第19話 新たな依頼
メールをもらったその日の放課後。私と水無瀬さんはサイト21にある管理局の事務所に来ていた。
「今日もわざわざご足労いただきありがとうございます」
荒木田さんがそう言って、テーブルの上にお茶を出してくれる。
「また呼び出したってことは、なにか問題でもあったってこと?配信は成功したんだし、ダンジョンの封鎖はしなくてすむものだと思ってたけど」
率直に思ったことをぶつけてみる。
「はい。確かに封鎖の必要はなくなりました。ただ、昨日の配信がうまくいき過ぎてちょっと別の弊害が起きてしまいましてね」
「一体なにがあったの?」
荒木田さんは、気だるげに手帳をボールペンで小突く。
「配信終了直後から、ダンジョン管理局にすごい数の問い合わせが殺到しているんです」
「問い合わせ?」
「Sランクモンスターはいつになったらいなくなるのか。地上に出てきたりしないのか。配信を見てそういった疑問を感じた人が多かったのでしょう。おかげで今、管理局はてんやわんやです」
ありゃあ、そうなっちゃったのか。それは確かに大事だ。これからダンジョンの異変を調べないといけないだろうに、他の仕事が増えたら手が回らないだろう。
「もしかして、ダンジョン調査の人手が足りないから手を貸せってこと?」
そういうことならまあ、異常の原因は私も気になってたし、別に嫌ってことはないけど。
「察しが良くて助かりますね。ただ、それだけではないんです」
荒木田さんは残念そうに目を細めて軽く首を振った。
「え?まだなにかあるの?」
「実は、問い合わせを抑制するためにダンジョン調査の進捗を管理局の公式チャンネルから発信するよう上から指示が出てしまったんです」
溜息交じりに告げられたその言葉が聞こえたとたん、冷や汗が頬を伝う。それってもしかして……。
「また、配信しないといけないってことですか?」
水無瀬さんが私の考えを代弁してくれた。
「そういうことになります。それも、緊急性はかなり高いです。Sランクモンスターの地上への侵攻を食い止めるために、現役の特級探索者にコンタクトを取りたいのですが。問い合わせのせいでそれが滞っているんです」
そうか。Sランクモンスターが地上に出てこないとも限らない今、特級探索者で構成された部隊は防衛に必要不可欠だ。その用意が出来ていないのはかなりマズイ。
万が一地上のバリケードを突破されでもしたら大惨事になってしまう。
「だから、急いで配信して少しでも問い合わせを減らさないといけないのね」
「お察しの通りです」
もう配信はこれっきりだと思ってたのに、昨日の今日でまた配信だなんて!思わず拒否の言葉が出かけたけど、私が口を開く前に水無瀬さんが声を上げていた。
「でも、今回はもっと深い階層に潜って行くんですよね。昨日よりも危ないってなると、やっぱり怖いかも」
水無瀬さんは不安そうな顔をしている。Sランクモンスター2体との戦いを間近で見た後ならそうなるのも仕方ない。
すると、荒木田さんは目頭を押さえて悩まし気に視線を落とす。
「ふむ、やはりそうですよね。同行が無理なら、技術協力だけでも引き受けてもらえると大変助かるのですが……」
水無瀬さんは出されたお茶に手を出し、喉を潤してから口を開いた。
「……いえ、待ってください。わたしも、できることなら直接協力したい気持ちはあります。まずは、今回の調査について詳しいお話を聞かせてもらえますか?」
荒木田さんはこくりと頷く。
「分かりました。まず、今回はできるだけ深い階層を探索する必要があるので、Sランクモンスターとの交戦は極力避ける方針です」
「昨日みたいな戦いはあまりしないってことですか?」
「ええ。今回は隠密や逃走用の装備を活用して下層へと潜って行きます。やむを得ない場合を除けば、Sランクモンスターとの戦闘はしないということになります」
水無瀬さんは「なるほど」と相槌を打つ。
「また、戦力の増強のため知人の特級探索者に声をかけています。前衛タイプの能力者なので、水無瀬さんに害が及ぶ可能性はより低くなるでしょう」
「パーティメンバーも増えるんだ。それは確かに心強いですね」
「そして、あくまで今回は配信で問い合わせを減らすのが目的です。異常事態の原因らしきものを仮に見つけたとしても、すぐには対応しません。安全に地上へと帰ることを最優先して行動することになります」
水無瀬さんは真剣な表情で、荒木田さんの話を食い入るように聞いていた。そして、少し考え込んでからゆっくりと口を開く。
「安全重視と聞いても、ちょっぴり怖いですけど。でも、地上を守るためにはすぐ配信した方がいいんですよね。……そのためにわたしの同行が必要だっていうなら、引き受けます」
荒木田さんは深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。何度も無理をお願いして心苦しいですが。今回も全力で守るので、どうかよろしくお願いします」
その様子を眺めながら、私の脳内を思考が巡る。
非戦闘員の水無瀬さんが大義のために勇気を出してるのに、私はなにを怯えてるんだ。
戦闘を避けて調査するなら私が画面に映る機会も少ないはずだし、なにより1度配信は経験済み。それなのにただ配信に出るのが恥ずかしいって理由だけで、非力な水無瀬さんを守るのを放棄するの?いや、そんなのありえないでしょ。
「荒木田さん。私も協力するよ。それで、調査にはいつ行くの?」
「……灰戸さん。ありがとうございます。それが、まだ未定でして。というのも、もう一人の協力者にまだ話をつけられてないんです」
もう一人の協力者。そういえば、知り合いの特級探索者に声をかけたって言ってたよね。誰なんだろうか。
そう思ったその時。ガチャリと部屋のドアが開いた。
現れたのは、長い黒髪を後ろで縛った長身の女性。
派手な私服を着こなしたその出で立ちから、陰キャの私とは本来交わることのないタイプの人種なのは一目瞭然だ。しかし、なぜかその顔にはどことなく見覚えがあった。
「悪いわね荒木田。ちょっと遅れちゃった。って、なに?この状況」
その女性は開口一番謝罪を述べつつも、私たち3人を見るなり目を丸くした。
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