ちょっと前に見た夢の話

@taMeL333

現実味

刺した後だった。

気が付いたら、母親に包丁を刺した後だった。



声も出さずに母親が床に倒れた。


私はその場で包丁を落として

蛇に睨まれた蛙の様に動けなくなった。




生暖かい血が手に掛かる。

血が急速に冷えて、こびりつく。



不快な血の匂いが、鼻の奥まで這入り込む。


床には血が水溜まりの様に広がり、足にはネチャネチャとしたタールの様な感覚があった。





あっという間に、死がその空間を支配した。






呼吸を忘れていることに気がついた時には、母親が倒れてからどれだけの時間が経過したのか私にはわからなかった。



後悔。


取り返しのつかない事をした。

仕方がなかったんだ。


そんな言葉が頭の中でグルグルと回っていたせいだ。



私の場合、

母親というかけがえのないものを失った。

などの類の後悔は一切無かった。


仕方がなかったと割り切れるからだ。




私の後悔は、これから先の人生、ヒトゴロシと蔑まれて生きねばならないことだった。



警察に、自首しなければ。



そう思ったその時、ふと思い出した。

その前に、謝罪しなければならない。



私の恋人に謝罪をしなければ。

不思議と滑らかに動く指でLINEで

彼女にテキストを送った。



母親を殺してしまったこと。

私はこれから自首して捕まること。

そして10年近い間、一緒に居られないこと。



涙が出て顔が熱くなる。



我慢が足りなかった私の落ち度に謝罪した。


既読が付かないまま、スマホを机に置いた。






1 1 0






受話器を取った。







その瞬間、目が覚めた。




窓のカーテンの隙間からは

朝の日差しが部屋に漏れている。


手に血はこびりついていない


スマートフォンはアラームを鳴らしている






全て夢だった。






私は夢の中以上に号泣した。


良かった。夢で本当に良かった。

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