第6話 転生勇者、修行する

「おはようございます!」

村の朝は早い。朝飯前と言う言葉があるが、村人は早朝そうちょう日が昇る前には起き出して薄明かりの中畑に出掛け、草むしりや農作物の手入れ、畑周辺の状態管理等を行う。田舎暮らしは街の人間が考えるよりも遥かにやることが多いのだ。


だがそれはある程度の村での話し、ここ辺境では更に魔物や野生動物への警戒が加わる。忙しい、危険、娯楽がない。村の若者が刺激を求め都会に出て行ってしまうのは致し方がない事なのだろう。


そんな若者達が都会に出て行ってもやって行ける様に、道中魔物に襲われて儚く散る事がないように。その祈りにも似た思いは、“村の安全の為”と言う大義名分を付け加える形でとある事業へと昇華した。元冒険者の招聘である。


怪我や加齢等様々な理由で第一線を退いた元冒険者達は、冒険者ギルドの斡旋や現役時代のつてによりこうした辺境などで指導者として余生を送る者も少なくない。そしてこの辺境の村でも一人の元冒険者が長年村の若者達の行く末を応援し続けて来ていた。


「おぉ、トーマスさんにジェイク君ではないか。こんなに朝早くからどうしたのかな?」

朝の畑仕事を終え、日課の鍛練を行う筋骨隆々の老人、村の守護神元冒険者のボビー師匠。そのまま現役でも通用しそうな覇気を纏う彼であるが、それでも歳には勝てないと言うのだから冒険者と言う仕事がどれ程過酷なものなのかが伺い知れるだろう。


「やぁボビーさん、昨日はお疲れ様でした。今日伺ったのはうちのジェイクの事でして。さ、ジェイク、自分から話してご覧」


トーマスはボビー師匠に軽く挨拶をすると、後ろに控えていた息子ジェイクに話を促した。

ジェイクは手に貰ったばかりの宝剣(木刀)を携え、ボビー老人の目を真っ直ぐに見詰めハッキリと宣言した。


「ボビーお爺さん、いえ、ボビー師匠!僕に剣を教えてください!僕は最強の勇者になるんです!」


力強い声音、その言葉にボビー老人は少年の父トーマスの顔を見やる。“もしかしてジェイク君はアレなのか?”と。

視線を向けられたトーマスはゆっくりと頷いた。そして生暖かい視線を息子ジェイクに向けるのだった。


「儂の修行は厳しいぞ、決して投げ出さないと誓えるかな?」

「はい、決して投げ出しません!」

「修行内容は地味な作業の繰り返し、必殺技の様な派手なものはないが、それでも良いのか?」

「元より覚悟の上、この身に宿ってこその剣技、生き抜いてこその武術、そこに虚栄は必要ありません!」


ボビー老人は思った、“こやつ、<真性>だ”と。

子供の頃に罹る勇者病には大まかに分けて二種類の症状があると言われている。物語や噂話の冒険譚に憧れ、派手な技を出し大活躍する全能の自分を夢想する“お花畑思考”と、強い自分を夢見て日夜鍛練を行う事でいずれ至るであろう最強の姿を幻視する“俺様最強思考”。

前者は挫折しやすく飽きやすい。ちょっとした訓練でもすぐに弱音を吐くが、変に自尊心ばかりが高く扱いが難しい。

後者は只管に自分を追い込み易く、痛みや苦しみを自身が強くなっている証拠と勘違いし、誤った鍛練により成長を阻害してしまう危険性がある。ただし弱音は吐かず言われた事は黙々と熟すため、指導者の導き次第では大きく化ける可能性がある。

それらの特徴から、前者を<仮性>、後者を<真性>と呼んだりする。


ジェイク君の症状は紛れもなく真性のそれ。スライムを強敵と呼んだり“敵と書いて友と読む”的発言を行うのはその典型的症状である。因みにケビン君の父ヘンリーは完全な真性であった事をここに明記しておこう。トーマス曰く、“奴の黒歴史は最高だ”だそうである。


「うむ、良い目だ。決意は本物の様だな。では今日より鍛練に加わりなさい。

だがまだまだ身体が出来上がっていない内からその木刀を振っていては変な癖がついてしまうな。その剣は今は封印だ。

今は雌伏の時、いずれその力を発揮する時が来る、その時まではワシが用意する鍛練用の木刀を使う様に、よいな?」

「はい、ありがとうございます、ボビー師匠!」


元気よく返事を返すジェイク君。“勇者病”の子供にはいかにもな台詞を使う必要がある為、師匠役はかなり恥ずかしい。

二人の様子を窺うトーマスは肩をプルプル震わせ崩壊しそうな腹筋を必死に堪えていた。

ボビー老人は“トーマスの奴に後で絶対酒を奢らさせる”と固く決心するのだった。


「ジェイク君、その調子。昨日より格段に振りが良くなっているよ。飲み込みが早いんだね。」


そう誉めてくれる兄弟子(ジミー君)に気を良くするジェイク。

ジェイクは早速ボビー師匠から渡された木刀を振るいその握り心地を確めた際、あることに気が付いた。“昨日の得物(木の枝)よりも遥かに扱いやすい”と。

そして何度か木刀で素振りをする中で、自分の中から振り方に違和感を感じる様になっていった。

それはまるで剣術の指導をされているかの様な感覚。その違和感に気が付いたジェイクはあえて鍛練場の端に落ちている手頃な木の枝を拾い振ってみる。

しかしてその振りは昨日のものと何ら変わらない。この違いは一体何なのか?


そこでハッと思い出す。昨日初めて見た自身のステータス、そのスキル欄に記載された自身のスキル、<剣術>の存在を。

もしかして木の枝は剣術スキルの補正対象外って事?木刀は剣の扱いだからスキル補正が働いたとか?


「どうしたのジェイク君、大丈夫?」

“何てこったい”、初めて気が付くスキルの真実に、両手両膝を地面に付いてガックリ項垂れるジェイクなのでありました。



――――――――――


昨夜のホーンラビット、最高でございました。しかもですよ、これからあのお肉様が定期的に頂ける、どう考えても天国でございます。マジでこの世界、いや、この村のお肉事情は悲惨だからな~。


世の中には冒険者が沢山おられる城壁都市と言う所がございまして、そこでは日々魔物退治に活躍される冒険者の方々のお陰でお肉様が潤沢に流通しているとか。

しかも魔物肉ばかりか豊富な魔物素材のお陰で経済が活性化、様々な商品が流通し珍しい香辛料や調味料の数々、多種多様な魔道具なるものも在るとか(元冒険者のお爺さん情報)。そこに比べたら我が村の食糧事情はねぇ。


でもそんな欲望都市は魔物よりも人間の方が怖いとか何とか。うん、人酔いしそうだし田舎者丸出しの俺なんかその日の内に貧民街行きだね、絶対に行きたくありません。


これまで辺境の村生活においていかにタンパク質を確保するのかは第一級課題であったんですが、それが解消されそうと言う事態は歓迎以外の何物でもありません。


一応自分なりに解決策は模索していたんですよ?この村でいかに安全にタンパク源を確保するのか。そのアイデアは元冒険者のお爺さんからもたらされたんですが、これがね~。

お爺さん曰く、“登録したての初級冒険者は基本貧乏である。その為干し肉の代わりに乾燥させたビッグワームを持ち歩いている”と。


ビッグワーム、ようは蛇みたいな極太のミミズである。こいつらは森の落ち葉の下なんかにいる魔物、条件次第では大人の腕くらいに太く大きくなることもあるらしいが基本無害。スライムと同じ森のお掃除屋さんである。

冒険者達が森で魔物退治をしても森が死体だらけにならないのはこのビッグワームとスライムのお陰、この世界の下支えをしてくれる有りがたい存在である。


で、こいつらの肉は基本臭い。耐えられない程ではないけどクサヤの干物と同等と言えば分かる人には分かるだろう。食材としてはあまり好まれるモノではない。

元冒険者のお爺さんはたまに昔を懐かしんで酒の肴に食べているらしいけど。


まぁこいつらがなんで臭いのかはその食性に原因がありそうなんだけどね。スライムと一緒で本当に何でも食べるから。

生きてるモノに襲い掛かることはないけど、魔物の死体なんかはある程度腐り始めたら劇マズで知られるゴブリンであっても食べちゃうと言う優秀さ。


このゴブリンと言う魔物も自らの身体を激マズにすることで他の魔物に襲われない様に進化した不思議生物である。使用用途は畑の周りに撒いて猪避けにするくらいしかないと言う臭い、不味い、利用価値がないと言う冒険者にとっては最悪の魔物である。


話は逸れたがそんな悪食故の不味さなら餌を変えてみたら味が変わるんではないだろうかと思いましてね、色々試して見たんですよ。

方法は父親に頼んで桶をゲット、そこに土と餌となるものを投入して一週間ほど様子を見ると言うシンプルなもの。様々な簡単に手に入り易いもので試した結果、今のところ“癒し草”が一番ましかと。まだまだ臭みは残るものの、食べれるレベルにはなってきたかな?ってくらい。

ホーンラビットのお肉様が手に入る今、既に必要のない研究ではあるんですが、世の中何があるのか分かりませんからね。


本日から始める餌の検証は、昨日手に入れましたスライムのご遺体でございます。発想はドジョウの泥抜き、あれも水を何度も替えて泥を吐かせるんだよな~。ミミズはそんなことをしたら死んじゃうので、ほぼ水分のスライムさんを食していただいて臭みが取れないものかと。

暫くビッグワーム(デカミミズ)から目が離せませんな~。


そんな未来の為の肉活をしているとシュンとした顔のエミリーちゃんを発見、「お~い、エミリーちゃんどうしたの?」


「う、ケビンお兄ちゃん、ウエエエエン」

俺の顔を見るなり行き成り泣き出す幼女、俺何も悪さしてませんからね?ミミズを弄ってるだろう?彼らは桶の中で大人しくしてますから、姿は見えませんから!

なんとか宥めて話を聞くと、どうやら一昨日の件でジェイク君に謝りたい事があったらしい。

あの木登りジェイク君、実は木の上に引っ掛かっていたエミリーちゃんのハンカチを取るために頑張ったらしい。


「あのね、干してあったエミリーのハンカチを鳥さんが持っていっちゃって、ジェイク君が追い掛けて石を投げたんだけどその時鳥さんが木の枝に落としちゃって、ジェイク君が俺に任せろって。

そうしたらあんな事になっちゃって、エミリーすぐに謝ろうと思ったんだけど昨日ジェイク君が来た時にどうしていいのか分からなくなっちゃって、顔が見れなくて謝れなかったの。だから今日こそは謝ろうとしたんだけどジェイク君いなくって」

そう言いまたシュンとした顔になるエミリーちゃん。


「う~ん、多分ジェイク君、ボビーお爺さんの所にいると思うんだけど、剣術の修行中とか言って話を聞かないと思うんだよね。どうしたもんか」


「えっ、ジェイク君ボビーお爺さんの所で剣術の練習を始めたの?それじゃこれから遊んで貰えないの?」

再び目に涙を溜め泣きそうになるエミリーちゃん。


「落ち着いて、冷静になろう。はい息を吸って~、吐いて~、吸って~、吐いて~。

で、エミリーちゃんはジェイク君と一緒に居たいんだよね?それは別にエミリーちゃんのやりたい事じゃなくても大丈夫かな?」

俺の問いにコクリと頷くエミリーちゃん。


「だったらミランダお母さんにお願いしてエミリーちゃんもボビーお爺さんの所で剣術の練習をしたらどうかな?

どのみち十歳になったらやるんだから、みんなと一緒にいたいって理由でも教えてくれると思うよ?」

そう言うとパッと笑顔を浮かべるエミリーちゃん。


「ケビンお兄ちゃんありがとー!」

そう言葉を残し元気に走り出すエミリーちゃんなのでありました。

六歳にして剣術にのめり込む児童が三人、果たして彼らの未来はいかに。そんな事より今はお肉様の未来の為に研究だ~。

自分の欲望に一直線、常に我が道を行くケビン君なのでありました。

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