星のこども
Hiroe.
第1話
1.
リリラとルルラは、シュークリームのような雲の上であそんでいました。
月の光のなかでおよいだり、ほしのかけらをあつめておはじきをしたり、きりのしずくを丸めてお手玉をしたりします。たまに、ふたりで手をつないでほくとしちせいまでジャンプすることもあります。
リリラはルルラのことが大すきでした。ルルラもリリラのことが大すきでした。
リリラとルルラには、お母さんもお父さんもいません。そらの一ばん高いところにいるおひさまの光が、さんぽをしていたりゅうのせなかにぶつかってふたつにわかれたとき、ほしになろうとしていた小さなりゅうしがあたためられて、リリラとルルラになったのです。そらのせかいにことばはありませんから、ふたりがおしゃべりをすることはありません。でも、リリラとルルラがこまることはなにもありませんでした。
リリラとルルラが、うみからやってきたあたらしい雲に息をふきかけて雪のけっしょうをつくっていたときのことです。一わの白いとりがとんできて、ふたりにあいさつをしました。
「こんにちは、ほしの子どもたち。わたしはラルフ。君たちに名前はあるのかな?」
リリラとルルラはびっくりしました。とりを見るのははじめてでしたし、声をきくのもはじめてだったからです。ふたりはとてもうれしくなって、手をたたいてあいさつをしました。
「リリラとルルラ。君たちがここにいてくれてうれしいよ。さぁ、わたしのせなかにのりなさい」
ふたりはうなずいて、ラルフのせなかにのりました。ぴったりとくっつくと、リリラとルルラとラルフはひとつになりました。
「あの青いほしにおりてみよう」
ラルフはまっ白な羽を大きく広げると、くるりといっかいてんして青いほしからくる風にのりました。
2.
ラルフはぐんぐん青いほしへと近づいていきます。そのせなかで、リリラとルルラはたくさんのものを見て、たくさんの音をきいていました。青いほしでいちばん高い山のてっぺんにきたとき、リリラは、風がつめたいな、と思いました。ルルラは、たいようはまぶしいな、と思いました。そして、とつぜんふたりはふたごのぬいぐるみになったのです。
大きなはとになったラルフが、ここではおもさがひつようなんだよ、とおしえてくれま
した。
「このほしには上と下がある。ほしのまんなかにひっぱっているんだ。わたしが何もしなくても、かってに引きよせてくれるよ」
リリラとルルラにとって、青いほしのなにもかもがはじめてでした。そらのせかいは、上も下もありませんでした。木も、水も、土も、火もありませんでした。
このほしはすごいなぁ、と思って、リリラはルルラを見ました。ところが、ルルラはリリラを見ません。リリラは、ヘンなの、と思いました。
「どうしたの? ルルラ」
「なんだかおかしなきもちだね、リリラ」
「おかしなきもち? 」
「ええと、ぼくのむねのこのへんがね、ドキドキしてるんだ。リリラは?」
「わたしは、ええとね、ええと、なんだかワクワクしているわ」
ふたりはすこし見つめあってから、おたがいに手をつなごうとしました。ところが、ふたりはいまぬいぐるみですから、からだをうごかすことはできません。リリラとルルラはきゅうにこころぼそくなって、そらのせかいにかえりたくなりました。
「リリラ、ルルラ。しんぱいはいらないよ。わたしのせなかにのっているあいだ、君たちがはなればなれになることはないからね」
ラルフの大きなはねがつつみこんでくれたので、ふたりはあんしんして、また青いほしのいろいろなものを見ることにしました。
3.
もうずいぶん、青いほしに引きよせられています。一ばん高い山のほかにも、たくさんの山がありました。山にはたくさんの木や草や花やたねがありました。とりは白いとりだけではありませんでした。いろいろなどうぶつたちもいました。それらひとつひとつにあいさつをしながら、リリラもルルラもいのちっていいな、とおもいました。
「このほしはね、いのちのカタチがはっきりしているんだ。わかるだろう」
ラルフが言いました。ラルフは何でも知っています。
「あれはなに?」
「あれもいのちなの?」
ふたごのぬいぐるみをせなかにのせたハトは、広い広い水たまりの上をとんでいました。とおいたいようの光がさして、水めんにかげがうつります。それが自分たちだと気がついて、リリラとルルラがはしゃいだ声をあげました。
「見てごらん、うみだよ。このほしのいのちのゆりかごさ」
ぬいぐるみになったふたりにとって、うみは、どこまでもつづくそらのせかいと同じに見えました。そらのせかいには、本当にたくさんの星があります。この青いほしも、その中の一つです。そのほしのなかに、またそらのせかいがあるようです。とてもふしぎです。リリラとルルラは、うみの中に入りたい、とラルフに伝えました。
「それはできないんだよ、ほしの子どもたち。ここではそういうルールなんだ」
ふたりはびっくりしてしまいました。
「どうして、やりたいのにできないの? つまらないよ。ねぇ、ルルラ」
「でも、見て、リリラ。あそこでなにかしているよ」
広いうみにぽつりぽつりとうかぶ船たちは、せん争のまっさいちゅうでした。ドン、ドン、と大きな音がなり、黒いけむりがもくもくと立ちのぼります。あらゆるものが船からうみに投げ入れられて、青いはずのうみは、火と同じいろをしているようでした。
この青いほしは、いのちのカタチがはっきりしています。その形がこわれるということは、いったいどういうことなのでしょう。リリラとルルラは、船のりたちが何をしているのかわかりません。何をさけんでいるのかわかりません。なぜこうなっているかも、何もかもがわからないのです。
ラルフは、船の上をくるくるととんでいましたが、せなかにのせているふたりがおもくなったので、少しひくくとぶことにしました。
「言っただろう、このほしにはおもさがある。あんまりおもいと、それをもっていることができなくなってしまうんだ」
リリラとルルラは、こころのまんなかがギュッといたむのをかんじました。そらのせかいは、とてもじゆうでした。上も下も火も風も音もありませんでしたが、とてもしずかでおだやかでした。行きたいな、とおもったところはどこでも行けました。やりたいな、とおもったことは何でもできました。そらのやみははてしなく、ほしぼしはただそこにあるというだけでした。リリラとルルラはふたりで一つでしたし、ラルフもまたうちゅうの一ぶでした。
「カタチをなくしてしまったら、いのちはそらのせかいにかえる。けれど、おもさがなくなるわけじゃないんだ。悲しいきもちはのこるんだ」
ラルフがそういうと、せなかのふたりはますますおもくなりました。けれど、ラルフははねに力をこめて、ふたたび高くまいあがりました。
「ねぇ、ルルラ。わたしはぬいぐるみだけど、もしもカラダがあったなら、きっと今、なみだをながしているとおもうわ。いのちをぜんぶ、ぎゅっとだきしめるの」
「そうだね、リリラ。ぼくにカラダがあったなら、こんなことはもうやめようって、走りまわって大きな声でさけぶよ」
4.
ラルフはうみをこえ、大きなまちまでとんできました。
とけい台の下のひろばはとてもにぎわっていて、あちこちのやたいからおいしそうなにおいがします。いろとりどりの野菜やくだもの、金色にかがやくムギ、よく太っためんどりが生んだたまご。
「今日はかんしゃさいなんだよ。とくべつな日なんだ」
笑がおの人々を見て、ラルフもまたうれしそうです。リリラとルルラも、何だかたのしくなりました。
かんしゃ、というのは、ありがとうのきもちです。かんしゃさいは、おたがいにありがとうを伝える日なのです。おとなも子どもも、すれちがう人はみんな、いつもありがとう、とあいさつをしているのがきこえています。
「ねぇルルラ、ここは少しそらのせかいににているわね」
「そうだね、リリラ。なんだか胸があたたかい」
「なんだかふしぎよ、ルルラ。わたし、少し大きくなったみたい」
「ぼくもだよ、リリラ。そらのせかいでは、ぼくらはずっと変わらなかったのに」
でも、ふたりはぬいぐるみですから、かってに大きくなったり小さくなったりするはずがありません。ふたりが首をかしげると、ラルフがほほえみました。
「ここには時間がながれてるんだよ、ほしの子どもたち。朝があって、昼があって、夜がある。すべてのものがはっきりとカタチをもって、長い長いたびをしているんだ」
そのとき、まちで一ばん長生きのパン屋さんが、ラルフを見つけて言いました。
「ごらん、天使さまだよ!」
ひろばにいた人々はおどろいて、いっせいにパン屋さんのゆびの先を見上げました。
「リリラ、ルルラ! さぁ、しゅくふくをとどけに行こう」
リリラとルルラはすっかりかるくなっていましたが、ラルフはうみの上よりももっとひくく、人々のあたまの上をくるくるととびまわりました。そしてさいごに、とんがりあたまのとけい台のやねの上に、ふたりのぬいぐるみをおろしたのです。
そこで、リリラとルルラは、せいいっぱい大きなこえでさけびました。
「あなたがたが安らかでありますように!」
「いのちのほしがへいわでありますように!」
ひろばいっぱいによろこびがあふれたとき、ふたごのぬいぐるみはながれぼしのようなきらめきをはなちました。そしてそのままかたまって石になったのです。
くるっくー!
一わのハトが、高い高いそらにとびたちました。
5.
リリラとルルラは、シュークリームのような雲の上であそんでいました。そらのせかいは、とてもしずかでおだやかです。でも、ふたりはまたあの青いほしに行きたくてたまりません。
そこで、さんぽをしていたりゅうに、せなかにのせてほしいとたのんでみました。
「青いほしにはつれて行けないよ、ほしの子どもたち。あのほしでは、いのちのカタチがはっきりしているだろう? 君たちがぬいぐるみになったように、あそこではわたしは雨になるんだ」
リリラとルルラはがっかりしてしまいました。ふたりは、ほくとしちせいや、ほかのどんなほしにもジャンプしていくことができるのに、あの青いほしにだけは行けないようなのです。あのいのちのほしには、おもさや時間がありました。きっとそのせいでいけないのです。
そのとき、一わの白いとりがやってきて、大きなりゅうのつのにとまりました。ラルフです。リリラとルルラは、もう一どせなかにのせてほしい、あの青いほしにつれていってほしいと伝えました。
ラルフはふたりにたずねました。
「あのほしがすきかい?」
ふたりはうなずきました。青いほしには、そらのせかいにはないものがたくさんありました。そらの色をうつしたうみはきれいでした。いのちのカタチはさまざまで、すべてはあたたかでした。ふたりは、あのほしで生きてみたいのです。
「君たちは、あのほしのひとびとにそらのしゅくふくをとどけた。それはカタチになって、あのとんがりあたまの屋根の上にのこっているよ。 君たちは、あいそのものだ」
ラルフが何をいっているのか、リリラとルルラにはよくわかりませんでした。
リリラとルルラが青いほしからかえってくるとき、ふたりはぬいぐるみをぬぎました。そういうルールだったからです。でも、人々をしゅくふくするきもちはのこりました。それははっきりとしたカタチをもって、とけい台の上からあのまちを見まもっています。
「青いほしには、そらのせかいにはないルールがある。ぬいぐるみになってれんしゅうしたね。
一ど自分のカラダをもったら、そらのせかいにかえってくるまで、長い長いたびをしなければいけない。それでも行きたいかい?」
リリラがうなずきました。リリラはやさしい人になって、悲しいこともつらいことも、丸ごとだきしめたいのです。
ルルラがうなずきました。ルルラはつよい人になって、悲しいことやつらいことをおわらせたいのです。
あの青いほしで、自分だけのカラダをもって、いのちのかんしょくを知りたいのです。
りゅうがほほえんで言いました。
「きみたちは、青いほしとたいようのまんなかで生まれた。一つだった光が二つになったとき、うちゅうのりゅうしがいしをやどして、いのちのなかみになったのさ」
リリラとルルラは、一つの光でした。そらのせかいで、ふたりはふたりでひとりです。だから、ことばがなくてもこまらないのです。
いま、リリラとルルラは、それぞれのねがいをもっています。だから、あの青いほしに行ったら、ふたりはべつべつのカラダをもつことになるのだと、ふたりにはわかりました。
たのしかったり、うれしかったり、つらかったり、苦しかったり、色んなきもちをかんじることができるでしょう。
笑ったり、泣いたり、いたかったり、くすぐったかったり、色んなけいけんをすることができるでしょう。
そして、いつかねがいがかなったら、ふたりは一つの光になって、天にかえってくるのです。
青いほしにいってみるかい、と、みちあんないの天使がもう一どたずねました。
リリラとルルラは、また会おうね、とやくそくをしました。
星のこども Hiroe. @utautubasa
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