ムラムラムラモヤモヤモヤ今日も秘書は止まらない
Bu-cha
1
1
また、エレベーターが壊れた。
クセの強いうちの会社の社員のように、エレベーターまでクセが強いらしい。
「おかしいですね・・・。
今回も特に問題がないようで。」
毎回来てくれるエレベーター会社の人が、作業着を着ながら首を傾げている。
「さっきまで、こうだったんです。」
エレベーターの扉が勝手に開いたり閉じたりを繰り返している動画を、担当の加瀬(かせ)さんに見せる。
加瀬さんが難しい顔でその動画を見て、またエレベーターの確認をしている。
その姿を、私はさっきからずっと見ていて・・・
「・・・終わりましたら声を掛けますので。
どうぞ、お仕事に戻ってください。」
毎回こうやって見ているわたしに、加瀬さんが今回も苦笑いをしながら言ってくる。
「私は“野球部のマネージャー”らしいので・・・仕事はサポートと応援という話になっています。
野球部のグラウンドを整備するのを確認するのも私の仕事なので。」
いつもの返事に、加瀬さんが苦笑いのまま「そうですか。」と・・・
わたしはそれに笑い掛けながら・・・
「お願いいたします。」
と・・・。
コタ・エステート株式会社
3階までしかないこのビルのエレベーターが、今日もおかしくなった。
そうなればみんな階段を使っているので、特に問題はないけれど。
秘書である私は、うちの会社・・・“野球部”の“マネージャー”らしい。
社長に何度もそう言われているので、そうなのだと思うことにした。
作業着を着て、また何かを確認している加瀬さんを見ながら・・・
私、大橋莉央(おおはし りお)、社会人1年目の23歳が・・・
毎回ムラムラしてきていることは、“社内秘”・・・
ではなくて、“私秘”である。
*
ご飯を軽く作り食べてから、リビングのダイニングテーブルで、持ち帰った仕事をしていく。
結局、エレベーターが壊れた原因は分からず。
いつものように加瀬さんが来る数分前には普通になっていた・・・。
加瀬さんの作業を見ていたから、その間の仕事が定時中には終わらず・・・。
残業をしていたのに、社長に促され帰って来た。
そこまで急ぎではないけど、仕事をしていないとダメだと思ったから・・・。
この、ムラムラが・・・おさまらない。
ムラムラムラムラムラムラ・・・
仕事をしていても、頭の中はこればっかりで・・・。
「私・・・作業着フェチなのかな?」
そう思いながら、また加瀬さんの姿を思い出しムラムラと・・・
どうしようもなくなり・・・
自分の手を・・・
ソコに伸ばし・・・
触れようとした、直前・・・
「寒~!!!!ただいま~!!!!」
と、野球部のように大きな声の男が、帰って来た。
帰って来たと思ったら、リビングに直行してきた。
リビングの扉が開いた瞬間、冷たい空気と一緒にスーツ姿の男が。
「寒~!!!あったけ~!!!」
「寒いならコート着たら?
・・・まず、買いなよ。」
「それじゃあ、この寒さに負けたことになるだろ!?
俺はこの寒さにも負けね~・・・!!」
「寒いって言ってる時点で負けてるから、観念してコート買いなって。」
「マフラーはしてる!!」
そう言いながら両手でマフラーを嬉しそうに触っていて・・・それを見て笑った。
「1月なのにマフラーだけして自信満々なの・・・クラスに1人いるような小学生の男子だね。」
わたしのそんな言葉に、この男はもっと機嫌を良くして・・・
マフラーを外しながらキッチンへ。
「・・・どう?足りる?
今日1品失敗したんだよね。」
「足りるけど、どれ失敗したの?
これか・・・鍋入ってるやつ。」
「大根とベーコンで煮るだけって職場の人が言ってたのに・・・」
手を洗い終わり、お箸も使わずに手で大根をパクっと食べ・・・小刻みに震えている。
「・・・味付け、どうした?」
「コンソメ。」
「だよな!?」
大笑いしながら、その失敗作もお鍋のままダイニングテーブルに持ってきた。
「水で薄めてもう1回火にかけてみるから、食べない方がいいよ。
私、自分でも食べられなかったもん・・・しょっぱすぎて。」
「これは今までで1番のしょっぱさだよな!?
ここまできたら、このしょっぱさにも俺は負けね~・・・!!」
そんなことを言いながら他の料理も運び、ネクタイを緩めながら椅子に座ろうとし・・・
「待って!!!」
座る直前に、わたしが止めた。
止めた瞬間、その瞬間にちゃんと身体が止まり・・・わたしを見た。
「お願い・・・ご飯の前に・・・したいです。」
「俺・・・飯・・・」
「お願い~・・・サッとでいいから。」
「莉央、サッとじゃ終わらないからな・・・」
「・・・ササッとは?」
「先に飯食って、その後しっかり“いたす”のは・・・どう?」
同居人の勝也(しょうや)が、ぺったんこのお腹を擦っている。
「お願い~・・・先に“いたそう”?」
「俺・・・飯が・・・」
ムラムラムラムラしすぎて、椅子に座ったまま・・・両足も椅子に上げた。
「お願い・・・お願いいたします・・・」
「そんなかよ!?」
勝也が大笑いしながら、スーツのジャケットを脱ぎ、ネクタイを外した・・・
「ズボンも脱いだ方が・・・汚れると思うし・・・。」
「絶対にサッと終わらせるつもりないだろ?」
*
「もう・・・これで絶対最後な!?」
「はい・・・承知いたしました・・・」
ダイニングテーブルの椅子の上のまま、ありがたいことに3回の表まで“いたして”くれ・・・
試合が終わった後は、達成感が凄かった・・・。
「何本もホームラン打ってくれたお陰で、ムラムラに勝てたよ・・・ありがとう。」
「莉央・・・毎回野球で例えるの、そろそろやめような?」
「うちの社長のクセがうつったのかもね・・・。」
勝也は面白そうに笑いながら、汗だくになっていた身体を流しにお風呂へ・・・。
結局、夜ご飯はどんどん遅くなっている。
下着を履き、部屋着のワンピースを直し・・・
スッキリとした気分でまた仕事を始める。
少しだけ聞こえるシャワーの音を耳にしながら・・・。
勝也とは、社会人になってすぐに参加した合コンで会った・・・。
その時は、勝也からのアプローチが凄くて・・・私も嬉しかったし、その日のうちにこの部屋で“いたした”。
うちの会社の賃貸物件のマンション、都内にも出やすい2LDKのマンションを管理費込みで10万円で貸してくれ・・・。
勝也と会う直前に引っ越していた。
そこに、物置きとして使っていた1部屋に勝也が住み始め・・・同居人となったのだけど。
今だから言える話・・・“私秘”での話だけど・・・。
付き合っているのかと思っていた。
最初の頃は勝也からの“いたしたい”という誘いの方が多くて・・・多くてというよりほぼ毎日で。
デートのようなことも沢山していたけど。
少し経ってから、勝也の熱が急降下し・・・。
勝也からの誘いはゼロ・・・。
毎回、私からの誘いになり・・・。
そして・・・
「これでやっと、飯だ!!」
お風呂から出てきた勝也が、嬉しそうにダイニングテーブルのご飯を食べ始めた。
「俺とばっかり“いたしてる”と、彼氏出来ないぞ?」
いつからか、こんなことを言うようになった・・・。
これを言われると、止まらない。
モヤモヤモヤモヤモヤモヤ・・・
止まらない・・・。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます