第3話
どんどん、掲示板へ書き込みされていく。
壊したなら、ちゃんと申し出るべきだ、という書き込みもあれば、僕が次の王様だろ、というモノまであった。
その中で、
「……暗殺」
そんな不穏で物騒な二文字が書き込まれた。
僕は、人間でさらに移民だ。
そんな者が、魔族の名家を差し置いて次の王様だなどとなったならトラブルは避けられない。
それどころか、暗殺されんじゃないか、ということだった。
僕は再び布団の中で、ガタガタと震えた。
暗殺なんて嫌だ。
「うぅ、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
どうしよう、どうしよう、どうしよう??」
これからの事を考える。
自首一択だ。
その後のことを考える。
この場合は、少年院に行くことになるのだろうか?
それとも、大人の犯罪者と同じように刑務所だろうか?
ただただ、怖かった。
その時、ふと気づいた。
右手の甲に、見慣れない痣が出来ていた。
それは、ドラゴンの形をしていた。
はっきり、くっきりとその痣は手の甲に浮かび上がっている。
余程強くぶつけるかしないと、ここまで鮮やかな形で痣は出来ないはずだ。
記憶にある限り、今日僕は手の甲をぶつけたことはなかった。
無かった、はずだ。
思い当たることと言えば、魔剣に触れたのが利き手である右手だったことだ。
「ま、まさか、壊したから呪われた?!」
本来触れてはいけないものに触れてしまって呪われる、というのは太古の昔から存在するテンプレだ。
僕はすぐさま、手の甲に浮かび上がっていた痣を画像に収め、掲示板へと貼り付けた。
スレ民達がざわめき出す。
や、やっぱり、魔剣を壊したから呪われたんだ!!
しかし、スレ民達の書き込みは呪いを指摘するものではなかった。
「……魔王紋??
まおうのあかし??」
書き込みによると、この手の甲に出た痣は【魔王紋】と呼ばれる、魔王であることの証らしい。
そういえば、魔王城のあちこち、それこそ従業員入口にもこれとおなじ紋章が飾られていたことを思い出した。
「ま、待て待て待て、ちょっと待って」
僕は人間だ。
魔族じゃない。
だから、魔王なんかじゃ、決してない。
母も人間だった。
父にはあったことないけど。
父も人間のはずだ。
僕は布団から這い出して、部屋の片隅に飾っている遺影を見た。
父と母がそれぞれ写ったもの。
恋人時代の両親が寄り添い、腕を組んだ仲睦まじい姿を写したもの。
それらを見る。
そこに写っている父はどこにでもいる、人間の男性だった。
二人は、戦争の絶えない人間の国からきた人達で、戦災孤児だった。
二人はこの魔族の国に移民としてやってきて、出会い、結ばれた。
そして、僕が生まれたのだ。
人間の国には基本、人間しかいない。
今でも、人間同士で争っていると学校の授業で聞いた。
僕に魔族の血が薄らと流れているかも、という推測がスレ民達の間で流れるが、他ならない僕がそれを否定する。
僕は人間だ。
人間種族だ。
だって、両親が人間なのだから。
その両親は人間しかいない国から来たのだから。
何よりも、定期的にある健康診断でも僕は人間と判断されている。
ほかの種族の血が混じっている場合、途中でその特性が出てくるからだ。
学校などの健康診断は、これをいち早く見つける為に行われている。
「冷静になろう。
うん、冷静に、冷静に」
なんて呟いた時、僕の目にキッチンが映る。
そこに置いてある、包丁が、映る。
「よし、剥ごう」
人間、パニックが極まるととんでもない方向に思考が飛ぶらしい。
僕はその包丁で、この痣を剥ぐか、手首ごと切り落とそうと考えた。
もう、そうと決めたら、それを実行する方向にしか頭が働かなかった。
僕はキッチンに立つ。
包丁を手にして、
「あ、切り落とすと不便か」
そんなことに気づいた。
私生活が不便になってしまう。
ましてや、利き手だ。
処理するにしても、左手で作業を行わなければならない。
痣を剥ぐことにした。
僕は、不慣れな左手で包丁を持って右手の甲へ滑らせる。
スっと、切れた。
遅れて痛みがやってくる。
「……めっちゃイタイっ」
当たり前だが、普通に痛かった。
そして、思った以上に切れ目は深くなかった。
それでも、ダラダラと血が流れていく。
「ううう、どうしよう……」
僕の『イタイ』という声を携帯電話は拾ったらしい。
音声入力にしていたため、それがそのまま、掲示板へと書き込まれた。
なにやってんだ、とスレ民に突っ込まれた。
落ち着けよ、と別のスレ民が書き込む。
だって、暗殺はどうしても嫌だったのだ。
そんな僕の呟きが、また書き込まれてしまう。
「うぅ、と、とりあえず、絆創膏貼ろう」
その時だった。
バタバタとなにやら慌ただしい足音が聞こえて来たかと思ったら、部屋のドアが壊された。
「………へ??」
強盗か、と考える前に慌てた形相の男性が僕の部屋に乗り込んできた。
ドラマとかに出てそうな、二十歳くらいのイケメンだった。
角や折りたたまれている翼から察するに、魔族だ。
イケメンは僕を視認すると、ガシッと両肩を掴んできた。
かと思うと、
「早まったことはしないでください!!」
そんなことを叫ばれた。
「え、いや、あの貴方誰??」
「って、あぁ!!
こんなに血が!!」
僕の質問には答えず、イケメンは僕の手の甲を見るや、卒倒しそうな勢いでそう言った。
「とにかく、城へ!!」
なんてイケメンは叫んだ。
そして、僕は彼に抱き抱えられ、なにがなんだか分からないうちに魔王城へテイクアウトされてしまったのだった。
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