クソザコ転生 〜猫様は魔王様〜

ハラシン

第1章 旅の仲間

第1話 異世界転生

これは、俺が勇者として異世界に転生し、旅をして、魔王様の配下となるまでの話だ。


魔王を倒し、世界を救う役目の筈だったのだが、なんの運命のいたずらか…。






ある日、俺は異世界へと転生した。


その前に何をしていたのかは、もうよく覚えていない。

記憶がだんだんと曖昧になってきている。



気が付くと、目の前には白い服の老人が立っていた。


「かみさま?」


おれがつぶやくと老人は首をふった。

神様ではない。

案内人だと言った。


「君にはこれから、この身体に転生してもらう。」


15歳くらいの男の子が目をつむって横たわっていた。

ブロンドの髪に整った顔立ちで痩せている。


「これはかつての勇者の身体。君は間もなくこの身体で目覚めるじゃろう。」


いいのだろうか、俺が乗り移ってしまって。


「よいのじゃ。この身体は今や空っぽの器。勇者は魔王との戦いの後、転生の秘術でどこかへ旅立ってしまった。」


老人はおれの考えを読んで答えた。


「なので心配はいらん。そして、君には転生した世界でやってもらいたいことがある。」


何か目的があるようだ。


「なにを、すればいいのでしょうか。」


老人は長い髭をなでながらゆったりと答えた。


「いつの世も、勇者の役目とは世界を救うことじゃ。転生した先では、冒険者として旅をしてもらうことになる。何をすべきかは、その時になれば自ずと分かるじゃろう。」


冒険の旅か。


「じゃが、一つ問題があってな。

 生前の勇者は強力な剣技と膨大な魔力を持っておった。しかし、旅立つ時にそれらを全て封印していってしまったのじゃ。

 なのでお主には剣も魔法も使えんじゃろう。


 冒険者をするのに、剣も魔法も使えぬのでは、目的も果たせまい。

 そこで、旅立つ前に儂から一つプレゼントをしようと思う。好きなものを選ぶと良い。」


目の前の机に、3つの瓶が並んでいた。

中にはあざやかな赤、青、緑の液体が満たされている。


俺は真ん中の青の瓶を手に取った。

こういう時は水タイプだ。


促されるまま、瓶の蓋を開け一息に飲み干すと老人が拍手した。


「良い飲みっぷりじゃ。ここにあるのはどれも最高の能力を得られる秘薬じゃ。


 ちなみに赤いポーションは【火の能力】。炎を自在に操り、聖なる炎でも地獄の業火でも召喚できる。そして、不死鳥フェニックスを守護霊獣として従わせる。


 緑のポーションは【草の能力】。これは草木や自然、生命力を操作できる。聖なる回復魔法が使え、どんな病気や怪我も癒すことができる。そして、大地の聖獣タイタンを守護霊獣として従わせることができるのじゃ。」


老人が得意顔で説明してくれる。

なんだか凄そうだ。


「それで、青いのはなんなのですか?」


「お主の選んだ青いポーションはな、中でもとびきり素晴らしいやつじゃ。

なんと、【青くてプニプニした魔物と心を通わせることができる能力】じゃ!」



言い切ってしまって、続きがないのでたずねる。


「それから、魔法とか、守護霊獣とかはないのですか?」


「…それだけじゃが? なんじゃ不満か?」


と老人も不満げだ。


「いいじゃろうがスライム、可愛くて、ぷにぷにで。…あっ、もう時間のようじゃ。わしは消えるが、旅の健闘を祈る。あと勇者の封印は早く解いた方がよいぞ! ではな。」


そう早口に言ってスーッと消えてしまった…。



Oh No!

俺は、何という、早まった選択をしてしまったんだ!?


【青くてプニプニした魔物と心を通わせることができる能力】、スライムのことか! いつ使うのそれ!



はあ…

後悔で胸を一杯にしながら俺は目覚めへと向かっていった。






目が覚めると石造りの部屋に寝ていた。

壁にはボヤっと光る石がいくつも埋め込まれていて明るい。

俺は立ち上がると扉へと歩き、石の扉を開けた。


勇者の身体を封印した遺跡は、中央大陸南部の国、ロムルス共和国にあった。

首都からほど近い丘の上に建っていて、周囲はのどかな草原地帯だ。


俺が外に出ると、遺跡を警備していた兵たちと顔を合わせた。

彼らは俺を見ると驚き、急いで首都に馬を飛ばした。



翌日、西の方から大仰な集団がやってきて、ロムルス共和国の使節団を名乗った。

代表は共和国議会”元老院”の議長ガイウス・ユリウス・シディアス。

シディアス議長はかしこまった挨拶をした後に言った。


「勇者様には、これから首都ロムルスに帰還していただき、凱旋式をとり行います。準備はすでに整っています。」



俺は説明した。

自分がかつての勇者とは違う人間であること。

異世界から来たものであること。

勇者の力は封印されていて魔法も剣も使えないらしいこと。



しかし、それでも彼らは構わないらしかった。

勇者が復活したという事実が大事なのだそうだ。




かくして凱旋式が行われ、俺は首都ロムルスに凱旋した勇者となった。

多くの観衆が、復活した勇者を一目見ようと広場に集まった。


ロムルスは石造りの街で、周囲は城壁で囲われている。

東西南北に門があり、俺たちは東の門から街に入った。


門からのびる大通りを街の中心部の広場まで行進する。

大通りは人混みでごった返していて、建物の上の階にも見物客がいた。

人々は手に手に大量の花びらを振りまいて、勇者の凱旋を祝福していた。


広場に入ると、楽団がラッパなどを吹き鳴らして演奏が始まった。

広場では式典が行われ、最後に女神の神殿の神官から月桂樹の冠を載せられて凱旋式はフィナーレとなった。



凱旋式が終わると、そのまま1週間にわたる祝賀会が開かれた。

国をあげてのお祭り騒ぎとなり、街中の広場が飾り付けられ、酒やご馳走が振る舞われた。

これらすべて国庫から出しているというのだから大盤振る舞いだ。

国中から人が集まっての宴が、朝から晩まで、そこかしこで繰り広げられた。




首都ロムルスに来てからというもの、俺はシディアス議長の邸宅に寝泊まりさせてもらっていた。

昼間は議長にあちこち連れ回され、紹介されたり挨拶をしていると必ず酒席になる。

ロムルスの人たちは皆ワイン好きで、しかもジョッキくらいのサイズでぐいぐい飲むので、合わせているとたちまち酔っぱらってしまう。

お祭り騒ぎにかこつけて昼から飲んでいるのでなおさらだ。


祝賀会の最後の日、シディアス議長は公務があるからと、街の案内を娘のユリアに任せて朝から元老院へ出かけてしまった。



ユリアは同年代くらいの可愛いらしい活発な娘で、栗色の髪の毛を三つ編みにして後ろで束ねていた。

この世界や街の事を教えてくれたり、屋台でご飯を食べたりしながら街を案内してくれた。

魔法と剣術を習っているらしく、通っている魔術ギルドや剣術道場にも連れて行ってくれた。


仲間たちを紹介され話を聞いていると、魔術ギルドでも剣術道場でも、彼女は一目置かれているようで、特に魔法分野では、若くしてこの街でも指折りの強さなのだとか。


しつこく迫る男を雷撃魔法で吹き飛ばしたとか、鐘塔に雷を落として破壊したとか武勇伝を聞かされた。

ユリアは照れていたが、けっこうやらかしているらしい。


剣術道場を出ると、巨大な円形闘技場で闘技会を見たり、元老院に見学に行った。


最後に行った冒険者ギルドでは、祝賀会最後の宴が開かれていて、ワーワーと喧騒に包まれていた。

俺たちが入るなり、冒険者達に囲まれて、ジョッキを手渡されると、ワインがなみなみと注がれた。

最初は、まあまあと間にはいってくれていたユリアも杯が進み、だんだんと出来上がっていった。


夜がふける中、旅の吟遊詩人が音楽を奏で、ユリアと冒険者たちは肩を組んで飲んで歌っていた。

ユリアは、冒険者になって世界を旅したいのだそうだが、名門シディアス家の娘にはそんなことは許されないのだと、酔っぱらって愚痴っていた。


やがて一日の終わりを告げる鐘が街に鳴り響き、長かった宴の一週間が終わった。



「さあ、お姫様を連れてかえりなさい~」


ユリアはべろんべろんだった。

家までなんとか連れて帰ったが、飲み足りないと言って俺の使っている客室へ押しかけて来た。

いつの間にか、ワインの瓶を持っていた。

シディアス議長も宴会で家を空けているので、日ごろのうっ憤をまとめて晴らそうとしているようだ。



翌日、昼前くらいに目が覚めると頭がずきずき痛かった。

ぼんやりした頭で体を起こすとベッドの隣で寝ている女の人がいた。

ユリアだった。

俺が青ざめて起き上がると、彼女も目を覚ましたのかもぞもぞと動いた。


「おはようございます。昨晩はどうもごにょごにょ。」


と挨拶して、二人で遅い朝食を食べた。



一月程して凱旋式の熱狂が収まってきた頃、俺はシディウス議長に話があると呼びだされた。

そして、ユリアとの関係を追求され、婚約することになった。


来年、俺が成人したら正式に結婚をしようという話だ。

ユリアにもそれでいいのか聞いてみたら、「婚約者だなんて」と赤くなっていた。




祝賀会が終わると、今度は勇者の復活を祝した闘技会の開催が発表された。

闘技会とは、剣闘士と呼ばれる戦士を戦わせる見世物で、ロムルス共和国ではエンターテイメントとして広く楽しまれていた。


この闘技会で企画されたのは、300年前の勇者と魔王の最後の決戦を模した集団戦だった。

魔王と四天王に挑む勇者のパーティという構図で、勇者のパーティを率いる俺が魔王軍を打ち倒す、というシナリオだ。



そして魔王役に選ばれたのは、デビュー以来不敗の豪傑スパルタクスという男だった。

属州出身の巨漢で、トラキア流剣術の達人ということだ。



そんな男に挑むべく、俺は街の剣術道場に入門することになった。

シディウス議長の計らいで、大陸一の流派"北辰流"の師範から直々に剣術を教わった。

そこで分かったことがある。


俺の剣の腕は最低ランクだった。

まっすぐに「才能がない」と言われた。



それならば魔法の能力を試してみようと魔術ギルドにも行ってみた。

魔力量の測定をしてみると、俺の魔力量は”0”、まったくなかった。

それで、魔術ギルドは追い返された。

魔力がなければ魔法を使いようがない。



"勇者の封印"のことは、もちろん頭にあった。

「封印されているので、剣も魔法も使えない」とは聞かされていたが、ここまでダメダメだとは。

普通は子供でも幾らかの魔力を持っているのだそうだが…。



家に帰ってユリアに愚痴を言うと優しく抱きしめて、ヨシヨシとしてくれた。


しかし、俺の実力を伝え聞いたシディウス議長は愕然としていた。

かつての勇者の伝承から、たとえ封印されていても、それなりの強さなんだろうと思っていたようだ。

でなければ、不敗の剣闘士に挑ませたりしないだろう。

それが蓋を開けてみれば、そこらの一般人以下の力だったのだから驚きだ。




「どうせダメなら死ぬ気で頑張れ!」


師匠によく分からない発破をかけられ、朝から晩までしごかれ、剣の修行に勤しむこと数ヶ月。

俺の剣の腕はいっこうに上達しなかった。


師匠とシディアス議長の間では、八百長演出の計画が進められた。



落胆する皆を尻目に、ユリアだけはいつも笑って励ましてくれた。


「今はまだ弱くても、私が守ってあげます。」


そう言って俺の頭を包みこんでくれた。





闘技会まで一ヵ月に迫ったある日、俺は修行を諦めて、2階の窓辺でボーっと外を眺めていた。

シディウス議長の邸宅は大通りに面していたので、街の様子がよく見えた。


ふと、南の空にゆらゆらと煙が上がっているのに気がついた。

最初は一本だった煙は、じきに2本3本と増えていき、街のあちこちから上がるようになった。

外の通りも何やらザワザワと騒がしい。


何かあったのかな、と思っているとドタドタとシディアス議長が帰ってきた。


「剣闘士達が反乱を起こしました。勇者殿もユリアも、扉を閉めて、絶対に外に出ないでください。私は軍を指揮してきますので。」


そう言ってまた飛び出していった。


剣闘士たちが暴れているそうだが、闘技会も中止にならないだろうか。

使用人達は慌ただしく家中の戸締りを確認してまわっていた。


俺も一応剣を手元に置いておく。

騒ぎはどんどん広まっているようで、通りは先を急ぐ兵や逃げる市民などで溢れていた。




昼頃、ふいに階下から「きゃー!」という悲鳴とガシャーンと何かが壊れる音が響いた。

急いで、2階から駆け下りるとシディウス議長の執務室に男達が押し入っていた。


使用人がへたりこみ、花瓶かなにかが割れたのか、破片が散らばっている。



「お前はシディアスの娘だな。俺たちと来てもらおうか。」


見ると部屋の奥にはユリアがいた。

男達の狙いは彼女のようだ。


「待て。人質なら俺がなる。その娘には手を出すな。」


俺がそう言って部屋に入ると、男達は振り返ってこちらを見た。



その瞬間、ユリアは両腕を広げ、何か呟くと、眩い閃光とともに手から稲妻を放った。

紫色の電撃は、バリバリと音を響かせながら部屋をなめまわし、男達に触れると激しくスパークして火花を散らした。

直撃した男達はバタバタと倒れていく。

一瞬の出来事だった。


これがユリアの言っていた、シディアス家の雷撃魔法なのだろう。

男たちの亡骸は、(生死不明だが)黒く焦げてブスブスと煙をあげながら床に転がっている。



「ユリアさん、だ、だいじょうぶですか?」


氷のように冷たい目で男達を見下していたユリアに、おそるおそる声をかけると、はっとしたように顔をあげた。




「こわかった。」


か細い声でそう言うと、俺の胸に飛び込んできた。


怖かったのはこっちだ。


彼女を怒らせることはすまいと、俺は固く心に誓った。



ユリアが俺の胸の中でシクシクと泣きまねをしていると、さらに部屋に入ってくる者がいた。


「何をしている。シディアス議長はいたのか!」


その男は強いウェーブのかかった長髪で、筋骨隆々の巨体、武骨な顔に威圧的な目がギラギラと光っている。

部屋の入口よりも背が高く、窮屈そうに体をかがめて部屋へと入ってきた。



「スパルタクス。」


ユリアは俺の胸元から顔だけ向けて確認すると、身を捻って右腕をあげ、”雷撃魔法”をはなった。

バリバリっと紫電が大男に迫るも、直前でかき消され、煙をあげた。


煙の中から現れたスパルタクスの手には、一本の剣が握られていた。

剣闘士の使う両刃の剣グラディウス。

怒気を含んだ目が赤く光っている。



「さがっていてください。」


ユリアはそう言って、俺を後ろ手に押しやり、自分の背後に入れた。

再び両腕を広げて呪文を唱え、今度は両手から雷撃を放った。

今度は連続で。


紫電が部屋中を暴れまわり、壁や天井を破壊しながら迫る。

しかし、スパルタクスが剣を振るたびに直前で搔き消されてしまった。


「シディアスの娘だな。俺に魔法はきかん。大人しくついてこい。」


剣をふりながら一歩二歩と距離を詰めてくる。


「対魔法か。」


舌打ちするとユリアは、壁にかけてあった武器に電撃を伸ばした。

電撃に触れた剣や斧は、カタカタと音を立てながら浮かび上がると、一斉にスパルタクスに襲いかかった。

一つ一つの武器が電撃の鎖でつながれ、操られている。


空中に浮いた剣が四方から切りつけ、無防備になった背後から斧が振り下ろされる。

それも剣で弾いたスパルタクスの後頭部を、さらにメイスが薙ぎ払おうとするが、ヒョイとかわされた。


ユリアの操る武器達は、見事な連携技で、反撃の余地を与えず、スパルタクスをその場に釘付けにした。

彼女はさらに、部屋にある大きな執務机と書棚に電撃を伸ばして浮かび上がらせると、手を振るい、その2つで挟み込むようにぶち当てた。

ガシャンと音を立てて木端や埃が舞う。


やったか

と思ったがバラバラになった家具の中、スパルタクスは平然と立っていた。

パラパラと天井からも瓦礫が降り注いでいる。

もうもうと煙の立ち込める中、赤い目を光らせる大男は、まるで化け物だ。



しかし、ユリアは冷静だった。

無言で、懐から筒状の物を取り出し両手で握る。

剣のように構えて魔力を込めると、ブオンと音がして光の刃が出現した。

刀身は輝き、揺らぎながらバチバチッと音を立てている。



「”雷の刃”か。珍しい物を持っているな。」


対して、スパルタクスが持つのは、ロムルス軍の兵や剣闘士に支給される普通の鉄剣。



ユリアはさらに”身体強化”の魔法を自身にかけると、"雷の刃"をクルクルと廻しながらスパルタクスに切りかかった。


まさに瞬速。

一歩目の踏み込みで肉薄すると、上段から雷剣を振り下ろした。

スパルタクスも予想を上回る速さだったようで、態勢を崩しながらなんとか防ぐ。

剣と剣が撃ち交わされると、バチバチッと音を立てて周りに電撃を撒き散らし、スパルタクスの長髪を焦がした。


態勢を崩した所に、電撃の鎖で操る6本の剣が迫る。

キンキンっと剣閃を結び、隙を見つけると再びユリア自身が踏み込んでいった。


スピードでもパワーでも彼女が勝っていた。

あらゆる体制から剣を繰り出し、時には剣を片手に持ち替えて"雷撃魔法"を放った。



激しく切り合う二人を、俺はただ見守ることしかできなかった。

スパルタクスも化け物だが、ユリアは小さな体で敵を圧倒する、さらなる化け物だ。


俺なんかが割って入る隙はない。

部屋はどんどん破壊されていき、壁や床には穴が空いている。

そのうち建物自体が崩壊するんじゃないかと心配になるくらいだった。



息つく間もなく剣を交えていたが、やがてユリアに疲労の色が出てきた。

"身体強化"をかけ続け、魔力の剣を振るって戦闘し、"雷撃魔法"も使っている。

その猛攻も、スパルタクスの剣技の前に凌がれていた。

魔力が底を尽いてきているのだ。



やがて、"雷撃魔法"は使う余裕がなくなり、電撃の鎖で操る剣も一本また一本と折られていった。

最後に、剣を巻き取られるようにして払われると、ユリアの手から離れた雷剣は空中へと舞った。

そして、部屋の隅に転がった"雷の刃"は音もなく刀身が消えた。



「終わりだな。」


コツコツと靴音をたてて、スパルタクスが距離を詰める。



ユリアはゼェゼェと息を荒くし、立っているのがやっとの様子だ。

このままでは、彼女は連れて行かれる。


俺は恐れる心を奮い立たせて、ユリアの前へ割って入った。


「待ってください。」


ゆっくりと剣を構える。

師匠からはセンスがないと酷評され、「へっぴり腰になるな!」と何度も叱られた剣を。


「いけません、勇者様。逃げて。」


ユリアが止めようとするが、答える余裕はない。

目の前に立つ巨漢は圧倒的なオーラをまとい、長髪を漂わせ、ギラギラと俺を睨みながらそびえ立っていた。

思わず足が竦む。


「ほお、お前が噂の勇者か。闘技会では、俺が勇者に殺される役だった。よもやこんな者とはな。勇気はあるようだが、それとも蛮勇か。」


スパルタクスは恐ろしい顔で俺を値踏みするように眺めた。


「この家には、世話になっていますからね。その娘が攫われるのを、指を咥えて見ていたというのでは、格好がつきませんので。」


俺はなんとか言葉を繋いで逃げる時間稼ぎをしようとしたが、恐るべき相手を前に尻すぼみになってしまった。


「そうか。」


そう言うと、スパルタクスも剣を構えた。





しかし、スパルタクスは間をおいて、少し考えるように目を細めると、


「やめておこう。」


そう言って剣を下ろし、腰の鞘におさめてしまった。


やめる?

助かった、ということなのだろうか。



そして、スパルタクスは踵を返してシディアス邸を去っていった。



あとには狐につままれたような俺たちと、今や目茶苦茶に破壊されたシディウス議長の執務室が残されたのだった。





『ロムルス共和国の闘技場で無敗の英雄として称えられたスパルタクスは、強靭な肉体から繰り出す圧倒的なパワーと、その見た目とは裏腹な精密な剣技を持っていた。

そして彼の持つ能力【魔力を断つ剣】。


この力でスパルタクスは、相手が剣士でも魔法使いでも勝利を積み上げてきた。


しかし、スパルタクスの一番の強みは、彼の目にあった。

魔眼の一つ、"魔力眼"を持ち、魔力の流れや留まりを見ることができた。


戦闘中は、相手の体を流れる魔力に注意を払っていれば、いつどこから攻撃してくるのかを予測することができた。


ユリアの攻撃は強力だったが、出どころが分かりやすく、かわすのは難しくはなかった。

”雷撃魔法”を放つ時には手に魔力を込めるし、”身体強化”を使って踏み込んで来る前には足に魔力が流れる。

惜しみなく魔法を放っていたので、じきに魔力切れを起こすだろうと予測し、その通りになった。



しかし、続けて出てきた勇者と呼ばれる男は、これまでのどの相手とも違った。

"魔力眼"をもってしても、魔力の流れどころか魔力自体を一切感知できなかった。


そして隙だらけのへっぴり腰の構え。

子供だってもう少しまともに剣を構えられるだろう。



第一感では、ただの雑魚だ。

しかし仮にも勇者と言われる男…。


勇者というのは、魔力を完全に隠匿する術を持っているのか、はたまた自分には感知できない未知の力か…。


得体のしれない敵を前に、冷や汗が頬を伝うのを感じた。

手を出すべきでないと本能が告げている。

反乱はまだ始まったばかりなのだ。




実際には、魔力が全く使えないだけで、戦っていれば瞬殺しただろう。




この後、スパルタクスは反乱軍を率いて首都ロムルスを脱出し、共和国の南部に進軍する。

その間に他の地域の剣闘士や逃亡奴隷が加わり、軍勢は膨れ上がっていった。


国内に突如現れた反乱勢力にロムルス共和国は大わらわとなり、この反乱の平定に数年を要することになる。


そして反乱の終わり、スパルタクスは思わぬ形で勇者と再開することになる・・・。』


というのは後のお話。






夕方になり反乱軍が街を脱出すると、シディアス議長は家へ帰ってきて、破壊されつくした自室を見て呆然となった。

ほとんどユリアが壊した跡だったが。


天井、壁、床には穴があき、家具はほとんど全て壊れていた。

使用人たちが忙しく片付けている。


俺たちが経緯を説明するとシディアス議長は驚いた。

まさか反乱軍のリーダーが自分の家を襲撃するとは思わなかっただろう。


娘ユリアを救ったことで俺は礼を言われたが、戦闘したのはユリアだけで、俺は最後にちょっとお喋りしただけだ。



しかし、今回のことで俺は自分の無力さを思い知らされていた。

ユリアが戦っている時に、加勢の一つもできなかった。

このままでは、勇者として世界を救うどころか、身近な人にさえ守られるばかりだ。



「”勇者の封印”の手がかりを探すために、旅に出てみようかと思います。」


俺は思い切って言った。


”勇者の封印”、魔力と力を封印している厄介な置き土産。

これをどうにかしなくては、剣術もずっと道場に通っているが、ちっとも強くなっている感触がない。


俺の提案にシディアス議長は賛成してくれ、ユリアは自分も一緒に行くと言って聞かず親子喧嘩となった。

最終的には、花嫁修業も終わってないのに旅には出られないという事で言いくるめられた。




「旅に出るにあたってひとつお願いがあるのですが。」


シディウス議長はあるパーティに参加しないかと提案してきた。

勇者殿はちょっと戦闘力が”アレ”なので、単独での旅は危険だからということだ。


北東の国境付近に砦を持つ、エルフの大物ロンド・エルロンが、ある使命のために精強な冒険者を募っているというのだ。


それに"勇者の封印"についても、何か知っているかもしれない。



俺も同意して、まずはロンド・エルロンの砦を目指すことにして、旅の準備を進めた。



その後の旅の目的地がどこになるかは分からないが、おそらく当分は帰って来られないだろう。

ユリアと熱い別れの夜を過ごし、翌朝俺は出発した。


北の城門から出て、北東にのびるオスティアス街道を進む。

さらば首都ロムルスよ。また逢う日まで。





そんな感傷に浸る俺を、近くの茂みから見る一匹のモンスターがいた。

青くてプニプニした体をプルンっとふるわせ、嬉しそうにニヤリと笑った。


「いたいた。本当にいたよ。おばあちゃんの言った通りだったな。ぷるん。」


そう言って俺の後を付いてくる一匹のスライム。

彼の名はスラみっち。

スライム卍会のリーダーだ。


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