第5話 イン・ザ・ギルド


 受付嬢さん――もとい『ユナ』さんに銭湯の下駄箱鍵のような木札を貰い、ようやくお布団及び怪訝な視線から開放され、早く仕事を手に入れる為総合ギルドへと向かった。


 先程親切にしてくれたガラの悪いアニキ達は既にどこかへと消えていた。

 改めてお礼をと思ったが仕方がない。


 キィという木製扉独特の音を立てて中に入ると、そこはよくマンガの世界で見ていたこれぞ『ギルド』という風景が広がっていた。


 まず、入り口から入って右手奥には掲示板のようなものがズラリと立ち並び、その板には多数の羊皮紙が貼り付けられている。

 恐らく書かれているのはクエストか何かだろう。


 その羊皮紙を品定めするようにしてはピッとちぎり取っているのは、明らかに『冒険者』といったような面々であった。


 唯一不思議だったのが、一部の掲示板の周辺には俺と同じような戦闘には無縁そうな人たちも群がっている。

 となると、これが仕事の募集用掲示板ではないかとつい期待してしまうのだが……、果たして当たっているだろうか。


 そして反対側を向けば、そこはいかにもファンタジーな雰囲気のある酒場になっていた。

 まだ昼間だというのにも関わらず大量のジョッキを既にテーブルに並べている人や、既に酔い潰れている人までいる。


 居酒屋に来た時とはまた違う、豪快な喧騒けんそうが建物内に響いている。

 ふと部屋の片隅を見れば、ギターのような楽器を弾いている人もいる。

 これが所謂いわゆる吟遊詩人ぎんゆうしじんというやつだろうか。


 テーブルに座って歌を聞いてみたい気持ちに駆られたが、今は無一文。

 働かざるもの食うべからずである。


 お金を稼いだ後の目標を一つ定めながら、俺は受付らしきカウンターが立ち並ぶ中央付近へと足を運んだ。


 受付のカウンターは木製で、楕円状に五つ並べてある。

 そのうち手前の四つの受付は、既に冒険者風の人達のグループが複数並んており、埋まっていた。

 しかし、何故か一番奥のカウンターだけは空いているようだ。

 周りに人がいないのはの俺にとっては好都合だ。

 俺はその一番奥側にあったカウンターの前まで歩いていった。


 そして受付の人と、目が―――合わなかった。


「あのー……」


 声をかけても、受付の女性はこちらを見ようとはしない。

 というか、首がカクカクと上下に揺れている。


 これ、寝てないか?


 なぜ自分は他人の後頭部、というより『つむじ』をまじまじと眺めているのだろう。


 後頭部の感想を言えば、とてもキレイな薄紫色でツヤが出ている。

 髪型は日本でいうところのツインテールだ。

 つむじから視線を落としていくと髪の先が腰辺りまで伸びており、長髪であることが伺える。


 ファンタジー世界での髪の手入れは、日本の女性達よりも大変なのではないだろうか。

 そんなどうでも良い事を考えながらまじまじと後ろ姿を見ていると、突然くるっと女性がこちら側を向いた。


 目を瞑ったままだったのでこちらにはまだ気づいてはいない。

 その間に胸元の名札に目をやると、『ルリア=ファイシー』と書かれていた。


 ふぁあ……と背伸びをしながら大きな欠伸をして目を擦った後、ようやくこちらの存在に気がついたのか、まだ眠り足りなさそうな目と目が合った。


「んぁ。あー人来てたんだぁ。ちょっと今日朝からずっと眠くってさー」


 歯抜けた声で悪びれもなく、そう言い放つ。

 なるほど、いていた理由が今解った。


「こんにちわー。えっと……多分初めての人ですよねぇ? まぁ適当に教えるんで、わかんなかったら聞いてもいいですよー。でもでも、出来たら1回で理解してくださいねー」


 にへにへと笑みを浮かべながら適当な事を言われる。

 ……今からでも並び直したほうが良いのだろうか。

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