夢の終わり

何となく覚悟はしていた。

だが、改めて言われると言葉が出なかった。

「私から言うのはルール違反だって事は重々承知してます。でも、もう無理じゃ無いです?私の冬原早耶香としてのプライベートを知り、その人生を知り、早耶香の年齢や生活の悩み事まで知った。そんなのでどうやって道子さんやれるんです?」

一気にまくしたてるサヤの言葉を黙って聞いていた。

確かに言うとおりだ。

こんな状態になって、これから先もはや家族ごっこにしかならない。

僕自身、サヤをこれから「みーちゃん」と思うには無理がある。

雨だろうか。

雨粒が窓を細かく叩く音が聞こえる。


「お言葉ですが、江口さんにはあんな綺麗な彼女さんもいらっしゃるんですし、お金払って無理にサヤに付き合う必要は無いと思います」

「彼女はただの後輩なんだ。それも含めて色々済まなかった。せっかくキャンセルの後も待っててくれたのに」

「あれはいいです。次の予定まで間があったし、暇だったから・・・」

「それだけじゃなくて、あの・・・ずっと前の肉じゃが・・・」

心なしかサヤの表情が曇った様に見えた。

あれ以来サヤが肉じゃがを作る事は無かった。

「お仕事の一環で提供したんだから、謝ることはないです。商品の質が悪かったから受け取りを拒否した。それだけだと思うので」

「そうじゃない。君の作る肉じゃがはいつも美味しかった。ただ、あの時は君の仕事の顔を見てしまって、たまらなく・・・寂しかった。何故か君と家族として食べられなかった事が悲しかった。だからつい」

「別にいいです」

「いや、あれはちゃんと謝り・・・」

「いいって言ってる!」

突然のサヤの大声に一瞬ポカンとした表情を出してしまった。

サヤも「しまった」と言う表情をしたが、キッと僕を睨むと言った。

「だからって捨てなくてもいいですよね?ぶっちゃけ、あのまま帰ってやろうかと思いました。もちろん仕事中だから絶対しないけど。そもそもこういうの・・・もう疲れるんです」

「レンタルファミリー?」

「そう。最初は天職だと思いました。華や個性は無いわたしでも、そんなの求められずただお客の求めるお人形になってればいい。しかも給料は悪くないし、契約だから時間外は無関係。劇団とは違って太いファンやタニマチにお愛想振りまかなくてもいい。ああ・・・そう。ファンといいつつ、私の顔やスタイルしかみていない連中にもウンザリ。そうね、私きっと役者そのものに向いてないんです」

途中からやけくそになっているのか、口調がかなり乱暴になっている。


「君がそう思うのであれば、僕はどうこう出来ない。凄く寂しいし残念だけど。でも、それ以上に君がこの仕事で苦しさを感じているのであれば、僕は誰がどう言おうと辞めてもいいと思う。君には、幸せになって欲しい。みーちゃんの分まで」

「・・・私が苦しいのは、そうやって重ね合わせられる事でもあります。あなたから」

「君はきっととても優しい人なんだな。だから、他人に成り代わる仕事に罪悪感を感じてる。でも、それは依頼している側の問題で君は関係・・・」

「そうじゃないです、鈍感さん。・・・すいません。時間には早いけどこれで失礼してもいいですか?料金は返金します。ご迷惑をおかけした分も含めて。この足で会社に退職を伝えてきます。もうお会いすることはないと思いますが、お元気で」

そう一気に言うとサヤは立ち上がり、出て行った。

それはあの楽しかった時間の終わりとは思えないほど簡単な物だった。

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