第3話 それは次期侯爵になりたくないという意味ですか?
みんなが困惑する中、「兄上とアンジュール様?」という不思議がる声が生徒達の中から聞こえた。
すると、さーっと生徒達が道を譲るように退け始め、そこには制服に身を包んだ少年が立っていた。
中性的な顔立ちをしていて、目元がワンダー様と似ている。
「こんなところで何を?」
首を傾げてこちらを見つめている彼は、ワンダー様の弟であるトラスト様だ。
「おはようございます、トラスト様」
「おはようございます、アンジュール様。一体、どうなさったのですか?」
「それが……」
私が口ごもったので、代わりにワンダー様が唇を開いた。
「昨日、アンジュールに植物園に誘われたから行ったんだよ。そこに弱った猫がいてさ。しかも野良。アンジュールが野良猫を助けるなんて言い出したんだ」
「猫ですか?」
トラスト様がこちらをみたので頷く。
「えぇ、怪我をしていて衰弱していたため保護する必要がありました。ワンダー様が帰られた後、通りすがりの優しい方の手を借りてすぐに病院へ。今は治療のため入院中です」
「良かった。無事なんですね? アンジュール様が助けて下さってよかったです」
トラスト様が安堵の表情を浮かべたんだけど、すかさずワンダー様が眉を顰めながら怒鳴った。
「よくないだろうが! 俺がわざわざ植物園に連れて行ってやったんだぞ。それなのに、衰弱した猫を助けるってどうかしているだろ。野良だぞ、野良」
「兄上のおっしゃっていることがわかりません。もしかして、金銭面的な事や猫の今後を考えて助けるべきだと言っているのですか? ですが、アンジュール様のことですから、金銭面やその後の猫のことを考えて助けたはずですよ」
「違う。俺が植物園に連れていってやったのに、野良猫を助けるのが意味がわからないって言っているんだよ。どう考えても俺が優先だろ。俺の貴重な時間を使ってやったんだから。しかも、植物園から病院までうちの馬車を使おうとしたんだぞ。野良なんてノミや病気を持っているかもしれないのに」
「……は?」
トラスト様はこいつなにを言っているんだ? という表情で見ている。
わかります。その気持ち。
「おかげで俺は気分が悪くて仕方がなかった。でも、シルビアのおかげで今は気分がいい。癒やしだな、シルビアは」
「本当ですか? うれしいですわ」
「おまえは本当にかわいいし、気もきくもんなぁ。どっかの誰かと違って」
そう言ってワンダー様が冷めた目で私を見た。
「兄上。さっきからベタベタとまとわりついているその女性は誰なんですか?」
「おい、口の効き方に気をつけろ。俺の大切なシルビアだ」
「正気ですか? 兄上には婚約者がいるんですよ。次期侯爵の自覚を持って下さい」
「持っているに決まっているだろ。おまえと違って俺は嫡男で跡取りなんだからさ。いいよなぁ。なにも考えず責任もないやつは」
「それは次期侯爵になりたくないという意味ですか?」
「当然だ」
「当然? もう一度確認しますけど、なりたくないという意味ですか?」
「当たり前だ。俺はシルビアと一緒にこうしていちゃいちゃして暮らしたいからな」
ワンダー様の言葉を聞き、トラスト様は黙ると顎に手を添え何かを考える仕草をした。
私は首を傾げながらトラスト様を見る。
一体、トラスト様は何を考えているのだろうか。
「まぁ、でも無理だろ。俺は嫡男であり、次期当主だからな。俺以外、次期当主候補はいない。仕方が無いからアンジュールと結婚してやるが、俺の一番大切なものはシルビアだ」
「……兄上。ご自分が馬鹿な事を言っているってわかっていますか?」
「またお小言か。いいよな、暇人は。嫡男としての責任ないし。俺の背には領民の人生がかかっているんだからさ。責任重くて押しつぶされそうだよ」
「ワンダー様!」
そのようなことを言うべきではない。
トラスト様はご当主と共に領地に赴き、ちゃんと民の声を聞き、将来ワンダー様をサポートしようと勉強している。
それなのに、その言い方はあんまりだ。
「こいつらに構っていると時間の無駄だな。行こう、シルビア」
「えぇ」
ワンダー様達は私達の事を鼻で笑うと先に行ってしまった。
それを見送りながら、トラスト様は深い溜息を吐き出すと私の方を見る。
「アンジュール様、申し訳ありません。うちの愚兄が……まさか、ここまで問題児になっていたなんて」
「いえ」
「今後、このようなことがないように兄の件は父上に報告いたします。ご迷惑をおかけしました。また何か兄上がご迷惑をかけたら連絡して下さい。猫のことも保護して下さってありがとうございます。猫好きとしてお礼申しわげます」
トラスト様が深々と頭を下げて謝罪してくれているけど、ワンダー様と違って誠実な方だと思う。
トラスト様が次期侯爵ならなぁと思った。
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