思い出の彼と重なる人


「私はね、王太子妃となる身としてではなく、個人としてあなたとお話ししたいと思っていたの。それで今日はお時間をちょうだいしたわ」


 どこか言いにくそうに、それでいてこちらの様子を窺うように、ヴァイオレット様はそう仰いました。


 確かに扉を閉めて侍女の同席もなく人と過ごすということは、お城では珍しいことです。

 侍女がお茶を淹れてすぐに部屋から下がったのも、ヴァイオレット様の事前の指示があったからなのでしょう。


 スペアとして彼と共に過ごしていた時間にも、彼と二人きりだったというときはなかったように思い出されます。

 彼らは発言をしませんが、必ず侍女や侍従が側に控えておりました。


「あなたにも王太子妃のスペアではなく、それからそうね、同じ貴族令嬢という立場も忘れて、個人としてそのお気持ちを聞かせて欲しかったのよ。今日このお部屋で聞いたことは、誰にも口外しないことをお約束するわ。だからここでは本音を話してくれないかしら?」


「それは……」


 私はよく答えられなくなりました。

 今までヴァイオレット様と、いいえそもそも個人としての気持ちを聞かせて欲しいと願われたことが……そういえばありました。

 第二王子殿下だけは、たびたびそのようなことを仰ったからです。


『この世に生まれたときから、私たちはなにものでもないときを得られなかったけれど。人であるだけの私たちを忘れたくはないね、マリー』


『君はどう思った?スペアというのは一時忘れ、君が心のままに感じたことを聞かせて欲しい』


 もうお側で同じ言葉を耳にする日はないのでしょう。

 彼とヴァイオレット様はよく似ておられるのかもしれません。



 また胸の深いところがじくじくと痛みました。

 何か石でもあるような重さを感じますし、それでいて無数の小さな棘で刺し続けられているような鈍い痛みも続いています。


 身体の異変に意識を向けたせいでしょうか。

 全身が冷えていくように感じました。


 もしかすると私は病気なのでしょうか?



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