るりこパラレル 4/5

 ……あぁ、そういうことか。


 その言葉を聞いた瞬間に僕はおおよその予想をつけることができたが、それを自分から口にすることはなかった。


 こうして一言目を発した時点でこの物語を語るべきなのは彼女なのだから。


 彼女は教卓を離れ、ゆっくりとこちらに近づきながら話を続ける。


「俺の世界の京介は優秀な科学者で並行世界にアクセスする研究を行っていた。だが実験中に事故に遭って、以降意識不明のままだ」


 僕ではない僕。

 並行世界の酒々井京介が降りかかった事故のことを思い出しているのか、彼女の眉間に皺が寄り、唇を引き結ばれる。


「私はなんとしてでも京介を取り戻したかった。だからアイツの研究を引き継いで並行世界に魂を送り込むところまで漕ぎ着けた。そして見つけたんだ。救う方法を」

「それが他の並行世界の酒々井京介の魂を持ち帰ること、ってわけか」

「そうだ。京介の体や脳に異常はない。あと必要なのは空っぽの器を満たす魂だけなんだ。だからお願いだ。俺たちのために死んでくれ」


 切実に懇願するように彼女の瞳が僕を射抜く。

 収められていたカッターの刃が眼前に据えられていた。


「……ひとつ聞かせてくれ。お前は向こうの世界の俺のことが好きだったのか?」


 僕の問いに対し彼女は何も言わない。だがそれは無言の肯定だった。


 そうか。どうやら向こうの僕は幸せ者らしい。

 少なくとも他の世界の幸せを奪って取り戻したいと思ってもらえるくらいには。


 


 まず最初に謝罪をしなければならない。

 この話を始める前提として僕は間違いを正さなければならないだから。


 それは「高鷲瑠璃子は酒々井京介の幼馴染であり恋人である」という一文が嘘だということである。


 初めからすべては偽りだ。


 彼女の幼馴染だというのも。

 彼女への愛も。


 すべての嘘はたった一つの真実を得るための。


 始まりは一年前。

 とある病院から奇妙な患者がやってきたと連絡が入った時だ。


 患者は時々別人のように性格が豹変し、その攻撃的な性格に両親がお手上げ状態となり病院に相談してきたのである。


 その患者というのが高鷲瑠璃子だった。


 だが人格が変わるなんていう空想めいた出来事、しかも精神的な話となると現代医学をもっても限界がある。

 というわけで病院側が匙を投げた先が僕のいる組織だった。


 僕が所属している組織を簡単に言うなら、街を見守る秘密結社だ。


 この六坂という街はあり得ないことが普通に起こる。

 具体的な例をあげるなら死人が蘇ったり、尋常ならざる化け物が夜な夜な現れる。


 平穏に見えて六坂は混沌渦巻く異端の街だったが、人々がそれに気づくことはない。


 なぜなら組織が許さないから。


 街の異常を観察し、あるいは観測し、人命や街そのものを脅かすのであればあらゆる手段をもって秘密裏に排除する。

 組織はそんなことを何百年もやってきた。


 そして高鷲瑠璃子の身に起きている現象が街にとって有害か無害かを判定する観測員スポッターとして僕は


 そのための準備として酒々井京介という幼馴染がいるという設定を組織の人間が事前に刷り込ませ、その上で僕が転入という形で半年前に学校に潜入。

 さらに三ヶ月に情報をより収集するために彼女と付き合うことにしたのだ。


 だから酒々井京介という男は高鷲瑠璃子には縁もゆかりも無ければ恋愛感情さえない。

 存在すらも虚構であり偶像なのだ。


 あるのは幼馴染兼彼氏として高鷲瑠璃子を見張って現象を観測し、何者かの意図があるならそれを突き止める役目だけ。


 もし街の脅威となるなら実力行使を含めたあらゆる手段で排除する。

 例え高鷲瑠璃子の命を奪うとしても。


 僕は半身になって隠していた右手をゆっくりとスボンのベルト通しへと伸ばす。


 そこには護身用のナイフが携行されており、ひとたび抜けば刃は非力な女子高生の急所など一瞬で切り裂けるほどの威力を発揮するだろう。

 それこそ文房具の範疇でしかないカッターの切れ味など遠く及ばない。


 だから彼女の夢はここで潰える。

 この現象と目的を知り得た今、彼女は用済みだった。


 そして僕はナイフを抜く。

 危険を排除するため一人の少女の命を絶つ――


 柄を掴んだはずの右手に違和感を覚える。

 腕から手の位置を辿り、僕は驚愕した。


 僕の右手はナイフの柄ではなく、突きつけられたカッターを掴んでいた。


 自分の意に反して動いた体に僕は驚く。

 胸中に混乱と得体の知れない恐怖が芽生える。


 彼女も同じようで掴まれたカッターを引こうとした。だが接着剤で固定されているかのようにカッターはビクともしない。

 代わりに刃を握り込んだ僕の手から血が滴り落ちた。


「お前、一体なにを!?」


 こっちが聞きたいくらいだ。


 そう声に出そうとしたが、主の意に反しては僕の口は硬く結ばれたままだ。

 まるで一人称視点の映画を見ているように思考と身体の連動が断たれていた。


 もしくは僕ではない誰かが体を操縦しているような感覚か。

 そして僕はすぐにその直感が正しいことを思い知る。


「止めるんだよ。君のバカな考えを」


 僕ではない誰か。しかしそれは紛れもない僕の体で、声で応え彼女の手からカッターをもぎ取った。

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