ポテュプ

与太ガラス

ポテュプ

 ポテュプのことが理解できない。やつはなんであんなにも角ばった形をしているのだ。ポテュプという名を与えられていながら、なぜゴツゴツとしたナリをしている。ひらがなで書けば “ぽてゅぷ” だぞ?かどなんかあってはならない名前だ!「ポテュプ」は「キューブ」の対義語と言っても良い。

 私はこいつを丸くせなばならない。やつの本来の形は丸であるはずだ。だのに、なんということだ!ポテュプそのものは、丸くなることなど全く望んでいない!むしろ今の姿を誇らしくさえ思っているようだ。

 力尽くで形を変えることは簡単だ。だがそれでは何の解決にもならない。我々に必要なのは対話だ。私はポテュプと話をして、丁寧に説得しなければならない。だがやつは全く聞く耳を持たない。耳を持っていないのだ。これは骨の折れる作業になる。やつは骨など持っていないのにな!


 嘆いていても始まらない。私はポテュプに近づき、じっくりと観察することにした。耳も骨もないのに鋭利な突起や深い窪みを持つポテュプは、触れてみるとやはりザラザラとしている。私はこいつをそっと撫でてみた。少し警戒したが、それ以上抵抗することはなく、気持ちよさそうに受け入れている。このまま途方もない時をかけて撫で続ければ、こいつを丸くすることができるだろうか。純粋で恐れを知らないポテュプは、手放しで私に懐いている。もちろん手も持ってはいないが。

 しかしもしも私がこいつの同意なしに、どんなやり方であれ形を変えようという企てを起こしたら、こいつは恐怖を覚えたりはしないだろうか。こんなにも無垢で、愛くるしい存在に、恐怖を植え付けることなど、許されるだろうか。許されるはずがない!私の行いによって恐怖を与えることなどできない!私の手によってポテュプの形を変えるなど、できるはずがない!

 ではやはり対話をするしかない。耳を持たないモノを説得することなどできるだろうか。ならばいっそ耳を作ってしまおうか?いや、それも形を変えるのと同じだ。ポテュプに私の言葉は伝わらない。だがどうだ、こいつはその全身で私に意思を示し続けている!私は、私は言葉を持ってしまったばかりに、ポテュプとの対話の手段を失ってしまったということなのか?

 ありのままのポテュプは、依然として高峻たる姿をしている。だが、性質はどうだ?あどけなく、純真で、いつもふわふわとしている。もしやポテュプという名は、姿ではなく性質によって与えられたものなのだろうか。


 それから長い年月をポテュプと共に過ごした。姿形は一向に変わる気配がない。だがやつは、時折淋しそうな佇まいをすることがあった。ずっとこのままでいることがもどかしいような、変化を希求するような衝動を感じることがあった。

 私はこれから先の身の処し方をポテュプそのものに任せることにした。長く共に暮らしていれば、やつがこれからどうしたいのか、もう十分に伝わってきていた。そう、私は理解したくなかっただけで、はじめからこうするしかないことをわかっていたのだ。

 やつはいま、私の庇護下にある。これまでもずっとそうだった。しかしポテュプは望んでいるのだ。外へ、大いなる世界へと羽ばたくことを。私はその意思を汲んでやることにした。敢えて言うが、やつは翼など持ってはいない。


 そうと決まれば、この場所に閉じ込めておく理由はない。私は外に出た。そして、もはや最後になるかもしれぬポテュプの姿をじっと見つめた。ポテュプはどこか、覚悟を決めたような気配を帯びていた。そして私は、これを宙に向けて放り上げた。

 遥か遠くへ飛んでゆくポテュプを見やり、私はしばらくの間その場にじっと佇んでいた。



 「あれから幾星霜、文字通り幾星霜が過ぎた。私はひとときたりともやつを忘れたことはない。だが、今日のこの日に至るまで、やつが私の元に姿を見せたことはない。それがやつの幸せなのだとわかってはいる。わかっているが、ひとめ、ひとめだけでも私はやつの姿を見たいのだ」

 そこまで言うと、彼は語り疲れたのかゆっくりと眠りに落ちていった。彼の居所に招かれて来てみたが、彼の身の上話に耳を傾けても、この空間を見渡しても、ポテュプという存在が何者なのか、私にはさっぱりわからなかった。ただ彼がそのポテュプという者にひとかたならぬ愛情を注いでいたことは理解した。またポテュプに会わせてやりたいとも思った。

 彼が眠り、手持ち無沙汰になった私は、しばらくその場に呆けていた。すると外になにやら気配を感じた。私は外に出た。そして見た。

 そこには、その身に水を纏ったなにかの塊があった。水の内側は滑らかな形をしているようだが、柔らかい物質ではなさそうだ。もしやこれが?そう考えると納得がいく。長く果てしない旅の中でその身は削られ、内に引力を持ち、水を湛えるようになったのだろう。その姿は威風堂々として、雄々しい。しかしどこか、人懐っこさも秘めている。

 いますぐ彼に伝えなければ…とも思ったが、私は既にこれの妙な魅力に取り憑かれていた。彼を起こしてはいけない。私はこれを自分のものにしたくなったのだ。そして同時に思った。


 こんなにも美しい存在が、ポテュプ、だと?


 私はゆっくりとそれに触れ、そっと抱き寄せた。それは私を受け入れた。


 私はこれを「グローブ」と名付けた。

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ポテュプ 与太ガラス @isop-yotagaras

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