第16話 キリーカ食堂
エイルさんの教え方は、とてもわかり易く、失敗しても最初はそんなもんさね、徐々に慣れてけばいいさと豪快に許してくれるものだから、とてもやりやすかった。
しかしながら、初めての飲食業ということもあり、ランチタイムが終わる頃には既にヘトヘトになっていた。
「おつかれさん、結構忙しかっただろう?飯時はいつもあんな感じでねぇ。どうしても一人だと限界があって、いつもはもっと回転率が悪かったんだけど、アンタのおかげでいつもより繁盛したよ」
「そう言ってもらえると嬉しいですが、流石に初日なんで疲れました」
「なーに情けない事言ってんだい。まだまだ若いくせしてさ。ほら、賄い作ったげるから、後ろで休んどきな」
「お言葉に甘えて……」
重たい足を引きずりながら、バックヤードへと向かい、椅子へと腰掛け、そのままテーブルにもたれ伏せた。
しばらくそうして仮眠を取っていると、コトンとテーブルに何かが置かれる。
顔をあげると、炒飯のような焼き飯と水の入ったカップが置かれていた。
「ほら、食うもん食わないと夜までもたないよ」
「ありがとうございます」
俺は身体を起こし、両手を合わせいただきますをしてから、焼き飯を口に放り込む。
「……うまい」
「そうだろそうだろ。足りなかったらおかわりもあるからね」
そういってエイルさんは、ニカッと笑う。
疲れでご飯は通らないと思っていたが、コレなら本当におかわりもいけてしまうかもしれない。その辺の日本の中華料理屋のものより美味しく感じた。
胡椒がピリッと効いていて、俺好みの味であったのも大きいかもしれない。
俺はあっという間に皿を空にして、水とぐいっと飲み干した。
「そんなに美味しそうに食べてもらえると作った甲斐があったってもんさね」
「ごちそうさまでした。本当に美味しかったです。これだけでもここで働けて良かったと思えたくらいですよ」
「大げさだねまったく」
そう言ってエイルさんに頭をぐりぐりと撫でられる。
「さ、食べ終わったならまた少し休んどきな。夕方頃にはもっかい店開けるからね」
「わかりました」
キリーカ食堂は、朝十時から十四時、中休みを挟んで十七時から二十一時まで営業しているようだ。
俺が休んでいる間にも、エイルさんは食器を片付たり、料理の仕込み作業をしている。なんともパワフルな人だと思った。
俺もこの仕事に慣れたらもう少し手伝えるかと考えたが、よくよく考えれば日雇いの仕事である。
エイルさんも感じのいい人だし、何より料理が美味しい。
ここでしばらくは働けると嬉しいのだが、仕方がない。明日は明日で別の仕事を見つけるしかない。
そんなことを考えていると、食後だからか段々と眠気が襲ってくる。
ディナータイムのためにも、今はその眠気に抗わず、ひと眠りする事にした。
「ほら、そろそろ起きな。時間だよ」
肩が揺さぶられ、意識が緩やかに覚醒していく。
顔を上げ、後ろに振り返ると、エイルさんが優しい笑みを浮かべながら立っていた。
時計を見ると、既に16時を過ぎていた。
「あぁ……すみません。……ずっと、眠っちゃってましたね」
「ま、初日なんて誰しもそんなもんさ。日頃から鍛えてる冒険者どもなら違うだろうけどねぇ。さ、夜もしっかり頼んだよ」
「はい、頑張ります」
そうしてディナータイムになり慌ただしくなると、経験不足が露呈し、昼時よりは幾分かマシにはなっているようなものの、相変わらずもたついてしまう事が多かった。
ただ、仕事が出来ないなりにも、お客さんに少しでも食事を楽しんで貰えるよう、できる限りの心配りは徹底するようにしていた。
夜の混雑が落ち着き、テーブルを拭いていると、エイルさんから、もう上がっていいよと声がかかる。
「いえ、せめて清掃くらい最後までやっていきます。あまりお役に立てなかったので」
「そんなことないさ。初めてにしちゃぁ上出来だよ。それに、効率うんぬんじゃなくって、笑顔で思いやりをもった接客をしてくれてたじゃないか。それで十分だよ」
忙しい中でも、俺の仕事の様子を見守ってくれていたようだ。
なんとも頭が上がらない。
「そう言ってもらえるとありがたいですが、これくらいはさせてください」
「まぁ無理には止めないさ。でも、掃除が終わったならちゃんと上がりなよ?」
「わかりました。ありがとうございます」
俺はテーブルと、フロアの拭き掃除を終えてからバックルームに戻り、バンダナとエプロンを外した。
「今日は助かったよ。おかげでいつもより回転率が良くて売上も上がったよ。少ないけど、これが給料だよ」
そう言われ、小さな皮袋を渡される。中からチャリっと硬貨が擦れる音がする。
「ありがとうございます」
「それと、良かったらなんだけど、明日以降もたまにでいいから手伝いにきてくれないかい?もちろんギルド経由にはなるけどさ。指名で依頼かけとくから、暇な時にうけとくれよ」
「いいんですか?それに、指名とか出来るんですね……知りませんでした」
「いいのさ。アタシが気に入ったのさ。なんとなくだけどね。それじゃ、頼んだからね。」
そういうと、バシッと背中を叩かれ、エリスさんはバックルームの更に奥の部屋へと消えていった。
少し背中がヒリヒリとする。
働く女性はパワフルだ……。
俺は、この世界で初めて自分で稼いだお金をバッグにしまい込む。
日本で働いていた頃には感じる事が無かった達成感のようなものを感じ、ニヤけそうになる顔を抑えながら、キリーカ食堂を後にした。
あの少女に、一度も会わなかったと気づくのは、もう少し経ってからの話。
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