魔女狩り

やざき わかば

魔女狩り

 大陸に吹き荒れる「魔女狩り」という名のリンチ殺人。どちらかというと、都市部よりも、教会の威光が届かない田舎の村落にその傾向は強かった。


 教会側は、なんとか魔女狩りを抑制しようと、各村に「異端審問官」を派遣した。名前こそ仰々しいが、つまりは今まで無軌道に行われていたリンチを取り締まる、代官のような存在。それが異端審問官だ。


 その村に男がやってきたのは、ある晴れた日の午後だった。


 魔女狩りが頻繁に行われているところであっただけに、村人の態度も酷いものだった。明らかに男を「魔女の仲間」として見ている。もはや教会など、自分たちの快楽の邪魔になるとしか考えていないのだろう。


 しかしながら、さすがに大っぴらに教会に楯突くわけにもいかない。仕方なく、村人は魔女の疑いのある人々を、男の元へとしょっぴいていくようになった。


 今日もまたひとり。


「お役人様、この女は夜な夜な魔術の研究をしている魔女です。死刑にしてくだせぇ」

「では、私が取り調べをいたしますので、その方を引き渡してください」

「へぇ。厳しい措置をお願いしますよ」


 村人たちは不満げながらも、女を置いて去っていった。


「さて、いくつかお聞きしても?」


 女は怯えて震えながらも、頷いた。


「貴方は魔女ですか?」

「滅相もない。家の農業を手伝う、ただの村民でございます」


「まぁ、そうでしょうね。この世に魔女なんて存在しない。では質問を変えます。最近、貴方にとって何か事件というか、変わったことはありませんでしたか?」

「はい。最近、豪農の息子に言い寄られておりましたが、それを突っぱねてしまいました」


「やはり、そんなところですか。わかりました。村人たちに、貴方が魔女ではないと証拠を突きつけましょう。私に任せていただいて、よろしいですか?」



 男は村人を集め、女が魔女ではないとする証拠を見せると宣言した。男が手にしているのは、細くて鋭い針である。


「魔女は、針に刺されても血を流さないと言う。ではこの針を刺し、赤い血が流れたならば、この者が魔女ではないという証拠になります」


 男は女に「少しチクッとしますよ」と小声で言い、腕を刺した。針で刺したのだから、血が出るに決まっている。


 酷い話だが、針先を押し当てると引っ込む仕掛けを使い、対象を魔女だと無理やり決めつけて処刑する方法が横行している。それを逆手に取ったわけだ。


「御覧なさい。血が出ました。よってこの者は魔女ではありません」


 村人たちは、その「判決」に異議を申し立てた。


「お役人様、あんたそうやって、魔女の疑いがある連中を全員、無罪にしてきてるじゃないか。こちとら不安で夜も寝られねぇんだ。あんた、教会を偽って魔女を助けに来ている悪魔だろう」


 騒ぐ村人たちに、男は一喝する。


「黙りなさい。この世の中に、魔女なんてものは存在しない。全員普通の人間だ。貴方たちと同じ、ね。これ以上異論をはさむと、教会への冒涜とみなしますよ。それよりも豪農の息子を取り締まることが先決では?」


 そこまで言われると、村人たちも黙るしかなかった。


「そもそも、貴方たちは村の財産である人間をいたずらに減らして、何がしたいのですか。人とは力です。労働力、生産力、子孫を成し、人口を増やし、村の産業を活発化させ、裕福になっていくのです。何故それがわからないのですか!」


 さすがに村人たちも堪えたようで、肩を落としながら去っていった。それから、女を、いやそれどころか、他人を魔女呼ばわりするものはいなくなった。


 それから少しばかりの時が経ち、大陸全体に「魔女狩りはやってはいけないことである」という、当たり前の考え方が広まり、この騒動は幕を閉じようとしていた。教会側の強い働きかけが功を奏したのである。


 男は、村の広場に村人たちを集め、訓示を与えた。


「もう、貴方たちも理解したでしょう。人間をやめ、悪魔の使者となる『魔女』など、存在しない。みんな普通の人間だということを。今の貴方たちは、人を増やし、みな協力しあい、裕福な村にするために頑張っている。素晴らしいことです」


 悪夢から覚めたように、村人たちは朗らかな顔をしている。魔女狩りをしているときのような、凶悪な顔はもう見る影もない。魔女疑惑をかけられたあの女も、今や良い男と結婚をし、小さな赤ん坊を腕に抱いている。


 ここにあるのは、幸福そのものであった。

 悪夢は全て取り払われたのだ。


「素晴らしいことです。この素晴らしい魂を、全ていただけるとは」


 村人たちが怪訝な顔をするなか、男が右手を上げる。すると、村全体を冷たい風が吹き荒れ、広場に集まっていた全村人たちは崩折れていった。


「憎しみでくすんでいるよりも、目標を持って幸福に満ちている魂のほうが、高尚な味がするものです。言ったでしょう。魔女など存在しない。人間を我が眷属にするよりも、その分多く魂を収穫したほうが、実入りがありますからね」


 男は悪魔の実体を現した。今収穫したばかりのたくさんの魂を、魔法の袋に全て回収し、消えるようにその場をあとにした。


 その日を境に、その村は地図から消えた。その消えた村への異端審問官の派遣など、教会側はしていないことが、後ほど判明したという。

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