は元に戻ってくるんだ』

『たっ…確かに、いっ…いつの間にか値段が戻ってることがあるんだど』


ミンが理解したようで、リュートは嬉しそうに頷いた。


『流通が発達してなかった頃はよ、被災した場所に住んでるヤツは食い物がなくて飢え死にしちまったかもしれねえし、遠くから食い物を運ぶ仕組みが出来てねえなら物凄く値上がりしちまって金がねえヤツは生きてられなかったかもしれねえ。でも今は一つの地域で餓死者が多発なんてことは起こらねえ。農作物の価格の変動は困るかもしれねえけど、それでも何もかも高くて買えねえ、何も食う物が手に入らねえってことはねえだろ』


コッパも納得せざるを得ないという感じで頷いた。


『それにな、農作物の良いところは日持ちがしねえってことだ。農作物の変動はあっても、ずっと値上がりし続けるってことは少ねえ。値上がりさせるために買溜めしておいても、腐っちまえば売ることも出来ねえ。物が足りない時に値上がりしたとしても、供給量が安定すれば値下がりするだろう?』



『今回の質問の回答はこんな感じで良いのか?』

『うむ。初めてだから分からんが、やるだけはやったな』

『けっ…結果はどうでも、いっ…色々やってみるんだな!』



第一話 完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る