第22話 11月22日「大人の日」
恥ずかしい事をしてしまった様に、人の目をどんどんと避けて、私は路地の奥深くへと侵入して行った。
何か焦げ臭い匂いのする路地ではあった。私は入った途端に感じたそれと、ドブの深くの様な色の水溜りが足元に広がり行く手を阻んでいる様に、何らかの過ちを犯したのだと自覚した。
後ろを振り返れば、もっと健全な匂いや音の流れと、目を多少痛めつけてしまうけどそれでも鮮やかさが愛おしくなる光達への道が存在している。
そんな風に、説明がそれほど難しくない道へと私はまだ戻る事が出来たのだけれど、きっとそれはとても恥ずかしい事なのだと勝手に決めつけていた。
足を一歩踏み出すと、思った以上に泥の感覚がした。
靴を汚さないといけないという覚悟を、軽くてこだわる必要の無い感覚として捨て去り、泥を強く踏み躙る。
代わりに、汚れる事で深い笑みが出せる強さみたいなものを得た気がした。けれどもそれは恐らく、とても身勝手なものだし、きっとタトゥーシールの様に何者にも成れないし何の証明にもならないものだと、そんな感じで分かった風にして、有耶無耶のまま思考を閉じた。
泥は靴の底にねっとりと粘着し、足を重たくさせる。
私は今朝、ブーツを履く事を選択した。それは雨が降ると予想していたからであって、とても私らしい選択だったと思う。そこには、泥を踏んでも大丈夫だからという理由など無くて、汚れる事を想像しなかった私の落ち度として決めつけた。
そう、常に私が悪くなる。けど、それで良い。そうして、悪者という荒い表面のサンドペーパーみたいなもので心を磨いてる気がした。そうやって輝くものだと、また勝手に決めつける。
私と同じ様にこの道を通った人達も、きっとそうやって泥を片付けてまた踏み躙りながら先へ進んだのだろうと、私は私に鼓舞してみたりする。
泥の重みが勇ましさを育ててくれている気がした。
私は、ポチャっと音を立てながら一歩ずつ進んで行く。ほんの気持ちばかりの高さで区切られた、スカスカな緑のフェンスを頼りに、実際に掴まりながら奥へと進んだ。建物沿いに這うそのフェンスと共に、見えてきた角を曲がった。
最早、何があるのかを知っている節もあった。けれども私は、その節に従わずにただ進んだのだ。それを確かめる為でも、先にあるものをただ見る為でもなく。進むという事に集中し尽くした。
私の前には、一台の室外機があった。それは動いているものだった。そして、その後ろでフェンスが壁へ向き、道を終結させている。
この壁も、フェンスの道も、室外機も、私に対して何かしらの意味を持つものだった訳では無い。
ただ、室外機までの道を作った者がいた、というだけだった。そしてその道は、私の為に用意されたものではない。
ただ、それだけの事だった。
まるで、大人になって行く若者の過程を示した道の様でもあるな、と、大人に戻った私は道を味わい終えた。
私はこんな風に、己の未熟な部分を掘り起こして、空気に触れさせる事が好きだ。それは女としてであり、人としてであり、大人としてであり。
そうしないと、いつか腐り始めるのでは無いか、と思っているから。
道を戻りながら靴底の泥を擦り落とし、泥沼を跳躍で飛び越えた。
何も成し得て居ない事、何の意味も無い事に何かを見出す必要も無い。ただ己らしく生きる事が、大人への第一歩だと知った日の事を思い出しながら、大人達が行き交う道へと私は戻った。
得られたものがあるとすれば、泥を見て、フォンダンショコラが食べたくなった位だ。
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