第9話‐逃亡
「……っ!? おいっ、気をつけろ!!」
「きゃぁっ……ちょっとおっ、何なのぉ!?」
「ごめんなぁぁぁーーーーい!」
何故こんな状況になっているのか? 理由はたった一つ——。
「待てぇぇぇぇぇい! なぜ逃げるぅぅぅぅぅ!!?」
「話を聞いて下さぁーい!? 何か勘違いしてませんかぁー!?」
後ろから物凄い形相で追いかけて来る二人の追手から逃げ切る為である。
その体格ゆえか、小柄なウィータと違ってこの人垣の中を進み辛そうにしているが、やはり大人と子供……徐々に距離が縮まって来ているところを見るに、捕まるのは時間の問題といったところだろう。
「シーちゃん! テラちゃん! どうしよっ、まだ追いかけて来るよ!?」
『逃げるっきゃねェだろ! ——シー!
『あぁ、分かってる! ……ウィータ!
「あ、あいさー!」
テメラリアの助言通り、シーはウィータから
周囲に青い燐光が飛び散ると同時、巨大な体躯をした怪物が現れた。
突如として現れた魔獣の姿に周囲の人々から上がる阿鼻叫喚の叫び声を
羽搏きによって舞った砂煙が晴れると、既にシーは、屋根よりも高い位置に飛び上がっていた。
「
「……ジャンさん、今はそれよりあの子です! 逃げれられてしまいます!」
「ぐぬぬぬぬ……っ! ……多少手荒くなるが仕方あるまい!
「うぅぅー……、もうっ! 仕方ないですね……っ!」
一瞬で小さくなった地上の光景。あの二人が何やら不穏な言葉を言っていたが、この高度まで昇ってしまえば流石にどうにも出来ない……
「ふぅ……」と一息を吐いたシーは、地上から視線を外した。
「何とか逃げ切れたな……何だったんだ、アイツら……?」
『ケケッ、まァ……あの見た目だ。十中八九、賞金目当てのゴロツキだろうさ』
見た目で人を判断するのは良くないが、概ね同意である。あの凶悪な人相は天然で出せるものではない……その道を進んで来た者だけに出来る極悪人の表情だ。
「……」
「……ん? どうした、ウィータ? ジロジロ地上なんか見て?」
「……なんかあそこに誰かいるの。キラキラ……? をこっちに向けてる」
『「……キラキラ???」』
何か気になる事でもあったのか、眼を窄めて地上に視線を向けるウィータ。
彼女の発言にはてなマークを浮かべながら、シー達も釣られるようにして、その視線の先を見る——と、
——ズォン……ッ、と。
彼女の言う通り、地上にキラキラと光る筒のような物を空に掲げる人影を見つけたと同時、青い
「何だ……いぃっ——!?」
『「……っ!!?」』
シーの短い呟きが終わる瞬きの間。数秒の間を空けて、空を切るような速度で衝撃が通り抜けた。その謎の衝撃が通り過ぎた後、シーの両翼に激しい痛みが走る。
痛みの走った個所を見ると、まるで小さな玉が貫通したような傷跡を発見。状況から考えるに、先程のキラキラから飛び出して来た何かが、シーの両翼を貫通して行ったのだろう。
「ってぇぇ……!?」「な、なにっ……今の!?」
『……地上からこの空中に攻撃……? ……っ! ドロワール産の魔導銃か!?』
シーとウィータが度肝を抜かれていると、テメラリアが聞き慣れない単語を叫ぶ。
「それって……あのてっぽうのヤツ!?」
「まどうじゅう……てっぽう……っ? 何だよ、それ!?」
『筒に詰めた小さな玉を火薬の爆発で飛ばす現代の兵器だ! ……この高度にまで正確に届くってこたァ……まず間違いなく、それを魔導技術で魔改造したドロワール産の魔具だ! ありャ厄介だぞ!?』
「あぁ、みたいだなっ!? ホント便利になったよっ、ムカつく位に……!」
穴の空いた両翼を再生させたシーは、悪態を吐きながら「掴まれ!」と叫ぶ。
次の瞬間、地上のキラキラから次々と
『落ちる落ちる! シーっ、落ちるってェ~!?』
「シーちゃん、もうちょっとゆっくりぃ~!」
「無茶言うなっ、我慢しろ! ってか、テメラリア! オマエは自分で飛べ!」
振り落とされまいとシーの身体にしがみ付くテメラリアとウィータ。グルグルと眼を回している彼らを背負いながら、シーは絶え間なく襲い掛かって来る魔法から逃げ続けた。
「……っ!!」
そんなシー達に追い打ちを掛けるように——。
地上で光るキラキラとは別に、今度は別の光がシーの視界の端に入る。
青い燐光……間違いない、
そして、何かを呟いているその大男が、ニヤリ……と。
「——【
嫌な笑みを浮かべた次の瞬間、魔法名と思わしき単語を叫んだ。
「……っ!? マジかよ……っ!!」
「んなんなぁぁぁぁ~~~!?」『ピィィィィィィ~~~!!?』
本から飛び出して来た凄まじい風圧。魔導銃とは別の魔具のようだ。
それに気付いた時には既に、シーは風の暴力に下から煽られ大きく体勢を崩してしまい、そのまま地面へ向けて落下を始めてしまった。
「こんの——くそぉぉっ……!」
「わぷっ!?」『おォう……っ』
気合で体勢を建て直したシーは、地面に衝突する直前に両翼を思いっ切り羽搏かせる。その羽搏きによって発生した風圧で落下の勢いを殺し、何とか地面に降りた。
しかし、完全には落下の勢いを殺しきれず、そのまま転んでしまう。その衝撃で変身が解けたシーと共に、他の二人が情けない体勢で地面に投げ出された。
「ったく……次は何だよ?」
『……ケェ、触媒を利用して魔法を紙とかの媒体に閉じ込めた魔具——
「あぁ、そうかよ……解説ご苦労……」
シーの呟きに丁寧な説明をするテメラリア。別に聞いた訳ではなかったのだが、とりあえずお礼を言ったシーは、すぐに周囲を見渡す。すると、そこが今朝に自分達がいた十四番街のゴーストエリアである事が分かる。
おそらくは誘導されたのだろう。……こんな
「……それより二人とも、大丈夫か?」
「だいじょばない、です……はきそう……っ」
『……うっぷ。俺様も酔った……』
「……大丈夫そうだな」
現在位置が判明した為、二人の心配をするとすぐに反応が返って来る。
どうやら軽く乗り物酔いになった程度らしい。
被害が少なかったようで安心したシーは、溜息交じりに呟いた。
「——うむ、全くもって興味深い……その小さな狼が、先程の
「——その辺の話は別にいいです。……ひとまず、話だけでも聞いてくれませんか? 最初にも言いましたけど……自分達は貴方たちの味方ですから」
『「「……っ!」」』
その時だった。一仕事終えたようにのんびりと歩いて来た二人の追手。おそらくはアレらが魔導銃と
聞き覚えの良い言葉で近寄って来る彼らを睨みつけたシー達は、気合を入れ直し臨戦態勢を整える。シーはすぐさまウィータから送られて来た
(……騙されるなよ、相棒。ああいう善人面した奴に限って中身はドス黒いんだ)
「……だいじょぶだよ、シーちゃん。わたし、わかるよ……あれが、さぎしってヤツなんだ……。マルクスおじさんが言ってた!」
(……だから誰だよ、マルクスおじさん)
剣の状態で喋れず、代わりに念話を送ったシーの言葉にウィータが再び謎の人物の名を口にする。そんなシー達の様子を目にした人間種の女が「……うーん」と、少し困ったような表情で固まった。
「何と言ったら話を聞いてもらえるのでしょうか……?」
「——まぁ、待てカルナ。あっちがやる気になっているのに、こっちが
「………………いや、何を言っているのですかジャンさん?」
人間種の女——カルナと呼ばれた女の言葉を遮るように、好戦的な笑みを浮かべる
「人払いをしておけ、カルナ。すぐに気絶させる」
「……いや、止めて下さいジャンさん!? 相手は子供ですよ! 何で貴方はすぐに暴力で解決しようとするのですか!? 少しは民間の騎士としての自覚をですね……!?」
困惑するカルナ。彼女の言葉を無視し、ズンズンとシー達の方へ歩いて来る
彼は、止まらない自分の様子にアタフタするカルナを落ち着かせるように、静かに語りかける。
「まぁ、落ち着け……少女と言えど獣人だ。獣人はみな『力と同胞』を尊ぶ……一度でも武器を取ったら下げる事などあり得まい。お前もそれは知っているだろう?」
「それはぁー……まぁ……知ってますけどぉー……」
——獣人は『力と同胞』を尊ぶ。
それはシーが良く知る考え方だった。シーがいた千年前も、獣人は『力と同胞』を何よりも第一に考え、それを集団の理念として、文化を形成していたのを覚えている。
どうやら千年経った今でも、変わらないものはあるらしい。
「あーっ、もう! 分かりましたよ!
「あぁ、分かっている……
ジャンの言葉を遮るように、地面を蹴り上げる音が響いた。
次の瞬間、キィィィン——ッッ! と、甲高い金属音が鳴り響き、衝撃で巻き起こった砂煙が僅かに周囲の視界を悪くする。
「——それは、この小娘次第だな?」
徐々に晴れた砂煙。そこには何時の間に取り出したのか、巨大な
一瞬の出来事。好戦的な笑みを浮かべるジャンとは違い、幼い少女とは思えない速度で迫った今の動きに瞠目したのか、目を見張って冷や汗を一筋流したカルナが、ウィータを見つめている。
「……人払いしてきます。
今の動きだけでウィータが只者では無い事を悟ったのか、神妙な面持ちでそう言い残した彼女は、小走りでその場を去って行った。
彼女が去ると同時、ウィータの佇まいを見て「フッ……」と、笑みを浮かべたジャンは、静かに……しかし獰猛に、言葉を紡ぐ。
「歳の割には、佇まいに無駄が無い。なかなかに堂に入っている。……どうやら、俺が思う以上には、屈強な戦士らしい」
『(「……」)』
「ガッハッハ! さて——俺も獣人だ。天狼族の武勇伝は幼い頃に何度も聞かされた。かつて最強を誇った戦闘民族——呪いが掛けられる前の天狼族が如何ほどに強かったのか……
少しづつ高まって行く威圧感。実際にそういうものが発散されているわけでは無いが、空気をビリビリと震わせるような強者の気配というものが、ジャンにはある。
獲物を見つけた肉食獣のような彼の視線に射抜かれ、ぶわっ、と冷や汗を流したウィータは、弾かれたように後ろへ下がる。しかし、気圧された様子はなく、武者震いとでもいうように……好戦的な笑みを浮かべたウィータは、
「見ての通り、俺はそれなりに戦闘好きの阿呆でな? 手加減は出来んぞ」
「……大丈夫。わたしも戦うのはキライじゃないよ」
「それを聞いて安心した……では——」
ゴ——ッ、と。地面を蹴り上げる鈍い音が響く。
先程の仕返しとばかりに大剣を振り下ろして来たジャンの一撃を、ウィータは受けて立つ! とばかりに受け止めた。——凄まじい轟音。受け止めたウィータの小さな足が地面にメリ込む程、ジャンの一撃は破壊的である。
「んぎぎぎぎ……!」と、歯を食い縛りながら踏ん張るウィータはジャンを精いっぱい睨み返すが、それを涼しい顔で受け止めた彼は、口角を吊り上げる。
「——精々、足掻けよ……小娘?」
そして、開戦の銅鑼を打ち鳴らすが如くそう告げた。
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「パニックになった民衆たちを宥めて下さい。昨日今日と
西区・六番街を行く人々の荒々しい雑踏の数々。
昨晩の騒動もあってか、シー達が引き起こした騒ぎに反応した人々が、軽いパニックになっていた。そんな彼らの人垣の中に、フード付きの外套を羽織った一人の男が兵士と思わしき人々に指示を出している。
男の指示に敬礼だけを返した兵士たちが、整った足音で遠ざかって行くと、男——ディルムッド・ラッセルは、盛大な溜息と共に騒ぎの中心であろう正義の騎士たちに向けて呟いた。
「……何やってるんですか、ジャン殿、カルナ殿。保護って言ったのに……」
騒ぎを見て、鬱屈とした態度で頭を抱える彼の言葉は雑踏に呑まれて行った。
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※後書き
次回の更新は3月29日の6時30分頃です。
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