第715話 王都のぬいぐるみ職人、モフモフの里を訪れる
“ガタガタガタガタ”
大きな通りを馬車が走り抜ける。道行く人々は分厚い上着を羽織り、襟元にマフラーを巻いて寒さをしのぎつつ、肩を竦めながら去っていく。
そこは王都の街並みの外れ、一台の馬車がとある商会の店舗前で止まる。開いた扉、車内から降り立ったのは身なりのよい青年。
青年は商会店舗へと足を向ける。だがその扉には臨時休業の掛札と暫く店をお休みにする旨の申し書きが貼り付けられている。
“コンコンコン”
だが青年はそんな事はお構いなしに商会の扉を叩く。
「はい、どちら様でしょうか? 大変申し訳ありませんが当店はしばらくお休みさせていただくことになりまして」
「失礼、私はケビン・ワイルドウッド男爵。店主のポーラ・キムーラ氏と約束を取り付けているのだが」
“ガチャリッ”
開かれた扉、店内にはこの時を待っていたとばかりに身を正した従業員たち。
「ケビン・ワイルドウッド男爵様、ようこそぬいぐるみ工房モフモフマミーにおいで下さいました。お話は御使者の方よりお伺いしております、このような素晴らしい機会をいただき、ぬいぐるみ作製に携わる者としてどうお礼の言葉を述べて良いか」
そう言い店主ポーラ・キムーラは深々と頭を下げる。従業員たちはそんなポーラに倣うように、一斉に頭を下げる。
「頭をあげていただきたい、ポーラ殿。従業員の皆も顔を上げ私の話を聞いて欲しい」
ワイルドウッド男爵の言葉に、顔を上げ視線を向ける一同。
「私がここぬいぐるみ工房モフモフマミーに足を運ぶようになって一年半になるか、その間皆は私の無茶な要求に応え素晴らしいぬいぐるみたちを提供してくれた」
ワイルドウッド男爵は視線を商品棚に向け、一体のぬいぐるみを手に取る。それは今年の大ヒット商品であるモフモフマミー一押しの鷹の目コッコのぬいぐるみ。
「この鷹の目コッコにしてもそうだが、モフモフマミーのぬいぐるみたちはマルセル村のお土産として観光客から高い支持を得ており、今や土産物店“ポンポコ山のお店屋さん”の主力商品と言ってもいい。
ホーンラビット伯爵領の観光産業において、ぬいぐるみ工房モフモフマミーの果たした役割は非常に大きいと言えるだろう。
今回のマルセル村従魔見学会は、そんな君たちに更なる飛躍を齎す起爆剤になると確信している。
どうかマルセル村の従魔を心行くまで堪能し、新たな力に変えていただきたい。
それと事前に伝えてあった事だが、今回の従魔見学会で見聞きした事を外部に伝える事は固く禁止する。これはたとえ家族であっても同様だ、情報が漏れたと分かった時点で、ホーンラビット伯爵家並びにその旗下である我々はぬいぐるみ工房モフモフマミーから敵対行動を起こされたと判断し厳重に対処させていただくのでそのつもりでいて欲しい。
現時点で自分に自信がないものは参加を辞退して欲しい。これは決して悪い事ではない、むしろ褒められるべき行動であると理解して欲しい」
ワイルドウッド男爵はそこで言葉を切り、その場の者たちの目を見つめる。そこには職人としての矜持と新たな出会いに対する期待を含んだ真剣な光を宿す者たちの姿があった。
「よし、では一人ずつ馬車に乗り込んでくれ。この馬車は特別製で空間拡張の魔法が施してある。全員が乗り込んでも狭いなどという事はない。
詳しい事は中で待機している使用人に聞いて欲しい」
ワイルドウッド男爵の言葉に、それぞれ荷物を持ち店舗前の馬車に乗り込んでいくぬいぐるみ工房モフモフマミーの従業員たち。
「それではワイルドウッド男爵様、どうぞよろしくお願いします」
最後に店舗扉の鍵を閉め真っ暗な空間の広がる馬車に乗り込んでいく店主ポーラ・キムーラ。ケビン・ワイルドウッド男爵はその後ろ姿を見送ると、自身も何の変哲もない内装に変わった馬車に乗り込み、その場を後にするのだった。
―――――――――
そこは不思議な場所であった。地面も空も、周囲一帯が真っ暗な暗闇のような空間。所々に光るコケの生えた岩が置かれ、この場が広場のような場所であると教えてくれる。
そしてそんな広場には一軒の二階建ての屋敷が佇み、室内からは煌々と光る魔道具の明かりが漏れている。
「はじめまして、ワイルドウッド男爵家別邸へようこそ。私はワイルドウッド男爵家の使用人をしております月影と申します。
皆様がマルセル村に到着するまでのしばらくのお時間、私共使用人がお世話をさせていただきます。分からない事、お困りごとがございましたら遠慮なくお声掛け頂ければと存じます。
先ずはお茶のご用意がございますので、屋敷の中へお進みください」
丁寧な一礼と共に迎え入れられた屋敷、ポーラたちは互いに顔を見合わせるも、言われた通り玄関から屋敷へと入っていくのだった。
““クワックワックワ~””
通された部屋は屋敷一階の広い居間、大きな長テーブルが用意され、それぞれの席に軽食のような物が小皿に盛られ準備されている。
部屋の脇にそれぞれの荷物を置き席に着いた彼らは、そこでギョッとし動きを固める事となってしまった。
“カチャッ、カチャッ、カチャッ”
それぞれの前に差し出される温かい湯気を上げるティーカップ、それを配膳してくれる白く長い髪を頭に束ねた美しい面立ちをしたドラゴン。
揃いのシャツにオーバーオールといった所謂農夫のような恰好をした彼女達は、その大きな見た目とは裏腹に丁寧であり静かな所作でティーカップを配膳していく。
「あの、月影さん、すみませんが彼女達は・・・」
いち早く我に返ったのは、店主であるポーラであった。
「はい、彼女達はワイルドウッド男爵家の従業員でキャロルとマッシュ。春先から秋にかけては畑仕事に精を出してくれている魔物達です。
マルセル村にはこうした仕事に従事する魔物たちが多く暮らしています。
ですが今は農閑期、冬場の冬眠の時期という事もあり一部の魔物たちは眠りに就いていますが、比較的元気な個体もいますのでそうした者たちをご紹介できればと思います」
そう言い一礼をする月影、だがその間もモフモフマミーの従業員たちの目はキャロルとマッシュから離れる事はない。
「あ、あの、すみません。キャロルさんとマッシュさんに触れさせていただく事は可能でしょうか!!」
それは一人の職人から発せられた言葉。月影は二体の魔物に目を向けると、「本人たちが嫌がらない程度であれば」と言葉を返す。
「あっ、柔らかい。お肌もスベスベしていて気持ちいい。それに冷たいって事もないんですね、どちらかと言えば冷え性の私よりも温かいって感じで」
“クワックワッ、ムギュ”
おっかなびっくりといった様子でキャロルの手に触れる職人、その様子を優しげな瞳で見つめていたキャロルは“フフフ、くすぐったい”と言ったかと思うや、大きく手を広げ職人を優しく包み込む。
“クワックワ~”
“どう、温かいでしょう?”と言葉を掛けるキャロル。抱き締められた職人は初めこそびっくりしたものの、「えへへへ、温か~い」と嬉しげに笑い抱き付き返す。
“ガタガタガタ”
「すみません、私もお願いしていいでしょうか!!」
「俺も是非、握手だけでもいいんで!!」
職人の探求心は止まらない。ぬいぐるみ工房モフモフマミーの従業員たちと魔物達との交流は、彼らがマルセル村に到着するまで“ガチャリ”「モフモフマミーの皆、お待たせして悪かった。マルセル村に到着した。荷物はその場に置いたまま、屋敷の外に出てもらいたい」・・・。
ケビン・ワイルドウッド男爵による終了の合図が、無情にも室内に響き渡る。キャロルとマッシュの周りに集まっていた職人たちがその場に崩れ落ちてしまった事は、致し方のない事なのであった。
「ウッ、寒い。ってエッ!?」
ケビン・ワイルドウッド男爵に促され、しぶしぶ屋敷の玄関に向かったぬいぐるみ工房モフモフマミーの従業員たち。だが店主のポーラ・キムーラをはじめとした彼らは、大きく開かれた玄関扉の先に広がる光景に呆然と口を開いたまま固まる事となる。
“““ビョコン、ピョコン、ピョコン、キュキュ?”””
“““““クワックワックワックワ~~~”””””
そこに広がるのはよく整備された広大な畑。そんな畑の前でピョコピョコ跳ねまわり可愛らしい仕草を見せる何体ものホーンラビットたち。そして畑の中を元気よく駆け回る鷹の目コッコたち。
“““““グルルル、アォーーーーーン”””””
そして畑の周りには何体もの白い体毛のグラスウルフたちが取り囲み、彼らの事を見守っている。
「キャ~~~、可愛い~~~、モフモフさんがあんなに一杯♪ って違う違う。
ワイルドウッド男爵様、ここは一体どこなんですか!? 私たちは一体・・・」
「ん? 先ほども言ったはずだが? マルセル村に到着したと。ここは我がワイルドウッド男爵家の敷地となる。
以前も話した事があるかもしれないが、我々ホーンラビット伯爵家に仕えるホーンラビット伯爵家騎士団の者は基本的に農兵でね、農繁期は畑に出て鍬を振るうのが通例となっている。この畑は我が家が管理する畑だな。
それとこの場は王都ではない故、言葉遣いと雰囲気を崩させてもらおう」
ケビン・ワイルドウッド男爵がふと力を抜く、すると途端男爵から発せられていた重圧が消え、緩い空気が周囲に広がる。
「いや~、どうもどうも、毎度おなじみ薬屋のケビンです。変装なんか一切してないんですけどね、違いと言えば服装と話し方と身に纏う雰囲気だけ、でも結構分からないものでしょう?」
そう言いあっけらかんと言葉を掛けるのは、いつも納品分のぬいぐるみを受け取りに来るワイルドウッド男爵家の使いのケビン君。
「えっ? ケビン君? それでワイルドウッド男爵様で・・・えっ?」
「あ~、本人です本人。どちらかと言えばさっきまでがお貴族様を演じているって感じですかね、元々俺って農家の小倅ですしね。
それでここがどこかと言えば先ほども言った通りホーンラビット伯爵領マルセル村です。“辺境の最果て”、“貴族令嬢の幽閉地”、“蛮族の里”でおなじみのマルセル村で間違いありません。
どうやってここに辿り着いたのかと聞かれれば魔法とスキルとしか。詳しくは秘密です」
そう言いどうだとばかりに胸を張るケビンに、頭を抱えるポーラ。
「まぁまぁ、難しい事は横に置いておいて、今は我が家のモフモフな従業員たちを堪能してください。
それに今日は特別にとっておきの魔獣にお越しいただいているんですよ。ブー太郎、クマ子とクマ吉を連れて来てくれ」
““ノッソ、ノッソ、ノッソ、ノッソ””
ケビンが玄関の外に声を掛ける、すると畑脇の小屋の裏から長身の偉丈夫に連れられた二体の魔獣が姿を現すのだった。
「ゴールデンハニーベア、“生けるぬいぐるみ”として高位冒険者たちに畏れられる大森林の脅威です。この魔物たちの何が怖ろしいかと言えばその見た目ですね。つぶらな瞳、ちょこんとついた丸い耳、モコモコとした金色の体毛。キラービーの巣を襲って蜂蜜を食べる姿は愛らしいの一言、やっている事のとんでもなさとの落差が甚だしい。
高位冒険者ですらついついその見た目に釣られて警戒心を解き抱きしめたくなる究極の愛らしさ、それがゴールデンハニーベア最大の恐ろしさなんです。
だって相手はこんな見た目ですが大魔境に生息できるほどの魔獣ですからね、その太い前足で吹き飛ばされた日には即死は免れない程の力を持ってますから。
ですが本日はマルセル村ご来村記念といたしまして、“ゴールデンハニーベアと抱っこ”という企画をご用意いたしました。二列になってクマ子とクマ吉、それぞれの前にお並び下さい」
彼らは王都の老舗ぬいぐるみ工房の職人である。ぬいぐるみを愛し、ぬいぐるみに全てを捧げた殉教者である。
彼らの動きは早かった。暗闇の馬車に乗り込んだ先に佇んでいた屋敷、棒パンが焼ける時間よりも早く辺境の地にやって来た常識外れの魔法とスキル、そんなものは“生けるぬいぐるみ”と呼ばれるゴールデンハニーベアとの抱っこの前では些事であった。
「それでは一人ずつ、優しく抱き付いて下さいね。あまり無理強いをすると嫌われてしまいますからね」
鼻と口元がオークに似た男性の案内の下、恐々とゴールデンハニーベアに抱き付いて行くポーラ。
“グワ?”
向けられたつぶらな瞳、掛けられた優しい声、そっと包み込むように抱き締められ、全身がモコモコの体毛に包まれて行く。
“私、死ぬの? 今日死んじゃうの? ここって天国なの? でももう死んじゃってもいい~~”
胸の奥から広がる暖かな幸福感、その思いは溢れる涙となって零れ落ちる。
“グワ~、トン、トン”
モコモコの大きな手が、優しく背中を叩く。それは幼い頃、母があやしてくれた時の懐かしの思い出。
“ポーラ、ぬいぐるみはね、全ての人を笑顔にしてくれるんだよ? だからぬいぐるみの縫製を行う時は、そのぬいぐるみに真剣に向き合って一針一針思いを込めて縫い付けなければいけないの。
この世には一つとして同じぬいぐるみはないの。全てが違う、全てが大切なお友達なのよ?”
「お母さん・・・」
“ギュッ”
ぬいぐるみ工房モフモフマミー四代目店主ポーラ・キムーラ。彼女はこれまでの人生をぬいぐるみに捧げ続けてきて本当によかったと、ぬいぐるみの世界に引き合わせてくれた亡き母に感謝し、生きている事の幸せを全身で感じ続けるのであった。
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