第5話

魔王城には清掃バイトとして、あちこち出入りしている。

けれど、今回僕が連れてこられたのは初めての場所だった。

魔王城は広い。

敷地も入れたら、かなりの広さだ。

後宮があった名残らしいと聞いたけど、本当かどうかは知らない。

魔王城の奥、それこそ限られた人しか入れない区画。

その区画には、この国の主――つまり魔王様の部屋がある。

執務室と、私室だ。

執務室に、僕は連れてこられた。


質素というか簡素というか、物凄くシンプルな校長室といったところか。

執務机があり、その机の前にはローテーブルとソファが置いてある。

ローテーブルには救急箱があった。


そのソファに、女性が一人座っていた。


「お、来たな」


女性が口を開いた。

真っ黒な髪に赤い目。

地味なスーツを着ているが、スタイルの良さもあってモデルだと言われた方がしっくり来る。

今代魔王様だ。


「初めまして、かな?

いや、どこかであった気がするな。

さて、どこであったのか」


テレビに時々出ている姿を見ているので、一般人は一方的にその顔を知っている。

しかし、僕はこの女性をテレビ以外の場所で見知っていた。


「…………」


でも、それをわざわざ言うのははばかられた。

魔王様も、駅中のコンビニへ新作デザートが発売される度にお忍びで買い物に来てることをバラされたくはないだろう。

そう、僕はコンビニ店員として魔王様を何度か接客したことがあるのだ。

なんなら、昨日も来店してた。

来る度に、電子マネーのカードを別のポイントカードと間違えるのいい加減やめてほしいな。

折をみて言おっかな。


「ま、いいか。

しっかし、選定する前にまさか魔剣が引っこ抜かれるとはな!!」


魔王様は愉快そうに笑った。


「いやぁ、本当に驚いたんだぞ!」


「……警報も鳴らなかったのに、よくわかりましたね。

魔剣が抜かれたって」


「これでも魔王だから、わかるんだよ。

しかし、初代以外は全て魔族だったのに、ここに来て人間が王として選ばれるとは、長生きはしてみるものだ」


魔王様はくつくつと笑いながらそんな事を言った。

そして、こう続けた。


「しかも、刺し直して逃げる奴も初めてだったはずだ。

それこそ、まさか魔王紋を剥ごうとしたりするやつも初めてだったな」


なんて言いながら、魔王様は僕に近くに来るよう言った。

それに従う。

魔王様は救急箱を開けて、僕の手の甲の手当をはじめた。

手当てをしながら、魔剣を抜いたあとの普通の行動について面白おかしく話してくれた。

普通は、剣を抜いたらその事を誇らしげに自慢するらしい。

これで、自分が魔王だ、と魔王紋を見せびらかして騒ぐのが普通らしい。

それくらい、嬉しいことらしい。

普通がよく分からない。


「あの、でも、やっぱりなにかの間違いなんじゃ。

だって僕、人間だし」


包帯が巻き終わる。

手当てが終わった。


「おいおい、今の私の言葉を聞いてなかったのか?

初代魔王は人間なんだぞ?」


「初耳です。

でも、やっぱり僕が魔剣を抜いたのはなにかの間違いじゃないかな、と。

だって、僕は魔族とは縁もゆかりも無い、ただの高校生ですよ」


「それでも、君は選ばれた。

それこそ三代目の魔王は魔族ではあったが奴隷出身だ。

かく言う私は、元娼婦だ。

私の前、先代魔王は元処刑人だった。

先代の頃の【処刑人】がどんな位置づけだったのかは、知ってるかな?」


僕は頷いた。

歴史の授業で習ったから、知っている。

今から二千年前、【処刑人】と呼ばれていた人達は、その仕事内容から忌避されていた。

市民権が無かったのだ。

つまり、人として扱われなかった人達である。

魔王様は、満足そうに微笑むと続けた。


「関係ないんだよ、どこの誰か、なんて。

身分も、血筋も関係ない。

肝心なのは、魔剣を抜くことができ、さらに魔王紋が体に刻まれた、ということだ。

けれど、それがわからない者、というのはいるんだな。

実際、ラングレード家をはじめとした、魔王を輩出してきた名家は、血筋、生まれがものをいうんだ、と信じている。

三代目の時は、それでこの国は滅びかけたっていうのに」


「滅びかけた?」


「そう。

二代目は初代の子供だった。

当然、三代目も魔剣を抜いて世襲と言う形になるだろうと思われた。

けれど、三代目候補は魔剣を抜くことが出来なかった。

大きな騒ぎになった。

けれど、これは野心をもった者たちにとっては好機となった。

様々な者たちが魔剣を抜こうとした。

けれど、抜けなかった。

これは、他に候補者がいるのでは、という話になり国中から人が集められた。

それこそ生まれたばかりの赤ん坊から、今にも死にそうな老人、病人まで。

そうして、一人一人魔剣を抜ける者がいないか調べていったんだ。

そして、一人の奴隷少女が魔剣を抜くことに成功する」


初めて聞く話に、僕は前のめりになってしまう。

こういう話は嫌いじゃない。

むしろ、好きだ。


「この結果に、野心家達は荒れた。

とても酷い言葉で、少女を罵った。

何かの間違いだ、こんな娘を王だなんて認めないってね。

野心家達は、少女を国から追放した。

すると、どうなったか?

誰が王になるか、ということで揉めて。

結局、一番強かった初代の孫が三代目としておさまった。


その後、この国は勇者たちの侵略を受けたんだ。

あっという間に国は蹂躙され、魔族は勇者たちによって虐殺された。


ラングレード家の者もほとんど殺されてしまった。

辛うじて、末子が生き延びて現代に血筋を残すこととなった。


さて、この侵略話を聞いた奴隷少女は、国に戻り魔剣を手にして勇者たちを追っ払った。

これにより、奴隷少女は王と認められた」


「へぇ」


「以来、魔王というのは居なければならない存在となったんだ。

なにしろ、追い出しただけ。

認めなかっただけで、国が滅びたんだから。

でも、この歴史も忘れ去られつつある。

なにしろ、魔剣を抜く儀式も無くそうという話が出ているくらいだ」


「それでいいんじゃないですかね?

だって、王様ってやっぱり英才教育とか帝王学とか。

そういうのを子供の頃から叩き込まれてきた人がなるものだと思うんです」


僕の言葉に、魔王様は苦笑した。


「関係無いんだよ。

こちらは一方的に選ばれるだけだ。

この国の【柱】もしくは【守り人】としてね」

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