第7話 ストーカーにドン引きされる男子
俺がチャミと同棲生活を始めてから三週間が過ぎようとしていた。
彼女が押し付けたルールと色々な場所へ連れ出されたお陰か、俺の対人スキルは飛躍的に上達し、気付かない内に一人で外出しても苦にならなくなっていた。
ピンポーン
「あっ、ドライバーさんが迎えに来たみたい」
迎えにきたドライバーからの連絡を受け、チャミは仕事へ行く支度を始めた。
「チャミさん、行ってらっしゃい! あ……」
「どうかした?」
「いや、今日の髪型凄く可愛い」
「本当? 今日は気合い入れたから褒めてくれると嬉しい。行ってくるね!」
チャミは小さく手を振りながら仕事へ出かけていった。
チャミに喜んでもらう為に料理の勉強を一週間前から始めた。チャミが帰って来た時に味見をしてもらい感想を聞いていた。
後、一週間か……
実は、高山からある事を聞き出せと言われていた。
それは、チャミの本名を聞き出す事。
キャバ嬢と言うのは基本、本名で仕事をせず、源氏名を使うらしい。
本名で仕事をしたらそれこそ、ストーカーに居場所を特定されてしまうリスクがあるからだった。
チャミは賢く、リスクを避ける為に本名を隠している為、知る者は殆どいない。
こっそりと郵便物とか探した事は合ったけど、何一つ手掛かりは見つからなかった。
恐らく、何処かへ転送させているのかもしれない。
気分転換に外出するかな……
街を歩くと、同年代の高校生が楽しそうに友達と街を歩く姿を見ると羨ましくなる。
俺も来月に才華学園へ転校させると高山が言っていた。
一体何が目的で俺を転校させるのかさっぱりわからない。
そもそもどうして俺を助けたのか?
マンションのエントランスからキーを差し込んで入る途中、後ろから気配がして思わず振り返る。
気のせいか……
それから数日は何事も無く過ぎていった。
チャミの本名は分からずじまい。
直接聞いた時に断られるのが怖く、聞く事が出来なかった。
いつものようにチャミの帰りを待つが一向に帰ってこない。
おかしい、いつもは帰ってくる筈なのに。
でも、仕事で遅くなっているだけかも知れない……いや、念の為エントランスまで見に行こう。
俺はエントランスを出て周りを見る。
!?
あれは?
チャミさんの鞄がエントランス前の植木に引っ掛かかっていた。
悪い予感がする。
「チャミさん」
違う、こんな小さい声じゃ聞こえない。俺は何を恥ずかしがってるんだ。
「チャミさーん!」
自分がこんなにも大声を出せるのかと驚きつつ、辺りを見回す。
「◎△$♪×¥●&%#?!!」
微かに聞こえる叫び声。
チャミさん?
「チャミさん!! 何処? 居るなら声を出して!」
「……助けて!! 嫌ー!!」
今度はハッキリとチャミの声が聞こえ、急いで声のする隣の竹藪へ入る。
「チャミさん!」
俺はチャミに馬乗りになっている男を引き剥がして助け出す。
チャミは服を引き裂かれ、暗がりでも分かるほど酷い状態だった。
「何だーお前はー! チャミの彼氏かー?」
チャミを襲った男は、ナイフをチラつかせて詰め寄って来た。
そうか、コイツはナイフを使ってチャミさんを脅して襲ったのか……
「チャミさん、俺、喧嘩弱いけどあなただけは命に変えても守るよ。どうせ死ぬなら誰かの為に役立ちたい」
「駄目……後無君、殺されちゃうから逃げて!」
僕は上半身の服を捲り上げて叫んだ。
「刺し易いようにしてやったぞ! オラ! 刺せよ! 一思いに殺れよ! その代わりチャミさんには二度と手を出すなよ!」
「イケメンが、女の前で格好つけてんじゃねーよ! 殺ってやる……殺ってやるよ!」
男はナイフを両手に持ち突っ込んできた。
「刺して来い!! うぉぉーーー!!」
カランッ
「何だよコイツ……何で避けよーとしねーんだよ? 狂ってやがる……付き合いきれねーよ!」
男は俺を刺す直前に怖気付いてナイフを地面に落とすと、捨て台詞を吐いて逃げて行った。
その後は、俺は警察を呼んでマンションの周りはパトカーが来て騒然となった。
俺はと言うと、チャミとはどういう関係か事情聴取で聞かれて色々と大変だった。
念の為、チャミさんは一日入院する事になった。
俺は事情聴取が終わると、チャミの病室の前の廊下の椅子で待つ事にした。
「……後無君、居る?」
病室の中からチャミが呼ぶ声が聞こえた。
「居るよ、中に入っても大丈夫?」
「……いいよ」
ガラガラ
病室の引き戸を開けて中へ入るとチャミが上半身を起こして迎えてくれた。頭に包帯、頬にガーゼを付けた姿は痛々しかった。
「……」
俺はどんな風に声をかけたら良いか分からず黙っていると、チャミの方から声をかけて来た。
「迷惑を掛けてごめんね」
「どうしてチャミさんが謝るの? 俺がもっと早く気付いていたら……」
後悔しても仕切れない悔しさが込み上げる。
「明日で同棲生活も最後だね」
「あっ……」
チャミの言葉で初めて明日が最後だと気付く。
「あー、もしかして忘れてたな!」
チャミは拳でコツンと俺の頭を叩いた後、珍しくため息を吐いた。
「私ね……いつか罰があたるんじゃないかと思っていたの……仕事が仕事でしょ? 建前はお酒を飲ませてお客を癒してあげるって言うけど、悪い言い方をしたら……お客を騙してお金を貢がせるって事」
「客だって割り切って来てるって」
「でもね、お客の生活を崩壊させているかもしれない……襲って来たあの男だって……私に相当な金額を貢いでいるの……後無君が想像出来ない程の金額を……」
まるで、チャミは懺悔をするかのようにゆっくりと語った。
「だからね? 私は君が思っているような良い女じゃないの、ごめんね?」
「……どう言うつもりで言ったか分からないけど、俺の気持ちは変わらないよ」
「そっか……」
彼女は寂しい顔をした。
まるで、自分のせいで新たに人生を狂わせてしまった男を憐れむかのように……
「ねぇ、後無君。身体を張って私のために助けてくれたのは凄く嬉しかったよ? でも、気持ちの半分は刺されて死んでも構わないと思ったんじゃない?」
「……そうだよ。俺はいつ死んだって構わないと思っているよ。俺には家族も、友達も、本当の名前も全部失った……チャミさんの目の前に居る男は、あなたが創り上げた贋作に過ぎないんだから!」
俺の感情のこもった言葉を聞いたチャミは悲しそうな顔をした。
「そっか…… ねぇ、後無君! 私と田舎で暮らさない? 海の近くでアパートでも借りてさ? 仕事も農業とかやってさ? 誰も知らない所で二人で暮らすの。そして結婚して子供つくって家族で幸せに暮らすの? あっ、ごめん、重いよね?」
「そんな事ないよ……廃棄処分前の俺で良ければお願いします。あっ、今なら俺の童貞も付いてくるからお値打ちかも」
「馬鹿! でも嬉しい…… 今日はもう遅いからマンションに帰ってゆっくり寝て? 明日の14時に退院手続きをするから迎えに来てくれる?」
「でも、俺はチャミさんが心配で」
「マンションにある化粧品を持ってきて欲しいの。お願い、ね?」
「……」
「もうっ!」
黙っている俺にチャミは唇を重ねてきた。
俺のファーストキスだった。
「チャミさん……」
「ルールその四十九。女性のお願いは快く引き受ける事!」
◆◇
マンションに着いた時には日付が変わる直前だった。
疲れてシャワーも入らずにベッドへ傾れ込む。
寝る時はいつも横に居るチャミは居ない。
明日には俺とチャミの同棲生活が終わる。
高山が迎えにくる前にチャミさんを連れて何処かへ逃げよう……誰も知らない所で二人で暮らすんだ。
色々と考え事をしながらベッドに入っていたらいつの間にか眠りについていた……
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