夢と現実
紅茶とマカロンを前にサヤと向かい合った僕は、中々話を切り出せずにいた。
とはいえ、何から話そう・・・
その間「冬原早耶香」に切り替わった彼女は、髪をポニーテールにしてコンタクトを外すと丸眼鏡をかけた。
そして、電子タバコを吸い出したので仰天して、思わず彼女の顔を凝視してしまった。
「何です?」
「あの・・・それ」
「ああ、これですか」
サヤはそう言うと、いたずらっぽい表情で電子タバコを、見せつけるようにヒラヒラと上下に動かした。
「私24なんです。だから問題ないですよ。免許も持ってます。節約のために車は持ってないけど」
「・・・そうなんだ」
「そっか。江口さんの前ではずっとJKですもんね。そりゃビックリするか」
「たいした演技力だね。さすが評判になるだけはある。君の会社の社長さんが言ってたけど」
「評判?ああ、あれ真に受けない方がいいですよ。社長、結構口が上手い人だから。1を100にしちゃうんで」
「でも、君の演技は素晴らしいと思った。あの舞台の時も」
サヤは苦笑いを浮かべた。
「『華やかさと個性が足りない』ですけどね」
「・・・聞いてたのか」
「ご免なさい。私、ちょっと用事があったから早めにロビーに出たんです、そしたら江口さんが居たんで思わず近くに。姿見たとき驚いたなんてものじゃなかったですよ。そしたら聞こえちゃって」
「ゴメン」
「謝らなくていいです。事実なんだから。わたし向いてないんですよ。役者。映画で見た女優さんに憧れて、自分も架空の世界で色んな人生を生きて、それで見る人に感動してもらえたら・・・なんて甘っちょろく考えて。で、高校の演劇部でちょっと褒めてもらったら、そこでさらに調子に乗って。で、技術を磨いてこれなら、って思ってみたら、自分程度ゴロゴロいた」
その投げやりな口調はみーちゃんの時のサヤとはやはり同一人物とは思えなかった。
ただ、その口調はきっと冬原早耶香に戻ったから、と言うだけじゃないんだろう。
「何より、華が無いんですよ。私。・・・でもね、そんな私でもスタイルはいいんで、最近ではグラビアとかで勝負しないか?って声かけられてるんです。凄いでしょ」
そう言って自嘲気味に笑うサヤを見ながら、僕は何とも言えないモヤモヤが溜まるのが分かった。
そのせいだろうか、自分でも驚くほどの強い口調で言った。
「でも、僕はやっぱり君の演技が好きだ」
その口調のせいか、サヤはキョトンとしながら僕を見た。
なるようになれ。
言いたいこと全部言ってやる。
サヤの性格上、この次もこんな機会が持てるとは限らない。
「君が演じるみーちゃんのお陰で、僕は救われた。君に会うまで毎日死ぬことばかり考えていたのに、君との生活が始まってから週2回の時間のために生きることが出来た。それは君がみーちゃんとして居てくれたからだ。それは君の才能と努力だよ。あれだけ少ないみーちゃんの情報から、あの子をまた見せてくれた。だから・・・そんな事言わないで欲しい」
僕が話している間、サヤは電子タバコを吸いながらずっと冷蔵庫を見ていた。
彼女の表情から、何を考えているのかを知ることは出来なかった。
いや、ただ僕自身ずっと彼女に言いたかったのかも知れない。
しばらく無言の時間が流れ、お互いの間に冷蔵庫のモーター音だけが小さく聞こえていた。
そんな沈黙を破ったのはサヤだった。
彼女は電子タバコを仕舞うと、僕に向き直り言った。
「じゃあ今度は私の番ですね。・・・この契約、終わりにしませんか?」
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