第18話

「毎年、ここに来てたの?」


 突然後ろから掛けられた声に驚いて振り返れば、そこには知った顔の奴が立っていた。


千景ちかげ……」


 誰にも分からないように、会の解散と同時に抜けて来たはずなのに。千景に付けられていたなんて、全然気づきもしなかった。

 月に魅せられておかしな事を考えていたからだろうか。

 今夜は何かが起こりそうだ、なんて。


「付けてきたのか?」

「うん。ごめんね」

「いや」


 謝りながらも、恐らく悪いなどとは思っていないだろう千景と一緒に、【走らずの道】の入口に立って、白楽はくらが落ちたと思われる場所を眺める。

 白楽は落石に巻き込まれたと聞いた。

 だからきっと不幸な事故なんだろう。

 でも、それだけじゃない何かがあるような気がした。

 白楽なら、落石くらい避けられるはずだ。それを何故、無理して突っ込んだりしたんだ?

 それにあの道は【走らずの道】。名前通り、普通のライダーなら走らない道だ。走るのは、恋愛絡みの願掛けをするライダーだけだと聞いた。

 なぁ、教えてくれよ、白楽。

 なんであの日、【走らずの道】なんか走ったんだ?


 隣を見れば、千景も同じ場所をぼんやりと眺めている。

 もしかして、千景も白楽に会いたいと思っているんじゃないだろうか。

 ふとそんなことを思って、俺は千景に教えてやった。


「出るんだって、さ」

「え?何が?」

「白楽の幽霊」

「まさか」

「あの日以降、誰もいないのに、バイクの音が聞こえる事があるらしい。バイクに乗った少年の姿が見える事もあるとか。残念ながら俺はまだ一度もバイクの音を聞いた事が無いし、姿を見た事もないんだけど」


 そう。

 俺は、白楽の姿はおろか、バイクの音だってただの一度も聞いた事が無い。

 俺の事、好きだったんじゃないのかよ、白楽。なんで出て来てくれないんだ?


 隣に千景がいなかったら、きっと俺は泣いていただろう。

 寂しくて-悔しくて。

 けれども俺は泣く事ができなかった。

 それは、隣に千景がいたからじゃない。

 突然、千景にキスされたからだ。


 俺の顔を両手で包みこんで唇を離した千景は、俺に言った。


「ひどいよね、白楽。他の人の前に現れるんだったら、私たちにまず真っ先に会いに来てくれればいいのに。そう思わない?」

「……あ、あぁ……」


 千景の温かい手が気持ちいい。

 でも、なんで?

 千景、なんで俺に?


「ねぇ、永嗣。高校の時、私のこと好きだったでしょ?」


 何故か千景はそう言いながら、俺の顔を【走らずの道】の方へと向けた。

 されるがままになりながら、俺は訳が分からなかった。

 確かに、俺は高校の時、千景が気になってはいた。それは確かだ。恋愛感情なのかどうかは、正直なところよく分からなかったが。


 小さくコクリと頷くと、千景は続けた。


「今も?」


 千景の目が俺の目を覗き込む。

 こんなことをされて嫌な気がしないということは、きっとそういう事なんだろう。

 俺は一瞬躊躇った後、再度頷いた。


「そう」


 千景が小さく微笑む。

 だけど。

 千景が好きだったのは、俺じゃなくて白楽だったんじゃ-


「私もよ」


 千景が気になっていた俺はあの頃、よく千景を目で追っていた。その千景の目線の先にいたのは、いつだって白楽だった。

 なぁ、千景、お前は一体何を考えているんだ?

 大切な人を失った者同士、寂しさを埋めようとでもしているのか?

 そんなものが何になるかは俺にには分からないけど、お前に今それが必要だっていうなら、俺は……


 千景の腕が俺の首に回され、再び唇が重ねられた。

 今度は先ほどよりも、深く。


 その時。

 目を閉じた俺の耳に、微かにバイクの音が聞こえて来たような気がし、薄く目を開けると、ぼんやりとしたバイクの影が近づいて来ているような気がした。


【終】

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