第32話 《図書館》での一幕
進がベッドから身を起こした時は、まだ当たりは真っ暗だった。
随分と《
進が寝たのは十二時だったので約三時間睡眠をとっていたらしい。
「いや、あっちであんな体験をしてきて体の方に疲労が一つも溜まってないのはちょっとおかしいだろ」
進は思わずそう呟いた。
彼自身は気がついていなかったが、そういうことを言えるくらいになるまではどうやら精神方面も回復してるらしい。
始め《大図書館》で絶望に紛れていた時間とは違って。
だからと言って、進がそのことを無かったことにするはずも、できるはずもなかった。
ただ、感情が《絶望》に近い状態から、《ハンター》どもへの《怒り》に変わっただけである。
「うっわ。汗でびっしょり。流石にこれは着替えないといけないか……。明日、シーツの方はコインランドリーにまで持っていきますかね」
寝ていた時に汗を多くかいてしまったらしい。
進はそう呟いて上に着ていたパジャマを脱いだ。
そのまま、いつも脱いだ服を入れている洗濯籠にそれを放り込むとタンスから、制服ではないラフな格好のTシャツとズボンを取り出した。
部屋着、というよりは外できるような格好なのでどうやらどこかへ出かけるらしい。
(メモリーから、調べ物を頼まれてるわけだし。ここから一番近い図書館は、っと)
スイスイ、とスマホの画面をスクロールして進はお目当ての場所を見つけ出す。
「あれ、ここって図書館だったのか」
そうして、意外といつも通る場所にそれがあったことに少しばかり驚いた。
進は本当にまだまだこの世界について何も知らないな、と再認識し腰を上げた。
スマホをポケットに押し込み直すとその部屋のドアを開けた。
進の住んでいるのはマンションというかアパートというか、よくわからないのだがとりあえずそこにあるエレベーターで一階へ降りた。
ピコーンと音がして、そのドアが開いたので進はエレベーターから出て、街の方へと歩いて行った。
「お、なんだ。進じゃねぇか。最近はなんだか騒がしくなってきてるけど、元気か?」
「ん、悠太か。元気だよ」
大柄な男が話しかけてきたので、そちらに振り向きながら答えた。
「こんな夜更けにどうしたんだ?」
と、さらに問われたので進もさらに言葉を返す。
「いや、ちょっと野暮用で図書館に行こうと思ってな」
「宿題か?」
「宿題? ……あぁ、ある意味では今何よりも大切な宿題かもしれないけど。とりあえず、早く行きたいからまた今度な」
「あぁ、また」
そう言って、さっさと会話を切り上げた進はまた、街を歩き出す。
いつも通学用に使っている道なので絶対に間違えることはない。
「……っと、ここか」
夜でも明かりの灯っている施設は、この世界では多くない。
それがあるとすれば大体図書館のような、公共施設だけだろう。
本当の意味の無人でもその店が回るような。
もしくは、夜の街限定の如何わしい店か。
進は、メモリーといたあそこよりはやっぱり小さいな、と当たり前のことを考えながらその中へ入っていった。
チリンと入った時に心地の良い鈴の音がした。
「さて、どうやって調べようかな」
そう言って、あたりを見渡してあるものを探してみる。
(あったあった。これだよ。こっちの世界の図書館にはきたことがなかったからあるか不安だったんだよなぁ)
本の検索機械である。
それに進は、『神話』と打ち込んだ。
そうするとヅラァっと大量の本のタイトルが画面に並んだので、さらに『原初の四神』と追加してみた。
すると、そのことに関する本は意外と少なく、創作物を除いたものにすると最終的に十数冊まで絞れてしまった。
しかし、進はそれよりもメモリーに頼まれていたことを調べよう、と思い直し、パソコンに入力した抽出条件を全て消去した。
(《
返ってくることのない質問を進は心の中で呟いた。
もしここに彼女がいたら全部だよとかふざけた回答をしてきそうではあるが。
進は苦笑いして、その後自分の頬を叩いた。
パチンといい音がした。
(っし。がんばりますか)
進は、そう言って再び検索しなおした抽出条件にあった本を本棚へと探しにいく。
それを手に取ると椅子に座って開いてみる。
『ウエポンとは、神の奇跡であり神を信じることによって……』
パタン、と進は本を閉じた。
(よし、こいつは特に本当のことは書かれてなさそうだな)
次の本を開いてみる。
『近年の研究でウエポンと私たちが俗に呼ぶものについてわかったことがある。それは、ウエポンは大まかな二つに分けられるということだ』
今度は、まともなことが書いてありそうだ、と進は思った。
そのまま読み進めてみる。
『その二つのうち一つは《完全孤立体》、もう一つが《半環境依存体》である。《完全孤立体》とは、能力で起こすことのできる事象の全てが自身の《
(要するに俺の《錬金術》っていう《ウエポン》は後者なわけね。……関係ないわ。《能力》の成り立ちとかとは)
その後、数冊の本をそれからみてみた進だが、めぼしい情報は特に手に入ることはなかった。
そこで、進はさらに苦笑いを浮かべながら考える。
(え、これこの中にないとかないよな……)
今のところの情報だと、そうとしか思えなくなってくる。
パッとみた感じだと、《ウエポン》についての研究結果が綴られている本はかなりの量あるのだが、《ウエポン》そのものの歴史について書かれているものは見当たらないのだ。
と、四苦八苦している時だった。
「んと、何してるの?」
聞き慣れた少女の声が後ろから聞こえてきて進はパッと後ろを振り返った。
そこにいたのは案の定、風を操る少女だった。
彼女が何をしているのか、の方が進には気になったが。
「いや。ちょっと調べ物をさ」
詳しく経緯から説明すると彼女に《メモリー》のことから信じてもらわなければならなくなるので、目的だけ端的に話した。
「ふーん。なんの?」
「なんの、とは?」
「だから、何を調べてるのかな、って」
やはり、彼女は目的だけを説明して引いてくれるような性格ではなかったか、と進は思った。
「別に、光には関係ないことだと思うんだけど?」
少し、意地悪げにそして無関心気に進は返してみた。
「いや、関係ないとしてもさ。何か手伝えることがあるかもしれないじゃん?」
光は、そんな進のことなど、お構いなしにそう言ってきた。
進は驚いたような顔でそちらをチラリと見返した。
彼にとっては、関係ないけど関わりたいみたいな考えは新鮮だった。
「手伝ってくれたら、そりゃぁ助かるけどさ。光だって自分のことがあるだろ?」
「ないよ」
「お、おう。そうか」
一時の間も置かずに、そう答えが返ってきた。
進はその剣幕に少したじろいだ。
「それにね、進。私は利益、不利益の話をしてるんじゃないんだよ。今やりたいか、今やりたくないか。その二択なんだ」
「そりゃまた自分を後回しにする行動の仕方だな」
「後回しにしても、あいにく急ぐようなことはないからね。それに……」
「それに?」
「進は本当にやりたい。もしくはやらなければならないと思った時くらいにしかわざわざこんなところに来ないでしょ?」
「っ。まぁ、な」
思考が完璧に読み取られたようで、進は光から目を逸らした。
それを見た光がニシシと口元を緩めながら見つめてくるので余計に。
「ひ、光は……。どうしてここに?」
進はたまらず、話題を変えた。
「へ、私?」
「うん。光」
そうすると、光の声が間抜けな声に変わったのでチラリと進は視線を戻した。
言葉が返ってこないので、そんなに悩むようなことか? と、思いはしたが。
「……私がここにきた理由? どうしてだろう。気がついたらここにいた、みたいな?」
「え、こわ。夢遊病ってやつ?」
「いやいやいや。流石に夢遊病でもなければ精神解離性夢遊病でもないよ?」
ちょっと、よくわからない病名が聞こえた気がした進だったが、とりあえずそこは無視しておいて。
「もしも、本当に光が何も意識せずにここへ来たのだとしたら奇跡だな」
「そうだね」
微笑を浮かべながら、それでも急に真面目な顔になって進は光の方へと威圧するような目を向けた。
「この際にひとつ聞いておく」
その、言葉一文字一文字に通常の人が纏えるとは思えない、何か人を恐怖させるような覇気がこもっていて。
進はそれで一歩後ろへと下がった光に問いかけた。
「光、お前は信用していいんだな」
この場で、何から何までをあたる必要はなかった。
光も進も何を言われたのか、何を言ったのかちゃんと理解していた。
「大丈夫。《
「絶対に?」
「うん。絶対に断言できる。この命をかけてもいいよ」
そこまで言われて、進はその口調をすぐに元に戻した。
そして光の方を一瞥し直した進は、
「ごめん」
と、謝った。
「ううん。いいよ。あんなことがあって進が警戒を強めているのは知ってるし。第一こんな時間に出歩いている方がおかしい」
光は、自分で納得したように頷いていた。
それで、疑問に思って進は光に言葉をかけた。
「俺のほうこそ、とかないのか?」
光の顔から表情が消えた。
と思った次の瞬間にはピクピクと顔の筋肉が痙攣していた。
「アハハ、アハッ。ないない。絶対ない。進に限っては《ハンター》どもの方につくとかないって!」
「なぜにそう言い切れる……」
「進はね。そういう裏社会に向いてないんだよ。正直で活発な完全にオモテ社会の人間だよ。感情が行動に関係しすぎ」
そうかもな、と進は思った。
クソが、と思ったら手が出るし、嬉しいと思ったら笑顔になる。
けしてそれは裏社会で身につくような狂気とは異なるものだから。
「だとしても、俺をあんまり信用しないでくれよ」
「それは、進が必要ならば私たちでさえも切り捨ててしまえるから?」
「まぁ、そうだけど」
「だったら、気にしなくていいかな。切り捨てられるんだったら私たちはそこまでの依存性だったってだけだし。それに、進は好んで人を切り捨てようとは思わないだろうからね」
本当に人のことをよく見ている、と光を視線でいい意味の毒突きしながら、進は苦笑した。
しかし同時に、それでこそ光らしいとも思った。
本当に他人の目の行かないことでも、見透かしてくるような感覚を覚えるのは人間だと彼女だけではないだろうか。
「ま、こんな話はここまでか」
「そうだね。で、何を調べてたの?」
進は、話を切り上げて手元にあった本を光に見せながら質問に答えた。
「《
光は、それを聞いて目を見開いたようだった。
「まぁ、そんなことを調べてなんになるんだって思うかもしれないけどな」
進が、そう言い訳気味に話すと彼女はいいや、とそれを否定した。
進が思ったよりも、彼女はその話に食いつきが良かった。
「私も、疑問に思ったことはあったから」
「え?」
そうして、進が予想していた方向とは大きく脱線した意外な言葉が返ってきて、さっきの光のような間抜けな声を進はこぼした。
この世界の人間は《ウエポン》は宿っていて当たり前。
宿ってなければ人間ではない、みたいなことを考えているのかと進は思っていた。
それはどうやら、認識違いだったようだ。
「光も、この世界の《ウエポン》っていう概念に対して疑問を持ってたのか?」
光はその疑問については否定を返してきた。
「疑問、とはちょっと違うかもしれないかな。私のは多分検証だ」
「それは、どういう……」
進は問い返した。
検証とは一体どういうことなのか。
その結果はどうだったのか、というニュアンスをこめて。
光は、端的に言った。
「私が調べたのは神話について。これの結果から言うと《ウエポン》なんてどんな神話にも一回も
「え?」
「神に限らず。人もね。神話では誰も《ウエポン》なんてものは保持していなかった」
「そういえば」
メモリーも言っていた。
彼女たち神には《ウエポン》なんてものはないと。
それは
「その神話の中の人間たちは……」
「《魔法》という名の、異能を手にしていた」
進は、軽く息を無意識のうちに吐き出した。
世界が一度滅んだことはとうの昔に知っている。
その時に
ついでに、《セカンド》がどうやって作られたのかも見てきた。
だから知っていたのだ。
(《原初の四神》がこの《オリジン》に《現人神》として降り立った時にもこの世界には《ウエポン》なんてものは存在していなかった?)
では、いつからこの世界に《ウエポン》なんてものが生まれたのだ?
そんな疑問は、進の頭の中で完結されずに思考の渦を作っていた。
「進?」
それを見かねたのか、光が声をかけてきた。
進はいつの間にか下の方に下がっていた顔を、ハッとあげて呟いた。
「じゃぁ、この世界の《ウエポン》っていうのは誰かが開発したものか、そうでなくとも何者かによって後付けされたものだって言うのか?」
メモリーが前にこっちの神話を読んで見るといい、と言うようなことを言っていた意味がやっとわかった。
(答え合わせ、だったのか)
神話と、今の齟齬の。
(だとしても、《忘却世界の鎮魂歌》はあの場所で途切れていたから。真実までは)
わかることもなく、その後の時間はゆっくりと流れていった。
途中で、光は帰っていき。
一人になった進は一人思考に励んでいた。
(少なくとも、人間に《ウエポン》の行使権を与えたのはメモリーたち《原初の四神》じゃない。だとしたら、あの最後に出てきた姿、形もわからない神、か)
そうして、一晩中考え続けた結果、メモリーを捕まえるあたり《ハンター》たちもその結論には至っていないだろうがこの考えにはたどり着いているのだろうな、と無難なところに落ち着いた。
「……そうなると、《ハンター》よりももっと奥深くに住む得体の知れない何かがこの世界には存在する、ってことか」
目の前の倒すべき存在が、ほんの少しだけ小さく見えた瞬間だった。
そういえば結局、メモリーはこの《ウエポン》について進に調べさせて、進自身の何を発見させようとしたのだろうか。
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