転生勇者の三軒隣んちの俺

@aozora

第一章 こんにちは、転生勇者様

第1話 ご近所さんは転生勇者

「ただいま~」


木製の扉を開いて台所で家事をする母親に声を掛ける。窯の方からは胃袋を刺激するいい匂いが漂う、今日の夕飯は肉入りスープか?ちょっと贅沢だぞおい。

俺は思わずガッツポーズを取った。


「お帰りなさい、遅かったわね。夕飯にするから手を洗ってらっしゃい。ついでにお父さんとジミーに声を掛けてくれる?」

「ハーイ♪」


ご飯、ご飯、今日は贅沢肉入りスープ♪

俺の心の中はすでにお祭り騒ぎ、肉なんて先月食べたっきり、身体作りに必要なタンパク質の補給は何処に行ったと言いたいくらい。


まぁこの村でそんな事を考えてる奴なんて俺くらいなんですけどね。まだ八歳のこの身体じゃ狩猟なんて出来ませんし、精々ネズミやモグラを取る罠を仕掛けるくらい?それでも中々捕まらないからな~。本当に切実ですわ~。


「お父さん、お母さんがご飯だって」

「おう、もうそんな時間か、ありがとうよ」


農具の手入れをしていた父親が椅子から立ち上がり、その大きなてのひらで俺の髪の毛をくしゃくしゃと撫でまわしてくる。いつ見てもデカイ父親である。この厳つい父親がどうやっておっとりした母親を捕まえたのかがいまだに謎なんだが。


「ジミー、ご飯だって、お母さんが呼んでるよ」

「ありがとうお兄ちゃん、今行くね」


弟のジミーは父親似で成長が早いのか、すでに俺より大きい。最近は村はずれの元冒険者の爺さんに剣術を教わると言って棒を振り回しているくらいだ。

でも弟よ、お前はまだ六歳なんだぞ?なぜにそんなに生き急ぐ。もっとのんびり虫取りとか追い掛けっことか色んな遊びもあるだろうに。


「それでは頂こう。日々の恵みに感謝を」

「「「日々の恵みに感謝を」」」


俺たち農家は信仰心が強い。何と言っても天候一つで村の暮らしが立ち行かなくなるんだから神頼みもしたくなる。それに町場と違って森も深いから大型の獣や魔獣と呼ばれる害獣が来る危険性もある。

俺が生まれてから今までそう言った事を目にした事は無いけど、村はずれの畑が荒らされるなんてことは割とあるから油断は出来ない。

村はずれの爺さんもそのために住み着いてるんだが、いかんせん歳だからな~。いくら元冒険者と言っても歳には勝てんわな。


だから弟のジミーが剣術の稽古をする事は両親共に賛成ではあるんだが、ジミーの奴冒険者の話を聞く時瞳をキラキラさせてるからな~。あれ絶対将来冒険者になるとか言い出しかねんぞ。その辺この親共はどう考えてるんだろうか。

そんな事より今は肉だ肉。あぁ、この口内にジュワッと広がるタンパク質の甘みと旨味。グルタミン酸ありがとう、友よ、再び出会えてうれしいよ。


「そう言えばケビン、母さんから聞いたんだが今日帰りが遅かったみたいじゃないか、何かあったのか?」


俺が肉の旨味に賛辞を送っていると父親が話し掛けて来た。

そうそうケビンってのは俺の事ね。苗字?そんなお貴族様じゃあるまいしある訳ないじゃん。ヘンリーさんちのケビン君、それが俺です。で、ヘンリーさんってのが親父殿ですね、母親がメアリー、これテストで出るからよく覚えておくように。


「あのね、トーマスさんちのジェイク君が木登りしてたら落っこちちゃったみたいで。ミランダさんちのエミリーちゃんが大声で泣いてたから何かと思って行ってみたらジェイク君が倒れてたんだ。

それで大急ぎでトーマスさんちに行ったりエミリーちゃんを宥めたりとかしてたら遅くなっちゃったの」


俺の拙い話に驚く両親。ジミーはまだよく分かってないみたいだな。


「それでジェイク君はどうなったの?目は覚ましたの?」


心配そうな顔で聞いてくる母親、いや、俺に聞かれましてもね~。


「よく分かんない。マリアおばさんが何か大騒ぎしてたけど、僕がいても邪魔だと思って帰って来ちゃったから」


俺は首を横に振って”分かりませ~ん”と言ったジェスチャーを加える。これ以上情報はないんでしつこく聞かないでね、俺の意識は肉スープ一色なのよ。


「そうか、それは心配だな。よし、後で俺がトーマスの家に行って来る。メアリーは子供たちの事を頼む」

「そうね、それだったらこの干し肉を持って行ってあげて。多分マリアさんも家事に手が回らないだろうから」


なに、干し肉ですと!?ちょっとお母様、なに大盤振る舞いしちゃってるんですか、そんな貴重なもの我が家でもめったに食せないんですぞ!


「そうだな、今は少しでも栄養を付けた方がいい。悪いが貰っていくとしよう。お前たちは母さんの言う事をよく聞いて、大人しくしてるんだぞ?」

「は~い!」


無邪気に元気の良い返事をするジミー。そんな弟を見ながら作り笑いを浮かべる俺氏。そんな俺の顔を見て優しい笑みを浮かべ髪の毛をくしゃくしゃと撫でる父親。

違うんですお父様、俺は別に寂しいのを我慢しているんじゃないんです。干し肉が、貴重なタンパク源が~。

その夜俺が一人枕を濡らしたのは言うまでもありません。(T T)


――――――――――――


痛い。

痛む頭を押さえて目を覚ます。寝ぼけているのか今の状況がよく分からない。取り敢えず枕元にあるスマホに手を伸ばす。


“ガサガサ”

あれ?スマホがない。

辺りは薄暗く月明かりが射し込んでいる。僕は身体を起こし、周囲を見渡す。


あれ?ここって一体。何で僕はベッドで寝てるんだ?ウチは畳敷きに布団のはずじゃ・・・。ん?畳ってなんだ?そう言えばさっき探してたスマホって・・・。


“ズキンッ”

う~、頭が痛い。取り敢えず寝よう。頭を触ったらたんこぶできてたし、どうも何かにぶつけたみたいだし。

僕は再びベッドにもぐりこむのでした。


う~ん、よく寝た。僕はベッドから起き上がり窓辺の木戸を開く。日の光が射し込み新鮮な空気が部屋の中に入り込む。

昨日痛かったたんこぶを触るとどうやら大分小さくなっているみたい。頭がズキズキする事もないし。


“コンコンコン”

扉をノックする音が聞こえる。僕は反射的に「はーい」と返事をした。


“ガチャ”

「ジェイク、気が付いたのね!?あぁ、ジェイク、私の可愛い坊や。本当に心配したのよ?痛いところはない?」


扉を開いて飛び込んで来たのは綺麗な女性、えっと・・・、あ、お母さんだ。


「お母さん苦しいよ~」

「あ、ごめんなさい。それでどこも悪くはないの?」


「たんこぶが出来ててちょっと痛い」

「あら本当、見せてご覧なさい。“大いなる神の慈悲を我が手に、プチヒール”」


お母さんが頭に手を当てて呪文を唱える、何か暖かい感じがして気持ちがいい。


「あれ?痛くない」

「そう、良かった。本当に心配したんだから。もう勝手に木登りしたら駄目ですからね?」

「はい、ごめんなさい。」


そうだ、思い出した。僕は木登りしていて落ちちゃったんだ。そう言えばあの時エミリーが何か言ってたんだよな、なんだったっけ?

お母さんは謝る僕の頭を軽く撫でると“朝御飯よ、早くいらっしゃい。”と言って部屋を出ていった。


「・・・・」


えっ?ちょっと待って、さっきの魔法だよね?プチヒールって回復魔法って奴だよね?この世界って魔法があるの?

ん?この世界?あれ?

・・・・あ、思い出した、俺、前世があるわ。こことは違う世界、車が走りスマホやパソコンで様々な情報を手にする事が出来る世界。俺はそこで学生をしていたはず。自分の事はよく思い出せないけど、割と平凡な家庭の平凡な子供だった様な。


そうか、俺、死んで生まれ変わったのか。でもジェイクって名前、なんか引っ掛かるんだよな。何だったっけ?


確か・・・そうそう、俺が遊んでたゲームのキャラだわ。赤髪のジェイク、オーランド王国の勇者。いくつか選べるキャラの中でも俺のお気に入りキャラだったはず。

確か“授けの儀式”で勇者の職業を授かるんだよな、それで有望な職業って事で王都の学園に通うんじゃなかったっけ。その辺のサクセスストーリーはゲームに直接関係無いから詳しく載ってなかったんだよな~。

ゲーム開始時のパーティーメンバーが聖騎士と聖女ってのは憶えているんだけど、それこそメンバーは途中変更出来たからコロコロ替えてたし、あまり詳しく憶えてないんだよね。


って事はこの時期からスタートダッシュを決めて俺Tueeeモードに入らないとヤバい感じ?何にしても強いに越したことはないし、積極的にレベル上げしていかないとね。


「ジェイク~、スープが冷めるわよ~。早く食べちゃいなさ~い」


「は~い、ごめんなさ~い」


いけない、結構考え込んじゃった。今の俺はトーマスさんちのジェイク君。よし、兎に角ご飯ご飯。


「いただきま~す。ホムホム、う、パンが硬い」

「あら?ジェイク、パンはスープに浸けないと硬いわよ?それとさっきの掛け声は何かしら?何か“いただきます”とか言っていたけど」


お母さんが俺の顔をじっと覗き込んでくる。まずい、上手いこと誤魔化さないと。


「ハハハ、いつも美味しいご飯を作ってくれるお母さんに、美味しくいただいてますって言う感謝の気持ちを伝えたくって。だから“いただきます”みたいな?可笑しかったかな?」


俺は頭を掻きながら笑顔を向ける。これで誤魔化せるか?

お母さんは大きく目を見開いた後俺をギュッと抱き締めて、“ジェイク、あぁ、なんて優しい子なのかしら。大好きよ。”と言って俺をグシャグシャ撫で回すのでした。

あの、お母さん、スープが冷めるのでそろそろ解放していただけると。もう少しこのまま?そうですか、分かりました。

俺は目の前の料理におあずけをくらったまま、お母さんの気が済むまで撫でられまくるのであった。

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