クール系の女の子と甘々な女の子の百合カップルが服を交換してデートする話

坂餅

クール系の女の子と甘々な女の子の百合カップルが服を交換してデートする話

 金曜日の夜は仕事から解放される至福の時。次の日は休みのため夜更かししても問題ない。明日は昼まで寝ていてもいい、自分の好きなように時間を使うことができる。

 そんな金曜日の夜、ソファーに座っている間宮春奈まみやはるなは、自分の膝で横になる織田凛花おりたりんかのミディアムストレートの黒髪の感触を指で感じながら雑誌の一面に目を留める。

『タイプの違う子同士で服を交換してみよう』

 春奈は読んでいる雑誌の一面に書かれているその言葉を、時間をかけて咀嚼する。

「ねえ凛ちゃん」

 やがて言葉の意味を完全に理解した春奈は、膝の上で横になる同居人に声をかける。

「どうしたの?」

 凛花は目を開けて春奈を見上げようとしたが、春奈の持つ雑誌に阻まれる。

「服の交換しようよ」

「待って」

 凛花は春奈の持つ雑誌を取り上げ、切れ長の目を春奈が丁度読んでいたページに向ける。

「春奈の言った事の意味は分かったけど、無理だと思うわよ」

 凜花は落ち着いた綺麗な声で返しながら、閉じた雑誌をローテーブルの上に置いて身体を起こす。

「ええ⁉ なんで!」

 まさかの言葉に驚いた春奈が声を上げる。無理だと言われるとは思わなかった。

「単純よ、服のサイズが合わないわ」

 凛花は整った顔を僅かに歪めて残念そうな、そしてどこかホッとしたような表情を浮かべる。

「そんなぁ……」

 春奈は凛花の右手を握り、可愛らしい顔を歪める。

 そんな春奈の茶色の髪の毛を手ですくい上げ、口をつけた凛花。

「こんな時間だし、私はもう寝るから」

 日付はとっくに変わっており、いくら明日休みだとしても寝たほうがいい時間だ。

「……分かった」

 頬を膨らませた春奈も、凛花に続いて寝室へと向かうのだった。

 

              ○


 翌日、目を覚ました春奈は隣で眠る凛花を起こさないようにベッドからもぞもぞ出ていく。現在の時間は午前九時。昨日の夜遅くまで起きていたせいか凛花が起きる気配は無い。

 春奈ももう少し眠っていたかったのだが、今日はある目的のために頑張って起きたのだ。

 すやすやと寝息を立てる凛花の頬に軽く唇をつけ、春奈は寝室を後にする。

 

 着替えて身支度を整えた春奈が向かうのは車で二十分ぐらいの位置にあるショッピングモール。

 普段から二人はこのショッピングモールで服を買っており、つい先日服を買いに来たばかりだ。

 昨日凛花が言った通り、身長が百六十八センチの凛花と百五十四センチの春奈では服のサイズが違いすぎて交換することは難しい。それに加えて二人の服装の系統の違いも、交換を難しくしている要因だった。

 それならつい先日買ったばかりの服のサイズ違いを買えば、服を交換できるのではないか、そう春奈は考えた。

 昨日の凛花のリアクションを見るに、凛花は服の交換にあまり乗り気ではなさそうだった。そのため、春奈はこうして凛花に黙って(出かけると書置きはしてきた)ショッピングモールまでやってきたのだ。

 凛花と服の交換ができると考えると思わず頬が緩んでしまう。

 先日寄った服屋に入り、サイズ違いの服を買っていく。

 

 服を買うついでに夕食の材料を買っていると、結局家に帰ったのは昼を過ぎたころだった。

「ただいまー」

 春奈は両手に袋をさげながら、僅かにドアを開いて家の中に滑り込む。

「おかえり」

 ドアが開く音を聞きつけたのだろう、凛花が出迎えてくれる。

「荷物結構多いね、なに買ってきたの?」

「えっとね、今日の夕飯の材料と服だよ」

「服? この前買ったばかりだと思うんだけど……?」

 凛花は夕食の材料の入った袋を受け取りながらそう言う。

「ほら、昨日凛ちゃん言ってたよね。服のサイズが違うから、服の交換はできないって」

「え、うん……まさか⁉」

「そのまさか! 服、買ってきましたー!」

 いえーい、と服の入った紙袋を掲げる春奈。

 凛花はこめかみを抑えながら声を絞り出す。

「まったく同じ服を、違うサイズで買ってきたの?」

「そういうこと。はい、こっちが凛ちゃんの服」

 台所に夕食の材料を置いた凛花に紙袋を渡す。

「私には春奈の服装は似合わないと思うんだけどな……」

「凛ちゃんは美人さんだからなんでも似合うと思うんだけどなー」

 凛花はその紙袋に手を伸ばそうとしなかったが、春奈のぱっちりとした目に見つめられ、渋々紙袋を受け取るのであった。


              ○


 軽く昼食を摂った後、春奈と凛花はそれぞれの服を着る。

 春奈の服装は先日凛花が買った服のサイズ違いで、ネイビーのテーパードパンツに白のタートルネックのニットに、黒ジャケットといった服装だ。

 対して凛花の服装は、アイボリーの少し短めのスカートにフリルや胸元に大きなリボンの付いたピンクのトップス、これまたフリルのついた薄ピンクのニーハイソックスを履いている。

「やっぱり凛ちゃんの服装はかっこいいなー」

 春奈が姿見の前でくるりと全身を確認している横で、凛花はまるで魂が抜けたかのように呆けていた。

「凛ちゃん?」

 春奈は凛花の目の前で手を振るが、凛花は一向に動かない。

「凛ちゃーん」

 凛花のほっぺたをむにむにすると、凛花はようやく我に返った。

「似合ってないわ……。私春奈みたいに可愛くないから、こういう服が壊滅的に似合わない」

 凛花はスカートを抑えながら、耳を真っ赤に染めて呟く。

「そんなことないよ。まああとはメイクだけだね」

 可愛い可愛いと言いながら凛花をドレッサーに座らせる。

「後で凛ちゃんも私にメイクしてねー」

「……分かったわよ」


 互いにメイクを終えた二人。

「なんだか、落ち着かないわね」

 メイクだけでなく、髪型も春奈と交換した凛花が重たくなった前髪を指で触りながら、鏡で自分の姿を興味深そうに確認する。いつものミディアムストレートとは打って変わってツインテールにしている。

 最初は服装も恥ずかしかったが、メイクも髪型も春奈になりきったため、今はさほど恥ずかしくない。

「言った通りでしょ? 凛ちゃんなら似合うって」

 誇らしげに胸を張る春奈の髪型は、色こそ茶色で違うが、普段の凛花の髪型であるストレートヘアーだった。

 凛花はちらりと春奈の服装を確認する。

 可愛らしい顔立ちの春奈だが、今はメイクのおかげか、ぱっちりとした目が凛花の目のような切れ長に見えるようにメイクされている。

 凛花はその反対で、切れ長の目がメイクにより春奈のようにぱっちりとしている。

「春奈も似合っているわよ」

「えへへ、凛ちゃんに褒められちゃった」

 春奈は凛花の腕に勢い良く抱きつき、そのまま玄関まで行くように促す。

「早くデートに行こうよ」

「出なくちゃダメ?」

「だめー」

 春奈はいつも使っているパステルカラーのショルダーバッグを凛花にかける。

 そして玄関までやってきた春奈は、これもサイズ違いの物を買って来た、シンプルな黒色のヒールを履く。

「ほらほら、行こうよ!」

 春奈が手招きするとやがて観念したのか、凛花も春奈が持っている靴のサイズ違いである、リボンの付いた黒いパンプスを履く。

 手を差し出す春奈の手を取って、二人は外へと出るのだった。


              ○


「やっぱり恥ずかしくなってきたわ……」

 今回のデートは車を使わずに電車で出かけることにした。

 今朝春奈が行ったショッピングモールとは別のショッピングモールに行こうという話になり、二人は駅のホームで電車を待っている最中だった。

 周りの視線が自分に向いている気がする。いつもの服装ならいざ知らず、今日は普段の服装とは正反対と言っていいだろう服装だ。春奈の服装をしているという高揚感より、慣れない自分による戸惑いと恥ずかしさが勝ってしまう。

「恥ずかしがらなくても大丈夫」

 そう言って春奈が凛花の手を握る。

 指を絡ませてホームに滑り込んできた電車の中に足を踏み入れる。

 ガタンゴトンと揺れる電車に揺られて、二人は目的地まで隣り合って座る。休日の電車に人は少なく、落ち着いた空間で過ごすことができる。

 座った凛花が短いスカートを抑えながら顔を俯ける。

「スカートで外に出るなんて、高校生の時以来……」

 凛花の赤く染まった耳に優しく息を吹きかけるように春奈が囁く。

「着いたらなにしよっか?」

 僅かに身を震わせた凛花がか細い声で答える。

「春奈が……したいこと」

「分かった」

 電車に人は少ないのだが、凛花には多数の人に見られているような気がしてならない。

 早く目的地に着けと念じながら、右手に感じる体温へ意識を集中する。

 向かうショッピングモールは電車で数駅、急行に乗り換えずに行ける駅だ。

 やがて降りる駅に着いた二人は席を立ち、ドア付近で立つ。

「やっぱりいい感じだね」

 春奈がドアに映る自分の姿を見てポツリと呟く。

「私の服装ってそんなにいいの?」

 凛花はドアへ視線を向けないように満面の笑みを浮かべる春奈を見る。

「うん! クールでカッコいい凛ちゃんになれるから」

 その春奈の笑顔に吸い寄せられた凛花は呆けた様子で言葉を返す。

「そう……そうなんだ……」

「もしかして、凛ちゃんはわたしの服装嫌だった……?」

 その態度に春奈は不安になったらしく、上目づかい凛花を見上げる。

「嫌じゃないよ、ただ――」

 そう言ってドアが開いた電車から降りる。

 そして凛花は春奈の両手を掴んで、顔を真っ直ぐ見つめながら口を開く。

 発車した電車が風を巻き起こし離れていく。

「今日の凛ちゃん可愛い!」

 電車が過ぎ去った後、春奈は凜花の手を強く引き、抱きしめる。

 バランスを崩しそうになるが、なんとか耐えた凛花。耳はまだ赤いが、どこか吹っ切れた様子で愛おしそうに春奈を見つめるのだった。


              ○


「やっぱり恥ずかしい!」

 ショッピングモールまでの道のりを歩く凛花は春奈の陰に隠れようとする。

 ショッピングモールが近いだけあってか、行き交う人々の数も多くなってくる。

「これだけ人が多かったら逆に大丈夫だと思うよ?」

「そうだろうけど、やっぱり慣れない服装だから、タイプが私とは違いすぎる服装だから、恥ずかしいのよ」

「だーかーらー。何回も言ってるけど、凛ちゃんは美人さんなんだから、似合ってるよ。メイクもその服に合うメイクだし……とにかく今日は可愛い!」

 何度目になるか分からない褒め言葉を凛花にかけながら春奈は凛花の手を引き、道を進む。

 

 ショッピングモールにやって来た二人。やはり土曜日、人で溢れていた

「それで、どこに行くの?」

 ショッピングモールに着くまでに、春奈の服装で歩くことにある程度慣れた凜花が口を開く。

「ゲームセンターだね。ほら、さっき電車で凛ちゃんが言ってよね? スカートなんて高校生の時以来だーって」

「うん、言った気がするわね。でもどうして?」

「高校生と言えばプリクラじゃない?」

「そうなの?」

「分かんない。でもたまにはそういうデートでもいいんじゃないかなって」

「まあ嫌ではないから別にいいわよ。春奈の言う通り、たまにはそういうデートでもいいと思うし」

「やった!」

 服に似合わずリアクションはいつも通りの春奈。凛花の手を引きゲームセンターへと急ぎ足で向かう。

 休日のゲームセンターは家族連れが多く、クレーンゲームはほとんどが埋まっていたが、二人の目的のプリクラは五台ある内の三台埋まっているのみで待つことなく入ることができた。

「最後に撮ったのっていつだっけ?」

 春奈はお金を入れながらそんなことをボヤく。

「高校生の時以来かな? 五年は経っていると思うわ」

 残りの半分のお金を入れながら凛花も答える。

「高校生じゃなくなってから行動範囲変わったもんね」

 苦笑した春奈かディスプレイをタッチしていた。

「そうね、春奈が大学生になって、免許証を取ってからは遠くにばっかり行っていたわね」

 いつのまにか撮影が始まろうとしていたが、操作をしていた春奈でさえ最新のプリクラのことはよく分かっていないようだった。

「ごめん凛ちゃん、よく分からない!」

「⁉ 適当にポーズを取りましょう!」

 そうこうしている間に一枚目が撮られる。

「「あ……」」

 撮れる写真は五枚。早くポーズを決めないといけない。

「どうしよう!」

「どうって――」

 ディスプレイに映った自分の姿を改めて見る。背は違うが格好は春奈の格好。隣にいるのは自分の格好をしている春奈があたふたしている。

 その時凜花の頭をよぎったのはいつも春奈がしてくれることだった。

「わっ」

 春奈の腕を引き、少し強引だが強く抱きしめる。

「凛ちゃん⁉」

「今日の私は春奈だから」

 二枚目。

「じゃあわたしも凛ちゃんになりきるね」

 そう言って春奈は背伸びをして、凜花の髪を手ですくい上げると口をつける。

 三枚目。

「春ちゃん」

「なに? 凜花」

「大好き」

「私も」

 四枚目。

 そのままの距離で、凜花は後ろから春奈を抱きしめることができるように動く。

 五枚目。

 全ての写真を撮り終えると、筐体の側面にある場所で撮った写真に落書きやデコレーションをすることができる。

 二人は並んで座り、落書きやデコレーションを始める。

 そして落書きが終わるとプリントシールが吐き出される。それを取り出した春奈は愛おしそうに見つめた後、凜花に渡す。

「はい、凛ちゃん」

「ありがとう」

 受け取ったプリントシールを大切そうに胸に抱き、傷つけないようにバッグの中に入れる。

「次はどうしよっか?」

 どちらともなく手を繋ぎ指を絡ませ、二人は次どうしようかと大切な時間を過ごすのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

クール系の女の子と甘々な女の子の百合カップルが服を交換してデートする話 坂餅 @sayosvk

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ