第43話‐天狼族の大英雄①

 「——ちゃん……っ、……シーちゃん!!」


 朦朧とする意識の中で、シーは自分の名前を呼ぶ誰かの声に気付く。


 ゆっくり目を開けると額から血を流すボロボロのウィータが眼に入った。「……ウィー、タ……?」と呟いたシーは、上手く状況が把握しきれず、目をパチクリとしながら周囲を見回す。


 ムチャクチャに暴れ回った魔獣により倒壊した街並みの瓦礫跡。更に遠くを見てみると、エドモンド商会の敷地内にあった筈の白亜の塔を見つける。


 (そっか……オレ達さっき、ベオに吹っ飛ばされて……)


 それを見た瞬間に先程の光景を思い出し、シーは状況を把握した。


 「シーちゃん! 大丈夫!? ケガない!?」

 「……あ、ぁぁ……だい、じょうぶだ……」


 嘘じゃない。ウィータが庇ってくれたおかげで、目立った傷は一つも無い。


 ……しかし、その内心だけは穏やかではない。


 二度とは会えぬと思っていた相棒との再会。ただそれだけならば、喜びに咽び泣いたものの……現れた相棒の首は無く、邪神の眷属として——変身の大精霊シーが倒すべき明確な敵として現れたのだ。……正直、どうすればいいかなんて分からない。


 「……シーちゃん? ホントに大丈夫?」

 「……あ、あぁ……そうだな」

 「——っ……」


 その内心が漏れ出ていたのだろう。心ここに在らずといったシーの言葉を聞いて、ウィータが心配半分、焦り半分、そしてほんの少し苛立ち交じりと言った表情で見て来る。


 何でウィータがそんな顔をするのか——。理由は単純だ。


 「……っ! シーちゃん、逃げて……っ! 来た・・……っ!」

 「っ!」


 何かに気付いたウィータが叫ぶようにしてシーを抱えて横っ飛びに転がった。次の瞬間、それまで二人が立っていた場所に凄まじい勢いで何かが飛来して来る。


 衝撃、次いで、轟音。周囲に舞い上がった砂埃と石礫に紛れ、シーを抱えたままウィータは瓦礫の後ろに隠れた。


 「(……はぁ、はぁ……っ)」


 潜めるようなウィータの荒い呼吸。僅かに震えるその音には、明確な恐怖心が入り交じっている。瓦礫の隙間から様子を伺う彼女の視線の先、闘剣グラディウスを横薙ぎに振り、巻き起こった風圧で舞い上がった砂埃を払いのけたそれ・・の姿が、シー達の眼に露わになった。


 ——邪神の眷属ベオウルフ。


 最強最悪の敵が、シーをキョロキョロと探し回っていた。


 (……シーちゃん。ベオウルフに、キメラみたいな弱点とかはないの?)

 (……)

 (……っ~、……、……シーちゃん、ぶんげんまじゅつ使うよ。少しでもベオウルフの情報が欲しいから)

 (っ……、あ、あぁ……わかった)


 内心の恐怖心を抑え込むように、僅かに震える声でそう言ったウィータ。相も変わらず歯切れの悪いシーの言葉に苛立ちを感じているのか、ギリリと歯を食い縛った彼女だったが、その苛立ちを呑み込んで、彼女は再びベオウルフへと視線を向ける。


 彼女は頭を使って戦うタイプだ。少しでも相手の情報が欲しいのだろう。情けないシーとは対照的に、冷静に状況の打開策を探ろうとしているのだ。


 (……あぁ、くそ……情けねぇ。何やってんだオレは……ウィータは頑張ってるのに……)


 その様子をチラリと見て、シーは自身の情けなさから少しだけ冷静れさを取り戻す。小声で「(……【分限魔術】)」と呟くウィータの声を聞き、シーはひとまず言われるがままに変身する——、しかし。


 「(……? ……、……っ!!? …………なに、これ……?)」


 次の瞬間、ウィータの手に現れるはずの小さな琥珀色の水晶玉は——現れ・・なかった・・・・。何で? どうして? と、はてなマークを浮かべる彼女が、不意にチラリとベオの方に視線を遣ると、すぐにその表情が驚愕に染まる。


 (……相手が存在が強大過ぎると、そう見えるんだ・・・・・・・

 「……っ!」


 シーが念話を送ると、彼が僅かでも何時もの調子を取り戻して来た事に安堵したのか、ウィータが弾かれたように振り返る。


 (すまん、ウィータ……もう大丈夫だ)

 (……、……うん、わかった)


 ムリヤリ気味に作ったぎこちないシーの笑み。勿論、ほぼ強がりだ。本音で言えば、全然大丈夫ではない。その事がバレているのか、ウィータは一瞬だけシーの心情を気遣うように優し気に微笑んだ。


 それに甘えてばかりではいられない……今は気持ちを切り替えなければ。


 (……シーちゃん? いま言ってたのって、どういう事なの?)

 (そのままの意味だ。分限魔術は相手の存在が強大過ぎると、ステイタスを測り切れないんだよ……だから、代わりに対象の霊体アニマの大きさを直接見る事で、分限魔術はその存在の能力を表すんだ)

 (つまり……これが・・・ベオウルフの強さ・・・・・・・・ってこと・・・・……?)


 ウィータの質問に答えると、再び彼女はベオウルフへと視線を向けた。


 おそらく今のウィータの眼に映っているのは、都市中を覆う程の・・・・・・・・強大なベオウルフの霊体アニマが見えている事だろう。


 分限魔術は、観測対象の霊体アニマが強大過ぎたり、霊体アニマそのものに保存された情報量が膨大過ぎると、数値化するのに時間を要したり、そもそも数値化できなかったりするのである。


 その場合は、術者に対象の能力を見せる為に、観測の悪魔が観測した数値を記載した水晶玉ではなく、代わりに観測の悪魔が見ている霊体アニマのオーラそのものが見えるようになるのだ。


 「……」


 絶句。ベオの霊体アニマの大きさを見てしまったウィータは、言葉を失ったように黙りこくった。ベオウルフを中心に漏れ出ている霊体アニマのオーラの終着点を探るように、都市の向こう側・・・・・・・にまで視線を向ける。


 終わりの見えない強大さに、ゴクリと、ウィータの生唾を呑む音が聞こえた。


 ——その僅かに震える瞳が物語っている。天狼族の大英雄ベオウルフの強大さを。


 (……ウィータ、ひとまず逃げよう。勝てる相手じゃない)


 逃げるならベオウルフが気付いていない今の内だ。少しでも逃げて、戦況を立て直——


 「——ムリ、だよ……シーちゃん……」

 (……? 何言ってるんだ……まさか、本当に戦うつもりか……!? ……それこそムリだ! ベオの強さはオレが一番知ってる! ウィータじゃ絶対に太刀打ちできる相手じゃな——)

 「——そう、じゃない……」


 シーの提案を遮るように、ウィータがそう言った。最初はウィータがベオウルフと戦うつもりだと思って止めようとしたが、徐々にそうでは無い事に気付く。


 何時の間にかウィータが念話を止めている。それでは気付かれるというのに、だ。


 ガクガクと震えるその全身を見て、シーはゆっくりと瓦礫の隙間からベオウルフを見た。


 「もう、こっちに気付いてる・・・・・・・・・……」


 こちらを見ていた。


 何をするでもなく、こちらを見てベオウルフは立ち止まっていた。


 存在しない筈の頭……そこにある筈の眼と、シーの眼が合ったような気さえする程にハッキリと、邪神の眷属ベオウルフがこちらを見ている。


 そして、ほんの一瞬……ほんの一瞬だけ。


 ——〇.一秒にすら満たない時間。シーがまばたきをした刹那だった。


 「「——……っっっ!!?」」


 気付けば二人の背後に回ったベオウルフが、闘剣グラディウスを振り被っていた。

_____________________________________

※後書き

次の更新は、4月22日20時30分です。

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