第14話

 会が解散すると、永嗣えいじは毎回いつの間にか姿を消していた。

 私は今日こそ永嗣がどこへ行くのか確かめようと、コッソリ後を付け始めた。

 陰キャの永嗣の事だ、もしかしたら一人で白楽はくらしのんでお酒の飲み直しでもしているのかもしれない。もしそうだとしたら、今年は無理やりにでも私もお供させてもらおう。

 可能であれば、あの日の屋上での白楽との事を聞かせてもらおうかな。もう、色々時効だろうし、お酒でも入れば勢いで話してくれるかもしれないし。

 なんて、そんなことを思って。


 けれども、永嗣を追って辿り着いたのは、予想外の場所だった。


「毎年、ここに来てたの?」

千景ちかげ……」


 声をかけると、永嗣は驚いたように振り返った。

 そこは、白楽が最後に生きていた場所。【走らずの道】。


「付けてきたのか?」

「うん。ごめんね」

「いや」


【走らずの道】の入口に立って、永嗣は遠くを眺めていた。多分そこは、白楽が落ちてしまったと思われる場所。


「出るんだって、さ」

「え?何が?」

「白楽の幽霊」

「まさか」

「あの日以降、誰もいないのに、バイクの音が聞こえる事があるらしい。バイクに乗った少年の姿が見える事もあるとか。残念ながら俺はまだ一度もバイクの音を聞いた事が無いし、姿を見た事もないんだけど」


 冗談とも本気ともつかない顔でそう言って永嗣は笑い、俯いてしまった。それは、こちらまで泣きたくなる程哀しい笑顔だった。

 私は思わず永嗣の顔を両手で包み込んで上向け、そっと唇を重ねた。


「ひどいよね、白楽。他の人の前に現れるんだったら、私たちにまず真っ先に会いに来てくれればいいのに。そう思わない?」

「……あ、あぁ……」


 驚いたように目を見開いて、永嗣は私を見つめる。

 頬を挟んでいる私の両手を振り払わない所を見ると、拒絶はされていないようだ。


「ねぇ、永嗣。高校の時、私のこと好きだったでしょ?」


【走らずの道】を見渡せる方向に永嗣の顔を向けるようにして、私は永嗣にそう尋ねる。

 私の両手の中の永嗣の顔が、小さく縦に動く。


「今も?」


 重ねて問いかけると、永嗣の瞳は一瞬泳いだけれども、もう一度ゆっくりと小さく縦に動いた。


「そう」


 ねぇ、白楽。今の聞こえた?

 悔しいって思うなら、今すぐに現れてよ、私たちの前に。


「私もよ」


 きっと、永嗣は気づいている。私の嘘に。

 だって永嗣は誰よりも白楽の近くにいたんだもの。私の目がいつだって白楽に向いていたことくらい、分かっていたと思う。

 それでも私を拒絶しないのは、優しさなのか、それとも-。


 私は永嗣の頬を挟んでいた手を離し、首に両腕を回して引き寄せ、再び口づけた。

 今度は、先ほどよりも、深く。


 遠くから、懐かしいバイクの音が聞こえてきたような気がした。

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