第19話 11月17日「レンコンの日」「将棋の日」
私は老夫婦を見送って、次なるお店へ足を早めた。
吉祥寺のアーケードは、私に夢の口を想起させる。そのまま覚ませないで欲しいという願いを聞き入れてくれる人を、私はまだ見つけられないでいる。建物裏の灰色からひょっこりとそれが出てきても違和感の無い、そんな空気が、あらゆる裏の口から呼吸の様に排出されている気がしてならないのである。だから、私は揚々としてアーケードの口に身を捧げる。
現に、路地毎に様々な匂いがするのだ。特に、甘いのと脂の優秀さが目立ち過ぎる点はご愛嬌の部類として。
入ってすぐのラウワンが、吉祥寺ランドお土産ショップとして今日も盛況な様子ではあるが、近隣の静けさがより際立つ様に灯台の様でもある。
私はしかし、そんな静かなものを覗く方が好きだ。
一目で何がどうなのかも分からない、そんな静けさに窪み切った所が好きなのだ。
漢方屋さんが、肌色の綺麗なレンコンを店先に紐で吊るしている。風鈴の様な尾鰭をつけており、その尾鰭には「この穴は未来を見通す」と、書かれていた。
きょろきょろとするレンコンの穴をすっと、私は覗いた。
すると先の淑女と紳士が遠くの方で歩いているのが見えた。
いつの間にあんな所まで、と奇怪な事はさておき、なるほど、と私はさっと穴から身を引いた。こちらが覗くという事は、未来もこちらを覗くという事でもあるから。
その時々を瞬きに任せ見ていると、思いがけないものに巡り会える。
将棋の、指しをした様な目の紳士がそこに居たのだから、レンコンの穴はまさにそうなのだろうと納得した。
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