第2話
気づくと、僕の手には魔剣があった。
「え、うぇっ?!?!」
魔王城、玉座の間。
ドラマの撮影とか、旅番組でも度々紹介されている、あの荘厳な玉座の間。
その中心には、魔剣が刺さっている台座がある。
魔王にしか抜けないとされている魔剣。
その魔剣が僕の手の中にあった。
ダラダラと冷や汗が流れる。
これは、絶対にあってはならないことだ。
何故なら、僕はしがない清掃バイトの一人である。
さらに貧乏学生で、人間だった。
魔王は魔族の王様だ。
つまり、魔剣を抜けるのは魔族ということになる。
では、僕の手にあるのは何故なのか?
答えは単純明快だ。
「こ、こここ、壊した!!??」
どうしよう、どうしよう?!?!
えとえと、とりあえず真っ二つに折れてるわけじゃないから、刺し直そう。
僕は魔剣を刺し直した。
うん、大丈夫。
魔剣は、最初からそうであったように台座に収まっている。
グラついてもいない。
傍目からは壊れているようには見えなかった。
「やっぱりやめとけば良かった」
いくらベテランさんに勧められたからって、展示物に触るんじゃなかった。
後悔するが遅い。
魔剣とは魔王の証だ。
それを壊したとあっては、バレたら死罪だ。
それとも、弁償かな?
仮に弁償で済むとしても、貧乏学生、バイトの掛け持ちをしている僕に払えるとは思えない。
内臓を売るか、やはり死罪か。
でもでも、見た目的には壊れたようには見えないし。
等と考えていると、トイレに行っていたベテランさんが戻ってきた。
曲がった腰、頭には三角巾。
皺を刻んだ、優しげな顔。
御歳、たぶん一万歳のお婆さんだ。
この国が建国された頃から、つまりは初代魔王の時代からこの魔王城で働いている大ベテランである。
「あら~、綺麗になったわねぇ。
やっぱりツーちゃんに頼んで良かったわぁ」
お婆さんは、今日腰の調子が悪いということで、玉座の間の清掃を手伝ってほしいと頼んできたのだ。
ちなみに、【ツーちゃん】というのは僕のことだ。
名前が【ツクネ】だからだ。
掛け持ちしている他のバイト先でも、【ツーちゃん】呼びされている。
それはともかく。
僕はお婆さんからの頼みを了承した。
通常なら、この玉座の間は許可がない限り入れないし、なんなら撮影や取材、一般公開の時には見張りが立っている。
あと、普段ならしっかり魔法で扉に鍵がかかっている。
そういえば、公開時期でもなんでもない時は見張りはいないらしい、清掃前にお婆さんが言っていた。
「あ、いえ、その」
「どうしたの?
顔が真っ青よ??」
この時、僕はパニックになっていた。
だから、つい、
「あ、あの、すみません!!
お腹痛くて!
実は朝からお腹痛くて!
もう帰ってもいいですか?!」
そんなしょうもない嘘をついてしまった。
お婆さんは目を丸くして、
「あらあら大変!
うん、もういいわ!
早くお医者さんに行くのよ?」
「はい、はい!
ごめんなさい!!
お先に失礼します!!
お疲れ様でした!!」
僕はその場から逃げ出した。
そんな僕に、お婆さんが、
「間に合わなそうだったら、通路を右に行くとトイレがあるからね~」
そう声を掛けてくれた。
罪悪感で死にそうになりながら、僕はそのまま魔王城を飛び出した。
従業員用出口にいた警備さんが、とても驚いていた。
でも、なにか急用があると考えてくれたのか普通に出られた。
そのまま、魔王城裏にある従業員用駐車場に向かう。
駐車場隅には、駐輪場もある。
そこに置いておいた
単身者向けのボロアパート。
その一室が、僕の家だ。
親はいない。
父は僕が産まれる前に脱線事故で死んだ。
母は今年の初めに、病気で死んだ。
僕は部屋に入ると、布団を被ってガタガタと震えた。
出てくるのは、
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
お母さん、僕嘘ついちゃった、それに魔剣も壊しちゃった。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
そんな言葉だ。
逃げたところで、調べれば一発だ。
もしかしたら、すでに警察が動いているかもしれない。
自首すべきか。
いや、でも、バレてないかもしれないし。
そんな時だ、僕のズボンのポケットから携帯電話が転がり落ちた。
貧乏だけど、これだけはと最新式を買ってなんならプランも動画見放題とか諸々ついているものにした携帯電話。
その携帯電話を見て、
「そうだんしよう、そうしよう」
そう考えた。
考えが口に出た。
親はいない。
兄弟姉妹もいない。
親戚もいない。
友達もいない。
何も無い僕の、たった一つの宝物であり、贅沢品であり、娯楽を提供してくれる、それ。
僕は、携帯電話を操作してとあるページを表示させた。
電子世界の巨大掲示板。
僕みたいな陰キャ、そして変人の巣窟。
僕はその掲示板を見るのが日課だった。
読み物みたいでおもしろかったからだ。
その中の考察掲示板と呼ばれる場所を表示させた。
そして、スレ立てをした。
誰かに話をきいてもらいたかったのだ。
懺悔をしたかったのだ。
罵倒炎上は、覚悟の上だった。
誰かに、さっさと警察に行けと言われたかった。
僕はそうでもしないと動けない、弱虫で卑怯者だから。
スレ立てして、それでもまだ僕はパニックになっていた。
支離滅裂な書き込みをしてしまう。
すぐにタイトルに釣られたのだろう、スレ民達が集まり始めた。
ちなみに、
【怖くなって】魔剣引っこ抜いた件【逃げてきた】
である。
《魔剣を壊した件》でもよかったかもしれない。
とにかく、集客は出来たようだ。
その事にホッとしながら、僕はスレ民が書き込んだ質問に答えていく。
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