羊ちゃんは牧羊犬に恋してる

いぬがさき

第1話 出会わない出会い

(見て見ぬふりは出来ないし・・・はあ、変なところで真面目だ・・・我ながら損な性格してるな)


満員電車の中、人混みの隙間から僅かに見える光景に俺は思わず嘆息する。


今日はGW明けの平日、時刻は朝の7時30分過ぎ。

現在、通勤通学ラッシュの真っ只中である。


ついでに痴漢目撃の真っ只中でもある。


少し離れた場所にいる女性のスカートに、誰かの手が触れているところを偶然発見したのだ。

最初にチラリと見えた時は気のせいだと思い、次に見えた時は手が当たっているだけだと考え、そして、スカートの上からお尻を撫でる行為を目撃した今は痴漢の存在を認めて頭を抱えた。


被害に遭ってる女性の体が微かに震えている気がする。

拒絶の声は恐怖とパニックで出ないのだろう。


(他の人は気付いていないのか?)


女性の周囲からも痴漢を咎める声は出ない。

気付いていないのか、それとも、見て見ぬふりか。


(俺だって余計な面倒事に巻き込まれたくない。けど・・・)


『強く在りたい』


俺は座右の銘を心の中で唱えて決心し、行動に移す。


「痛っ」


「チッ、動くなよ邪魔だな」


「す、すみません」


周囲から起こる非難の声に謝罪しながら、満員の車内を無理やり移動する。


俺も声を出して痴漢行為を指摘する勇気はない。

それに、もしかしたら被害に遭ってる女性も大事になるのを嫌がって我慢しているかもしれない。

大きなお世話かもしれない。

でも、見過ごせない。


だから、俺は痴漢の手と女性との間に無理やり体をねじ込んだ。


魔の手が俺の太もも辺りに触れ、撫でられる感触がしたが、慌ててすぐに引っ込めたようで、その後、しばらく経っても再び手が伸びてくる様子はなかった。


痴漢されていた女性とは背中合わせになっている為、表情を窺えなかった。

ただ、割り込んだ直後こそビクリと体を震わせたが、次第に強ばった体から力を抜けていくのを背中越しに感じられたので、恐怖がなくなり安心したのかもしれない。


(よっしゃ!俺もやれば出来るんだ!)


そんな自己満足に浸りながら


「チッ、無理やり動いてきたくせにこんなところで止まるなよ」


「さっさと行けコラ」


周囲の舌打ちや罵倒から現実逃避した。

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