第33話 知らずして《物語》は進む

 翌日、いや日はもう明けているので翌朝、の方が正しいか。

 

 結局図書館で夜を空けてしまった進は学園の方へと向かう前に一度家に荷物を取りに帰っていた。

 いつもは同じ方向に歩いていく人間たちが、今日は反対の方向へと歩いていくのでなんだか新鮮な気分だった。

 

 その時ゴォ、と前から予期せぬ風が吹いてきた。



「______」

 


 そこで、何かを呟かれたような感じがして、進はピタリと足を止めた。

 

 最近、こう言うことが多々あった。

 

 それがいつから、と言われたらおそらく《ハンター》のところから帰ってきてからだろう。

 あの場所を去る前に一度これよりもはっきりとした呼びかけのようなものがあったから。



「……気のせい、だったらいいんだけどな」

 


 流石に、こうまで何回もあるのならそうともいえなくなってくる。

 誰かに呼びかけられている、しかしそこには誰もいない。

 

 自意識過剰なんじゃないのかと初めは思ったがそれとな何か違うのだ。


 

 何か、何かがもっと近くで、耳元で囁くような。


 

 それはけして気分のいいものではなく。



(なんかこう。いろんな感情が入り混じったみたいな)

 


 メモリーがこの体の中からいなくなったことがそこまで影響しているのだろうか、と進は考えた。

 それでも今そんなことを考えても意味は特にないので、ついでに通行人の邪魔になるので進は再び歩き出したが。



「おっす。進。なんだ、学校サボるのか?」

「ん、あぁ。みことか」


「え、なんだお前か見たいな反応やめてくれない? 俺は物語のモブか?」

「いや、実際そう言う感じで言ったんだし。あと、お前がモブならS級でもなんでもない俺はその物語に登場させてもらえないだろ」

 


 別の誰かが今度ははっきりと声をかけてきたので顔を上げてみるとそこにいたのはみことだった。

 みことは何も迷いや悩みを表に出さない、そんな彼を見たら進はむしろ色々悩んでいる自分の方がおかしいように感じてきた。

 

 ガヤガヤと、二人の会話を邪魔する通行人たちが出す音に気を取られて、自分のそんな心境の変化に気がつくことはなかったが。



「あ、あと学校をサボるわけじゃないぞ?」

 


 一応そこは補足しておく。

 S級からすれば学校をサボるなんて造作でもないことかもしれないが、一般庶民の感覚からすると学校をサボるのは進学に影響が出るかなりやばいことだった。



(ただでさえ一週間も学校に来れなかったわけだし)

 


 しょうがない、と思うかもしれないがそういうところは結構シビアというか無情なところである。

 流星学園は。



「そうなのか。てっきり進のことだからサボるものだと」

「おい、誰のことだって? 俺は仮病を使って休むことはあるが、基本的に出席日数は稼いでいく人間だぞ」


「授業のことを、出席日数を稼ぐっていうの笑えるな」

 


 実際授業を真面目に受けようが受けまいが、出席一回は一回であって、欠席一回は欠席一回である。

 今のうちに稼いでおいて損はないだろう。



「そういえば」

 


 みことが、思い出したように言葉を発した。



「ん、どうしたんだ?」

「いや、そういえば今日からぼちぼちランク戦が始まるんだな、と思って」

 


 進は、それを聞いて首を傾げた。



「あれ? そうだっけ?」

「あぁ。今年はちょっと方針決定までに時間がかかったせいで遅れ気味ではあるけどな。ってそうか、進がいない期間に話されたことだったから進は知らないのか」

 


 どうやら、そう言うことらしいと進は理解した。



「俺の出番初陣はだいたいどれくらいなんだ?」

「ん、進か? 光の推薦状を使って入ってきた人間だからなぁ……。多分、もうちょっと後ろだろ。おそらく、C級組と一緒のスタートだ」

 


 どうやら、一番底辺のD級スタートではないらしい。

 進としては嬉しい限りではあった。

 

 逆に無様な戦いは見せられないなと少し緊張もしたが。



「でも、そうなってくると」

「ん、どうしたんだ進」



「いや、俺のランク戦前に《ハンター》どもが動き出す可能性もあるな、と」


「まぁ、そうだな。《ハンター》が今何をしているのか俺はよくわからないけど、進が言うようにそんなに日を空けずに動き出す可能性もある。基本的にはいつも通り過ごしてもいいと思うけど、警戒は緩めないようにな」


「了解。って、やばそろそろ家に帰って荷物持ってこないと遅刻になる! じゃぁな!」



 進は、時間に追われて走り去っていった。

 これでもか、と言うくらいの全力ダッシュで。


 みことはその様子を苦笑まじりに見ていたがそれを進が知る由もなかった。




「……多分。本当に時間はないだろうな」

 


 

 だから、その後みことがこぼした憤り混じりの声にも気がつくことはなかった。






「____ん。____進くん!」

 

 そして、進は息を切らしながら自分の部屋へと帰ってきた。

 

 瞬間キーン、と急なノイズが頭の中に走り、微かな叫びのような声が聞こえた。

 その声を進は知っていた。



 間違えることなきメモリーの声だった。


 進は、あぁと小さな声を漏らした。



(大丈夫、だったのか?)


 《大図書館》にいる時のような感覚で彼女に問いかけると、その声がためらいを含んだ。

 それで、なんとなく答えは予想できたが、彼女の口からの答え合わせはすぐだった。



「ちょっと状況はよくないね。失った左足はなんとか復元まで持ってこれたんだけど……」

(?)


「どうにも《ハンター》って組織は神の《現世降臨》を研究しているらしくて」


 

 どう言うこと、と進はメモリーに問おうとした。

 しかし、ギリギリのところで考え直した。



「____ごめん進君。ちょっとテレパシーっていうか神託の権限が長く持ちそうにない。だからさ、本題だけ端的に伝えるね」

(お、おう)



「君も警戒してるだろうけど____、《ハン__ター》たちが次にう__ごき出すのはそこまで遅くはな__いの。最短でも十五日、最長だと四十日くらい____で____________」


 

 プツリと唐突に始まった会話は、唐突に終わった。

 しかし、進はそんなことが気にならないくらい唖然としていた。



(《現世降臨》? は?)

 


 何を、と一瞬理解を放棄した。

 そもそもできるはずがないと進は思った。

 

 しかし、冷静に考えてみてわざわざあのメモリーが神託を飛ばしてくるくらいだ。

 どこかのキャラクターも言っていたような気がする。


 

 ありえないなんてありえない、と。



「ま、それが、あり得てしまうからこそ。《オリジン》なのかもしれないけどな」


 

 今日で一番困惑したことになったかもしれなかった。

 それに、少し小さく見えてきていた《ハンター》という組織が、ずっとずっと大きく見えてきたのは気のせいではないことだった。




《行間》


 


 コツ、コツ、コツ、コツと硬い床の上を急くことのない足音が響き渡る。

 

 その男はとある部屋の前まで来るとその冷たそうな扉に手をかけた。

 そうしてその中に入っていくと、そこにいたのはヴォルダと呼ばれる《ハンター》の幹部だった。

 

 そのヴォルダは振り返って、入ってきた男に話しかける。



「どうした、《ギード・・・》」



 入ってきた男。

 ギードと呼ばれた赤髪の異国人はハッと笑って言葉を返した。



「本当に《言野原進》の血液から、《記憶の神》を復元できるんだろうな」



 ヴォルダは、ニヤリと笑って当たり前だ、と言った。



「そうか」

「だが、問題もある。《記憶の神》にいらない感情が芽生えているという事態が発生していてな」


 

 ヴォルダはそう言ったが、ギードは首を傾げた。

 ギードもヴォルダと同じ《ハンター》の幹部だが、開発という部門では担当がヴォルダに集中していて詳しいことは直接聞かなければわからないのだ。



「それが、どうかしたのか?」


「いらぬ感情が芽生えているということは、それを押さえつける工程を踏まなければならないんだよ。そのために、駄犬には数人生贄になってもらわないとな」


 

 キハハ、とヴォルダは笑った。

 さすがのギードもそれには苦笑をこぼす。



「さすがだな、ヴォルダ。マッドサイエンティストは健在か」

「ハッ、戦闘狂ギードにはそう言われたくはなかったな」

 


 何かしらが狂っているのが、裏社会の常識だがそれでもこの組織の幹部たちは他と比べ物にならないほどの狂いようがあった。



「心外だな。《人殺し》に快楽は生まれないぞ? せいぜいストレス発散くらいだ」

 

 ギードは首を横に振りながらそう言った。


「あぁ、それは《_____》だろ?」

「確かにな」

 

 

 ニヤリ、とお互いが笑ってからそういえば、というふうにヴォルダはギードに聞く。



「お前がわざわざここにきたのはなんのためだ?」

 


 それを聞いて、ギードは少し考えるようなポーズをとった。

 それから、口を開く。



「……いや、実験に影響がないのなら問題ないんだが」

「? そんな不安要素があったのか?」



「あぁ、事前に一般人を装って接触させた駄犬の報告と俺が実際にやつを遠目から見てみた感想を照らし合わせてこの前確信したんだ」


 

 そうして、ギードは決定的な言葉を口からこぼした。

 ハンターからすれば何気のない日常だった雰囲気を一瞬で壊すようなそんな言葉を。



「言野原進。あれは、人間なんかじゃない」


「《錬金術師》が?」


 

 ヴォルダは驚きともいえないような、どちらかといえば不可思議なものを見たときのような声を返した。

 ギードは、それにすら首を振る。



「違うんだ。まず、その大前提が間違っている」

「?」


 

 怪訝に眉を寄せるヴォルダにギードは言葉を重ねていく。



「下にあるものは上のものの如く、上にあるものは下のもののごとき」

「……《原初の碑文エメラルドタブレット》?」



「そうだ。あるいはこれをなんというか」

「……っ。《錬金術》において唯一普遍とされる真実の一つ」

 

 

 ヴォルダは、そこまでいって何かに気がついたようだ。



「でも、そいつに《記憶の神》が宿っていたのは……」

「まぁ少し待て待て。その続きを読んでいくと出てくる単語があるのだが、知っているか?」


「流石に知らないな。興味がなかった」

「ハハッ。お前は変わりはしないな昔から。……叡智の封印石賢者の石だよ」


 

 関係ない、と言いかけてそれを止められたヴォルダは苛立ち気味だった。



「あ? あの表社会では物語の中のものとして有名な?」

「そう。その賢者の石だ」

 


 しかし、自分がお遊びで言ったような言葉に肯定が返されて少し目を見開いた。



「それが、どうかしたのか?」

「あぁ、その《賢者の石》について意外と触れられていないことでな」


「?」

 


 ギードは楽しそうに語る。



「世界が作られる時にあった《混沌》と同じ《混沌》を内在させているのが、かの有名な《賢者の石》なんだ」

「……」

 

 

 ヴォルダはその間口を挟むことはなかった。

 呆然としたような顔でギードの方を見つめている。



「わからないか?」

「あぁ、いや。あり得るのか? そんなことそんな……」

 


 ヴォルダも本当はこの話の迂曲に迂曲を重ねかなりオブラードに包まれた真実にあるいは気がついていたのかもしれない。

 

 気がついていてそれでも理解するのを諦めていたのかもしれない。

 それくらい、流石の裏社会でも信じられるような話じゃなかった。



「お前は言野原進から、何を取り出した?」

「《知識の神》?」



「あぁ、そうだ。そいつがあいつの体に宿っていた時点でいい加減に疑うのはやめておけ。もうこれは決定事項で時間の問題だ」


 

 心底、周囲の空気が冷え込むような感覚を始めて覚えながら、それでも口元に戦闘狂らしい笑みを浮かべながらギードは言った。



「いつか必ず出てくるぞ。《知識の神賢者》を失ったことによりその中で眠っていた《原初の四神の一角混沌》が」

 

 

 圧倒されたヴォルダは口から考えていたことが比喩的に溢れてしまった。



「例えるならヘルメス・トリスメギストスすら予知できなかった、この世界の《特異点シンギュラリティ》から、か」

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