新聞記者アーシャの妄想目録

emi

アーシャは出会う

今の彼の現状を表すとしたら必死だった。

何故なら、彼以外の周りの人たちが次々と謎の死を遂げているのだ。次は自分ではないかと恐怖を覚えてしまうのは至極当然だった。


しかし、こんなにも心に余裕がなくなっているのは皆の死に方が彼のトラウマを刺激していたからだった。


手掛かりを求め奔走している彼はある情報に辿り着いた。


「真実を語る女性……名をアーシャというのですね。」


情報をくれた人にお礼を言い、早々に立ち去った。丁寧な対応をしたが、出したお茶に口をつけていないことに相手が不快な思いをしているだろうことは彼が一番理解しているのだ。


そうは思っていても、あの日から今日に至るまで彼は紅茶を飲めずにいる。


              *


帝国の港町アロンドはとても騒がしい街だ。朝は漁業が盛んなため漁師が朝に魚を取ってきてその家族が売りに出す準備をしている。空が暗くなるまで売り子の声が響き、夜になると酒場から笑い声が聞こえてくる明るい町だ。


そんな町の酒場から笑い声が聞こえる時間帯に沈んだ顔の私はきっと町の雰囲気には到底似つかわしくない表情をしていた。実際に心配の声もかけられた。


「また私の記事を新聞に載せて貰えなかった……。」


漁業が盛んでもあるが、アロンドは帝国が外国との貿易を行う入り口の一つでもあるので目まぐるしく様々な情報が行き来している。そんな情報を紙媒体で町の皆に届ける新聞記者は所謂、人気の職業というものだ。そんな狭き門を突破できたという達成感もあったけど、現実の厳しさに毎回打ちのめされそうになっていた。


「えぇい!!落ち込んだってしょうがない!次こそは絶対に編集長をあっと言わせる記事を書いてやるんだから!!」


そうと決まれば早速、次の記事の内容を書くために頭を悩ませながら帰り道を歩く。

今は『頼み事』も特に入っていないし、しっかりと取り組めるはずだ。


「内容は良いって評判だったし、もう少し文章を変えて書いてみよう。」


其処を重点的において作業に取り組めば没になったとしてもアドバイスは貰えるかもしれない。自分で考えた割に消極的な目標になっている事にさらに落ち込んでしまいトボトボと家路に向かって歩き出した。


               *


「今日の朝に仕込んだシチューは美味しくなっているかな~? 」


さっきまで落ち込んではいたけど、家に向かっている途中で様々な家からご飯の匂いが鼻をくすぐって、頭の中は今日の朝に作ってきた夕ご飯の事でいっぱいになっていた。


(思うことは色々あるけど、お腹が空いていたら何も考えられないもんね)


そんな事を考えていると自分の家が見えてきたが、可笑しいことに気づいた。なんと自分の家の前で男性が倒れていた。


「大丈夫ですか!? 」


驚きはあるが、倒れていたので慌てて駆け寄って状態を確認した。

男性は髪がぼさぼさで衣服に破けた跡があり、事件に巻き込まれた可能性もある。うつ伏せの状態で倒れてはいたけど呼吸に乱れは感じず、命に別状はなさそうだ。


(事件に巻き込まれていたとしたら追いかけられている可能性もあるし、少し様子を見て明日の朝に騎士団の人に保護してもらおう)


彼らには借りがいくつかあるのでお願いを無下にはしないだろうし、もしもの時には駆けつけてもらいたい。


「明日、騎士団に話を聞いて貰おう。」


町の皆からは危機感がないと言われるけど、事件の予感がしたらスクープになるかもと思って行動してしまう一種の職業病なので多めに見てほしいと心の中で言い訳をした。


                *

あれから匿うと決めたのは良いけれどどうやって家に入れようか考えていると、なんと倒れていた男性が目を覚ました。目を覚ましたのはいいのだけど衰弱した様子だったので流石にその状態で騎士団に行くのは可哀そうと思い肩を貸して家に居れたのだった。


「あまり大層なものは用意できませんが……。」


そう言って朝に用意していたシチューを出して男性から視線を逸らした。


(今までに見た事がないほどの顔の良さ!! )


椅子に座る前に男性は自分にかかっていた砂を落として軽く髪を整えて座った時に見えた顔が整いすぎており、びっくりして思わず変な声を上げてしまった。


その事が恥ずかしすぎて、とてもじゃないけど顔を見られなかった。

食べ始めてから気まずくて話しかけられなかったけど、男性は気にしたそぶりは見せずに私に話しかけてきた。


「俺の名前を言っていませんでしたね。リックと言います。」


「あ、私はアーシャです。」


自己紹介が遅れて申し訳ないと困ったように笑っていたので私もつられたように笑い返した。


(リックって本名かな? )


もっとこう……『フィリップ』とか『リチャード』とかが似合いそうな容貌をしている。

服は私達が来ているものと同じだけど貴族が着るような服を着たらとっても似合いと思う。

そんな事を考えているとリックが困ったような顔をして私に話しかけてきた。


「すみません、夕ご飯までご馳走になってしまって。」


そう言ってシチューを口に運んだ。やっぱり様になるなぁ。


「困っているときはお互いさまですし。あ、シチューは口に合いましたか? 」


そう言うと、彼は柔らかく微笑んだ。


「とても美味しいです。色んなことがあって碌にパンも食べられませんでしたから……。」


あんな状態で家の前に倒れていたのだから、何かあったのだとは予想できるけど今は首を突っ込むのは違うと思った。


「えっと、もう遅いですし明日騎士団に行きましょう。領主様は優しいと聞きますし、きっと力になってくれると思います。」


ありふれた言葉になってしまったけど、この言葉が合っている筈と思いリックに話すと『予想通り』顔をしかめた。


「明日ですか? 」


「不安な気持ちも分かりますがもう外は暗いから危ないと思います。使っていない部屋がありますので準備してきますね。」


早々にシチューを食べ終えてシーツやらを準備するために部屋へ上がっていった。   


                 *


部屋のシーツを整えていると食べ終えたと思われるリックが入ってきた。


「食事、ありがとうございました。食器類はどうすれば? 」


「机に置いたままで結構ですよ、後で私の分も片づけますし。」


そういうとシーツのしわを伸ばしていた手をリックは重ねてきた。


「貴方には本当に感謝しているのです。厚かましいのは承知の上です。」


そう耳元で囁きながらリックが着ていた服を自分で緩め始めた。


「俺のすべてを差し上げるので、どうか願いをかなえてくれませんか? 」


本当に厚かましい。何が厚かましいって本当に願いを叶えてくれると思って疑わない態度でいるところだ。


私は彼を力いっぱい押したら簡単に逃げることが出来たので走って部屋を出た。


「取りあえず話は明日聞きます。この部屋は朝になるまで開けませんのでゆっくり頭を冷やしてください。」


鍵が閉まった音に気がついて最初は扉を叩いていたけど、もう一度朝に開けると言ったら大人しくなったので残っていた皿を洗うために階段を下りた。


「やっぱり彼も『頼み事』関連だったわね。」


いったい私の妄想は何処まで当たっているのか。そんな事を考えながら朝がくるのを待つのだった。


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