第34話

深夜二時を過ぎていたこともあり、日記の内容については翌日、バイトが終わったあとにティアさんが説明してくれる事になった。


そして、翌日。

待っていたエリーを自転車に乗せて、登校の道すがら昨日、目覚めた後のことを手短に説明した。

エリーの顔は暗かった。

理由を聞いたら、主である僕を守れなかったことを後悔しているとのことだった。


「気にしなくていいよ。

僕は、昔から鈍臭いからさ。

むしろ、エリーやティアさんに迷惑かけちゃったから。

謝るのは、僕の方だよ」


そういうと、僕の腰を掴んだ彼女の手に、さらに力がこもった。


「……ツクネを失ったかと思った」


「大袈裟だなぁ」


「怖かった」


「…………」


「ツクネが死んだかも、とか考えちゃって」


「……ごめんね、心配かけて」


近しい人の死は、たしかに怖い。

彼女にとって、僕はもしかしたら最初の【身近な存在の死】になっていた可能性があるのだ。


けれど交通事故や病死等、それは唐突に訪れる。

母さんが父さんを亡くした時もそうだった。

自分の死期が近づいてくると、母さんは父さんの死んだ時のことを話してくれた。

少しでも、記憶にない父親のことを伝えようとしてくれたのだろう。

その知らせは唐突にもたらされて、お腹の大きかった母さんはかなり動揺したらしい。

説明しながら、母さんは僕にその時のアルバムを見せてくれた。

と言っても、それは父さんが撮影したものだった。

もうちょっとで僕が生まれる、という時期で。

母さんのお腹はとても大きくなっていた。

そのお腹を優しく撫でている母さんが写っていた。

母さんがそんなかつての自分を指さして、


『まさか、これからって時にいなくなっちゃうんだもん。

向こうに行ったらまずは、お父さんにお説教しなきゃね。

なんで先に死んじゃったんだーって』


そう冗談めかして言っていたのを思い出す。


『大変だったけど。

でも、ツクネが優しく育ってくれてとても嬉しかった。

あの人がツクネを、家族を遺してくれて、本当に嬉しかった』


母さんと父さんは戦災孤児だった。

とくに母さんは、家族というものに憧れていたらしい。

母さんは家族というものを知らなかった。

生まれた時から一人ぼっちで生きてきた、と言っていた。

そうして流れ着いたのが、この魔族の国だった。

新天地で母さんは父さんと出会い、そして僕が生まれたのだ。


そういう話だったはずだ。


僕は自転車を漕ぎながら、掲示板で行われた魔剣とスレ民のやりとりを思い出す。

彼らの書き込みを確認したのだ。


そこには、僕の出生について言及されていた。

否定したい、それ。

これまで、僕が生きてきた時間を、そして記憶を否定する、それ。


僕は、僕の体は初代魔王の肉体らしい。

中身はたしかに僕だけれど。

でも、肉体は初代魔王のクローンもしくはコピーということらしい。


父さんも母さんも、秘密だけ残してこの世から去ってしまった。


僕はいったいなんなのか?


答えを知ってる人は、いない。

でも、一つだけ言えることがある。

それは、事情はどうあれ、母さんが僕を16年間育ててくれたことだ。

質素な暮らしだったけれど、保育園に行かせてくれたし、小学校、中学校にも通わせてくれたのだ。

その記録は、卒業アルバムとしてしっかり残っている。


なにより、毎年僕の誕生日を祝ってくれた。

その日だけは、ケーキを焼いてくれた。

からあげを作ってくれた。

僕の好物を用意してくれて、そして、お誕生日おめでとう、と言ってくれた。

お金こそかけられなかったけれど、時々遊びにも連れて行ってくれた。

親としての義務は、ちゃんと果たしてくれていたのだ。

その全てが、嘘だったとは僕はどうしても思えなかった。


「……今日、バイト入ってなくてさ」


もうすぐそこまで、校門が見えてきた。


「うん?」


僕の言葉に、エリーが返す。


「帰ったら、ティオさんが日記の内容を教えてくれることになってる。

エリーも聞きに来る?」


エリーはすぐに頷いた。

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