仮初めの時間

翌週の月曜日。

有給を取った僕は朝からソワソワしながら時計を見ていた。

もうすぐ18時・・・

結局レンタルファミリーは解約しなかった。

と、言うより酔いが覚めると、我に返ったせいか次にサヤと会うときは絶対今回みたいな失敗はしない、と対策を考え始めていたのだ。

火曜に出勤したら、平日休みになる部署への異動を申請しようと思っていた。

もうサヤ・・・みーちゃんとの時間を削られるなんてまっぴらだったのだ。

間違ってるのは分かってる。こんな考え方。

本当は次に進むべきだと言うことも。

でも・・・無理だった。

僕はみーちゃんが死んだあの日、一緒に死んだような物なんだから。

そんな事を考えながらボンヤリしていると、玄関の鍵が開く音が聞こえた。


「あれ?パパ、どうして・・・」

買い物袋を下げたサヤ・・・みーちゃんは驚いたように目を見開いている。

「今日は休みを取ったんだ。昨日飲み過ぎちゃって」

つい嘘をついてしまった。

さすがに「お前との時間を削られたくないから」なんて言うのははばかられた。

「もう、しっかりしてよ!いっつも飲み過ぎるんだから。私、言ってるよね。何かあったらもう口聞いてあげないからね」

呆れたように言うと、みーちゃんは中に入っていく。

「ま、でも今日は珍しくパパが家に居てくれてたんだから、気合い充分!早速ご飯作るね。で、学校の事も聞いてよ」

そう言いながら手際よく買ってきた食材を広げ始める。

「たまには僕が作ろうか?」

断られる事を知りながらも声をかける。

「スタッフが調理する」と言うのも、サヤとの契約に入ってたのだ。

みーちゃんは料理が好きでいつも自分で作ると言って聞かなかった子だったので、そういう契約にした。

「大丈夫。お料理好きだから。それにパパが美味しそうにしてるの見るの好きだし」

「上手いこと言うな」

本心と呆れが混じった言葉だった。

確かにレンタルファミリーの会社にはみーちゃんの性格も伝えてあったが、細かい台詞回しまでは当然伝えていない。

アドリブでここまでセリフを言えるとは・・・

「ホントだもん。さて、この辺の袋はゴミ箱に・・・と」

みーちゃんの言葉を聞いて、サッと血の気が引くのを感じた。

しまった。金曜日の肉じゃが・・・

ゴミ箱を開けたみーちゃんは一瞬動きが止まったように見えた。

気まずくなり僕は顔を逸らした。

だが、それもホンの一瞬の事だった。

みーちゃんはすでにいつものニコニコとした笑顔だった。

「これでオッケー。じゃあ今日はパパの大好きな鱈のムニエルにするね」


あと15分か・・・

時計を確認すると、みーちゃんにおずおずと切り出した。

「そろそろバイトの時間じゃないのか?」

この言葉がいつもの「終了の合図」だった。

「あ、そっか。・・・でも今日はシフトが急に変更になっちゃったから、もうちょっといいよ。10時くらいになったら出る」

あ、前回の遅れた時間か。

前は返金とか言ってたのに、ルール変更でもあったかな。

まぁ、いいや。こっちにとっては有り難い。

そう思いながら腕をグルグルと回す。

「ん?パパ、肩こってる?」

「ああ・・・ずっと事務仕事してると肩こるんだよ」

「パパ、なで肩だもんね。そういう人って肩こりしやすいんだよ」

「そうなんだ」

「うん。ちょっとそのままね」

そういうとみーちゃんは僕の後ろに回り、肩をもみ始めた。

これは・・・気持ちいい。

「いつの間に肩もみ上手になったんだ。気持ちいいよ」

「良かった。前から気になっててさ」

みーちゃんは特に肩もみをしたことは無かったので、サヤのサービスか。

でもいいか。

こういうのも悪くない。


そんな心地よい時間を過ごしながら、時計を確認する。

もうそろそろか。

前回みたいな気持ちにはなりたくない。

「もういいよ。有り難うみーちゃん。バイト行く時間だろ?」

「そうだね。じゃあそろそろ行くよ」

「気をつけてな。もう遅い時間だから」

「子供じゃ無いから大丈夫。それに、何かあったらパパが守ってくれるんでしょ?」

ニヤニヤしながら言うみーちゃんに苦笑いしながら返す。

「パパが近くに居たらね」

「大声で呼ぶから」

「勘弁してくれ」

そんなやり取りをしながらサヤは出て行った。

今日は前回みたいな寒々した空気にはなっていない。

サヤに揉んでもらった肩はまだ心地よく熱を持っているようだった。

その温もりがこの仮初めの時間を慰めてくれるようだった。


 

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