時限爆弾

古野ジョン

時限爆弾

 七月六日、月曜日。俺は眠い目をこすりながら、ゆっくりと布団から起き上がった。俺の名は池田ハルト。高校二年生で、趣味は釣り。昨日もネットの知り合いと朝から海釣りに出かけていた。釣れたのをすぐ刺身にして食ったのは美味かったなあ。そんなことを考えながら、居間へと向かった。


 朝食を終え、学校に向かう。信号待ちの間に携帯でSNSを覗いていると、知り合いの投稿が流れてきた。

《タクさん、救急車で運ばれたらしい》

え?タクさんが?昨日一緒に釣りに行ったのに。心配だなあ。搬送された病院が分かるなら、そのうちお見舞いにでも行こうかな。


 そんなことを考えていると、後ろから元気な声がした。

「ハルト、おっはよー!!」

幼馴染のこのみだ。最近、通学路でよく会うなあ。

「おう、おはよ」

「えへへ」

このみは小学校から高校まで一緒で、まあ腐れ縁ってやつだ。付き合ってるわけじゃないけど、ただの友人というわけでもない。そんな感じだ。


 このみと喋りながら、学校に向けて歩いて行く。周りの同級生にひゅーひゅーと冷やかされるのも慣れてしまった。このみは「からかわないでよー!」などと大声で叫んでいるが。


 学校に着いた。授業までの間にスマホをいじくっていると、ある投稿が流れてきた。

《タクさん、クビキリムシの食中毒じゃないの?》

クビキリムシ?なんだそりゃ。俺はスマホのブラウザを開き、「クビキリムシ」と検索した。


【クビキリムシ】

魚類に寄生する寄生虫の一種。寄生された魚類を加熱せず食した場合、食中毒を起こすことがある。

症状は、胃炎、吐き気、発熱など。稀だが、最悪の場合アナフィラキシーショックで死に至る。


魚に潜む寄生虫??間違いなく昨日の海釣りのせいじゃないか!しかも、俺はタクさんの捌いた刺身を一緒に食べちまった。ってことは俺にも寄生しているのか?死ぬかもしれないっていう、寄生虫が……?なんだか、腹の中に時限爆弾を抱えている気分だ。


 「どしたの?顔青いよ」

すると、隣の席のこのみが声をかけてきた。

「いや、何でもないよ。ちょっと時限爆弾がね」

「え~、何それ~?」

このみはくすくすと笑っている。こっちは笑い事じゃないっつの。そんなこと気にせず、このみが更に話しかけてきた。

「そうだハルト、放課後暇?」

「ま、まあ暇だけど」

「じゃあさ、ちょっと一緒に来てくれない?」

「分かった」

「ほんと~?良かったー!!」

どうせ、カラオケかボウリングだろう。ここ最近、よく誘われていたからな。もっとも、釣りに行くためにほとんど断ってたけど。


 結局どうしたもんかと悩んだまま、授業の時間になった。まあ、さっきのサイトにも死ぬのは稀だと書いてあったし。それに、タクさんに症状が出ているのに未だに俺には症状が出ていない。きっと大丈夫のはず。まさか、死ぬかもしれないから早退させてくれなんて言えるわけもないしな。


 授業を受けている間、隣のこのみが紙切れを渡してきた。そこには「今度は顔赤いけど、大丈夫?」と書いてあった。え?と思い額に手を当てると、たしかにほんのり熱い。


 いやいや、まさか。でも、クビキリムシの症状には「発熱」と書かれていた。いやいやいや、違うはずだ。昨日は夏にしては涼しい日だったからな。潮風を浴びて夏風邪をひいたんだろう、そうに違いない。


 俺は「大丈夫、風邪ぎみなだけ」と書いた紙をこのみに渡した。大丈夫、大丈夫。心配そうな顔をするこのみに対し、俺はそういう素振りをした。そして自分にも、大丈夫だと言い聞かせた。


 何も起きないまま、昼休みになった。「ハルト―、大丈夫なの?」と聞いてくるこのみに対し、俺は「大丈夫だ」と答える。まあ、昼まで何もないなら本当に大丈夫だろう。するとこのみが、弁当箱を二個差し出してきた。

「ハルト、お弁当作ってきたよ!一緒に食べよ?」

「え?俺の分も?」

「そうだよ?頑張ったんだから」

弁当まで作ってくるなんて、珍しいな。折角なら……と思った瞬間、腹の中から何かが込み上げてきた。

「悪い、トイレ行ってくる!」

「あ、待ってよ!」

このみがそう叫ぶのも気にせず、一目散にトイレに走った。個室に入り、げーげーと胃の中のものを吐き出した。


 待てよ。クビキリムシの症状に「吐き気」っていうのもあったぞ。ってことは、やっぱり俺も……。いやいやいやいや、夏風邪の症状のひとつだろう。大丈夫だ、大丈夫。俺はそう言い聞かせながら、教室に戻った。すると何だかこのみがご立腹のようだった。でも、気にしている余裕はない。

「悪い、吐き気がするから弁当はパスだ」

「……折角作ってきたのに」

「すまん、放課後はちゃんと付き合うからさ」

結局、ぷりぷりと怒るこのみを宥めていたら昼休みが終わっていた。


 午後の授業の間も、額はほんのり熱く、若干の吐き気があった。夏風邪だろう、夏風邪。それにタクさんがクビキリムシの食中毒だと決まったわけじゃない。こういうのは心配し過ぎても良くないってもんだ。きっとそうだ。


 俺は何度も自分に言い聞かせる。もちろん、死ぬなんて思っていない。けど、万が一。そんな無駄なことをうだうだと考えているうちに、午後の授業は終わってしまった。


 何も起こらなかったなあ。そう思いながら、学校の裏でこのみと待ち合わせる。「からかわれるから、裏で待っててよ」とのことらしい。このみは掃除当番だから、それが終わるのを待っているというわけだ。


 しばらくすると、このみの声が聞こえた。「ハルト、お待たせー!!」という元気な声。お前、そんな大声出したら校舎の裏で待ち合わせる意味がないだろうが。ていうか、怒ってなかったのかよ。そんなことを思いながら、このみに手を振った。


 このみが「ハルト、あのね――」と言いかけたとき、俺の携帯が鳴った。

「悪い、ちょっと待ってくれ」と言い、俺は電話を取った。

「もしもし?」

「ああ、ハルトくん?俺だよ俺、タクだよ」

「ああ、タクさん!心配してましたよ」

どうやら命に別状はないようだな。そうだ、どうして救急車で運ばれたのか聞かないと。

「あの、どうして病院に?」

「いやあ、バイクでこけちゃってさあ!でも大丈夫、骨にも異常なかったし!」

良かった!クビキリムシじゃなかったんだ。じゃあきっと、この症状も夏風邪だったんだろう。安心感から、ついテンションが上がる。

「それは良かったです!また海釣りいきましょーねー!!」

大声でそう言って、俺は電話を切った。


 ふとこのみを見ると、なんだか暗い顔をしている。

「悪い、待たせたな。どうした?」

「……ハルト、私のこと好きじゃないんだ」

え?

「え?」

「最近遊びに誘っても断ってくるしさ。そんなに釣りが好き?」

「ちょ、ちょっと待てよ」

「今だってさ、『また海釣り行きましょうね』なんてさ。私のこと、遊びに誘ってくれたことないのに」

「それとこれとは話が」

「うるさい!!私のお弁当見て吐いたくせに!!!」

このみは大きな声を上げた。


 そうか、分かった。最近このみによく遊びに誘われるし、よく話しかけられる。このみは俺との関係を進展させたかったんだ。釣りばっかしていて気づかなかった。もともと小学校から一緒で、今でも同じクラス。俺だって、このみに何も思っていないわけではない。


 このみの気持ちに、向き合おう。そう思って、このみの方を向いた。

「このみ、すまなかった。今日はどうして呼び出したんだ?」

「……ハルトに、言いたいことがあるの」

「そうか」

俺はそう言ってこのみに歩み寄った。せめて、俺から言った方がいいよな。

「このみ、俺と付き合ってくれ。君のことが好きだ」

「……!」

このみは、静かに俺に抱き着いた。


「痛ッ!!!!」


 次の瞬間、俺は腹に激痛を覚えて倒れ込んだ。そういえば、「胃炎」も症状だった気がする……。まさかクビキリムシなのか、こんな時に……


「遅いよ、ハルト」


ふと見上げると、このみが俺を心配するでもなく立っている。その右手には、血染めの果物ナイフ。


まさか……


「時限爆弾、とっくに爆発してるよ」



【注】「クビキリムシ」は架空の寄生虫です。

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