第716話 悪役令嬢、モフモフに沈む
“コンコンコン”
物静かな部屋の中に扉を叩く音が響く。ホーンラビットの体毛を中綿に使った柔らかくも暖かい布団の中で微睡に包まれていた私は、重い瞼をゆっくりと開き、訪れた朝に小さな欠伸で応える。
「おはようございます、ラビアナお嬢様。お目覚めになられていますでしょうか?」
閉じられた厚いカーテンから覗く薄明かり、“今朝も天気は良さそうですわ”と全身に魔力を纏い、掛け布団を剥いでベッドから起き上がる。
「えぇ、今起きたところよ、どうもありがとう。今朝も天気は良さそうね、動きやすい服を用意してくれるかしら」
“カチャリ”と扉を開き入室してきたコリアンダに声を掛け、カーテンの隙間から外を覗く。宿の前の健康広場には既に幾人かの人の姿、前世でも“お年寄りは総じて朝が早い”とは聞いていたものの、それは世界が変わっても変わらぬ真理というものなのかしらと苦笑する。
そんな私の背後ではコリアンダがベッドの上に何着かの衣装の組み合わせを並べている。以前はそれが当たり前と何の疑問にも思わなかったのだけれど、こうして改めてみると何でその事を不思議に思わなかったのかと自分の事ながら呆れてしまう。
今ではコリアンダのメイド服に仕込まれたマジックバッグに複数の着替えが仕舞われていたからだと知っているので、何もおかしな事はないのですけれど。
「ねぇコリアンダ、
ふと口を衝いて零れた言葉、言っておきながら自分でもなんとも情けないと思う弱々しい本音。
「そうでございますね、私から見てラビアナお嬢様はこれまでも十分に頑張ってこられていたと思います。
三年ほど前の事でしょうか、ラビアナお嬢様が私共バルーセン公爵家の使用人たちに闇属性魔力の使い方を教えて欲しいと仰られてきたのは。高位貴族家の者が早くにご自身の鑑定をなさり先天的に授かっている魔法適性を磨かれている事は公然の秘密ではありましたが、まさか公爵家の御令嬢であらせられるラビアナ様からそのようなお言葉を掛けられるとは。
あの時は一体何を血迷われたのかと家の者皆して心配したものでございます。
先代の旦那様からはラビアナお嬢様の要望は出来るだけ叶えるようにと申し付かっておりましたので、私共一同、全力でご要望に応えさせていただきました。
まさかバルーセン公爵家の暗部が学ぶ闇属性魔力の運用法の全てを習得なさってしまわれるとは思ってもみない事でございましたが。
ラビアナお嬢様はそればかりか淑女教育や貴族としての習いごと、積極的に社交の集まりにも参加されバルーセン公爵家の令嬢としての義務を果たされてきました。
まだ幼さを残していたお嬢様がバルーセン公爵家を筆頭とした貴族派と王家とを繋ぐ橋渡しとして第四王子アルデンティア様との関係を深めようと奔走なさっていた事、その後戦争によりお父上である先代の旦那様を亡くされてからも気丈に振る舞っておられた事、アルデンティア殿下との関係が離れていってしまってからもその事に塞ぎ込むのではなく己を磨く事に力を注がれていた事。
私共バルーセン公爵家の使用人たちは、そんなラビアナお嬢様を見守り続けてまいりました。
あの頃のどこか悲壮感すら漂う必死さで物事に取り組むラビアナお嬢様の姿は、見ているこちらの方が辛く感じる事もございました。
そんなお嬢様が変わられたのは王都学園に入学する少し前の事でしょうか、どこか吹っ切れたといいますか、抱えておられた重荷を下ろされたといいますか。
王都学園に御入学なさってからのラビアナお嬢様は、とても明るく年相応な御令嬢になられたと思います。
ラビアナ様の御心配も分かります、ですが兄上様であらせられる旦那様はラビアナ様が望まぬような道を勧めるような御方ではありません。
以前はそうではなかったのですが、戦争により先代様を失いバルーセン公爵家を引き継がれ思うところがあったのでしょう、すっかり人が変わられて。
ラビアナお嬢様・・・御心のままになさいませ。コリアンダはいつまでもラビアナお嬢様のお傍にお仕えいたします」
優しく微笑むコリアンダ、その瞳は慈愛に満ちた、とてもやさし気なもの。
「ありがとうコリアンダ、今までもこれからも、貴方は私の支え、よろしくお願いするわ。
ところでコリアンダ、先程の話の中で一度咳き込んでいたようだけど、どうかしたのかしら? 何やら
そう言い衣装を選ぶと、てきぱきと着替えを手伝い始めるコリアンダ。私は何処か釈然としないものを感じるも、私の事を思ってくれる頼もしいメイドに感謝しつつ、急ぎ着替えを済ませるのでした。
――――――――――
“タンッ、タンタンタンタンタンタンッ、バシンッ、タンタンタンタン”
「よし、そこまで。ラビアナ、動きが物凄くよくなっているぞ。切れがあり一つ一つの動作に流れがある。何と言っても魔力の動きがとても滑らかだ。王都学園でもこれ程魔力制御に長けた者はそうはいないだろう。
もともと闇属性魔力の運用は頭一つ飛び抜けていたからな、魔力を意識的に身体操作に組み込む事で剣の腕が格段に上達するのも納得だ。
そしてクルン、これまで無意識に行っていた魔力による身体強化を意識的に行う事でより繊細で精密な動きが出来るようになっている。やはり戦闘という一点においては獣狼族であるクルンに追い付くのは難しいという事だろう。
だが粗がなくなり正確性が増した分、逆に動きを読みやすくもなってしまった。ラビアナが身体能力に勝るクルンと打ち合うことが出来たのがその証拠だ。クルンの動きはその性格と一緒で実直で素直なところがあるからな。
魔獣相手の戦闘ならそれでもいいかもしれないが、人相手の戦いは騙し合いの連続だ。騙される方、油断した方が悪いというのが人との戦いだからな。
今後はそうした駆け引きも覚えていこう」
そう言い三角の耳をぺたんと下げシュンとするクルンの頭を優しく撫でるジミー。未だ顔はシュンとしているものの、クルンの機嫌がすっかり回復している事はぴんと立った耳とパタパタと振られる尻尾で丸わかりでしてよ?
私はちゃっかりジミーに甘えるクルンに呆れつつ、ジミーから掛けられた言葉を思い出し口元を緩ませる。
“自身の努力が正しく認められ正当に評価されること、存外に悪くありませんわね”
自分でも“チョロいな”とは思うものの、嬉しいと思ってしまったのだから仕方がない。評価を素直に受け取ることも成長に必要な事、
私は自分にそう言い聞かせ心の動揺を端に置く。
「この一月ラビアナ、クルン、ラビアンヌの魔力纏いと剣の指導をさせてもらった。“魔纏い”と“魔力纏い”の違いは魔法適性のある各種属性魔力を使うのかそれともそうした属性魔力以外の基礎魔力とも呼ぶべき魔力を使うかの違いだが、要するに魔力を使って寒さを防ぎ便利に生活しようというのがマルセル村の考え方だ。
三人がこの力を今後どう使って行くのかは三人の自由だが、無暗矢鱈に広める事だけは避けてほしい。“過ぎたる力は欲望を刺激し、世の中を混乱に導く”、これは様々な欲望に晒され辺境マルセル村に集まらざるを得なかった訳アリたちの共通の考えだからな。
マルセル村の者が“辺境の引き籠り”と呼ばれる所以がここにある、“のんびり平和に暮らせればそれでいい”、それがマルセル村の者たちの願いだからな。
さて、これからの事だが今日は三人のこれまでの頑張りを祝してちょっとした贈り物がある。少し移動するからついて来てくれ」
ジミーからの贈り物という言葉に途端機嫌のよくなるクルンとラビアンヌ、この二人は本当に素直というか分かり易いと言うか。
聞けばバルカン帝国の更に西、暗黒大陸に存在する魔国という国からやって来たのだとか。ジミーとは彼が暗黒大陸に武者修行に訪れた際にそれぞれかかわりを持ったとの事。
・・・ジミーってば今年十三歳でしたわよね? 話を聞けば十一歳の時に単身暗黒大陸に渡って一年半ほど戦いに明け暮れていたのだとか。と言うかそれはその年で既に単身武者修行に出る事の出来る程の実力を有していたという事。
ジミーってやっぱり子供の頃からおかしかったのですのね、現在の戦闘狂の姿も納得ですわ。
ボビー師匠の訓練場を後にして三人で向かった先、それはマルセル村に来た次の日に訪れたワイルドウッド男爵邸。思い出されるのは可愛らしい仕草をするフワフワとした毛並みのホーンラビットたち。抱き抱えると温かくてやわらかくて、腕の中で小さく鳴きながら首を傾げる姿が本当に・・・“ゾクッ”。
一瞬何か思い出してはいけない記憶が脳裏をよぎったような気がしたのは気のせい、そう、気のせいなのですわ。
私は何故か小刻みに震える右手を左手で掴み、徐々に近づくワイルドウッド男爵邸に向かい足を進めるのでした。
そこは一言で言えば天国でした。足下でピョコピョコ跳ねまわる天使のようなホーンラビットたち、駆け寄ってきて何か不思議そうにこちらを見詰めてから“クワ?”と首を傾げるイワトビペンギンちゃんたち、そんな彼らを優しく知性的な瞳で見つめる白い体毛のグラスウルフってもう駄目ですわ!!
イワトビペンギンってなんでこんな所にペンギンがいますの? 鷹の目コッコという魔物と言われてもどこをどう見てもイワトビペンギンにしか見えませんことよ? 陸上用に進化したのか足下が有名なチョコ〇みたいで走ることに特化していますけれども! それにあのグラスウルフ、絶対違いますわよね? フェンリルですわよね? とても凛々しい面立ちですけれども、背中の触り心地が最高でしたけども!!
そして極めつけが・・・。
「は~い、二列に並んでくださ~い。順番ですからね~、クマ子とクマ吉は逃げませんから、落ち着いてお待ちくださ~い」
「大森林の脅威、ゴールデンハニーベアだな。今日は王都のぬいぐるみ工房モフモフマミーの職人たちの慰安も兼ねた従魔体験会を開いていてな。
クルンとラビアンヌはワイルドウッド男爵邸で使用人見習いをしていたからケビンお兄ちゃんの従魔は何度も見たことがあっただろうけど、こうして触れ合う機会はなかったと思う。
大体俺たちは魔獣を戦う相手か共に戦う相棒くらいにしか思っていないからな。生活のあちこちに魔獣を取り入れている魔国でも愛玩動物として癒しを求めて可愛がるといった者は見たことがなかった。
“モフモフは正義”だったか、ぬいぐるみ工房モフモフマミーの考えとケビンお兄ちゃんの試みは形は違えど共通したところがあるんだ。
三人もこれまで頑張ってきた分心の疲れが溜まっているはずだ。今日は存分に癒されてきてくれ」
そう言いポンッと背中を押してくれるジミー、本当にこの男は何処までも・・・。私は心の中で“地味メガネのくせに~~~!!”と悪態を吐きながらも、ゴールデンハニーベアの究極の癒しに包まれるために、クマ子ちゃんの列に並ぶのでした。
あぁ、本当に本当に、赤いジャケットを着せてあげたい。これ、特注で作ったら着てくださいますかしら? 妄想が捗りますわ。
肝心のクマ子ちゃんはとってもフカフカで柔らかくてモコモコで、私の事を優しい瞳で見つめながら“グォッ”って声を掛けてくれて。
あれは“今までよく頑張ったね”って褒めてくださいましたのね? だってその後優しくナデナデしてくださいましたのよ? もう
溢れる涙が止まらなくなってしまったのは致し方のない事なのですわ。
だってクマ子ちゃんに癒された皆さん、全員号泣なさっているのですもの。これは生理現象なのですわ。一人一人交代のたびにゴールデンハニーベアたちにクリーンの魔法を掛けて下さっているスタッフさんには感謝なのですわ。
そう言えばクマ吉ちゃんに癒されているクルンの姿を見たぬいぐるみ工房モフモフマミーの方々が感極まったといった表情をなさっていたのは何故なのでしょう?
究極の癒しであるゴールデンハニーベアのクマ吉に癒されるケモ耳尻尾狼獣人娘のクルン・・・
これは至高、“尊い”という言葉の意味を改めて教えていただいた私はジミーの“贈り物”に感謝し、暫しの間同志たちと共にクルンとクマ吉の心の交流を温かく見守るのでした。
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