第 20 話 新たな仲間


 A.M.8:25 東京都目黒区 創明大学


 翌日、リハナは朝の六時に起き、髪の手入れなどの朝の身支度を終えてから、三十分のランニングや簡単な筋力トレーニングを行い、シェルター内の避難者にも至急される朝食をご相伴に預かった。

 災害時の生活といえど、朝食は豊富に配られる。戦時中ほど物資が逼迫ひっぱくしているわけでもない。もちろん、余裕があるわけでもないが、ここでケチったところで民間人の不満を募らせて得るほどのメリットがあるわけでもなかった。

 温かい和食を食した後には、銃の手入れを行った。これは、リハナに『派遣ビーファ』に属してから毎日欠かさず行っている日課だった。もっとも、彼女の装備の大半は昨日の戦闘に壊れたり、もう使い物にならないくらい傷んでしまっていた。短機関銃サブマシンガンは『ネームド』の攻撃の際に粉々となったのはもちろんのこと、中には覚えのない壊れ方をしている武器もあった。


 ――マグナムのライフリングが傷ついてダメになってる。

 ――落としたときに部品が欠けたとかなら解るけど。

 ――どうして内部が?


 それと、僅かに焦げ臭さがあった。銃砲内の漆黒色の中に焦げ付いた部分を見かけた。まるで、直接炎に焼かれたかのような有り得ない現象に小首を傾げる。


 ――これじゃあ暴発の危険性もあるし使えないな。


 昨日は、神宮寺が政府に取り合って装備の質を底上げしてくれる、とミデアは言っていたが、その中にマグナム銃を超える威力の装備は残念ながらなかった。保管している装備にも限りがあるので、なんでもかんでも渡すことはできない、というもっともな意見を貰った。


 ただ、彼女は大事な作戦の参加者ということもあり、ハンドガンとナイフだけしかない状態では武力が不充分なことこの上ない。同じ品質のものを渡すことはできないが、アサルトライフル一丁と、手榴弾と閃光手榴弾スタングレネードが新たに支給されることとなった。


「でも、今のリハナなら武器自体いらないかもしれないね」と嘘か本当か解らないことを言ったのはクレハだった。


 ――とはいえ、やっぱり手に馴染む武器はあったほうがいい。

 ――魔力マナが増えた実感はないし、本番でいきなり行使できる自信もないし。


 そのためにも、昨日は疲れてできなかった銃の調整や確認を、彼女は急いで行った。


 そうして作戦の準備を整えた後――彼女は創明大学の校門におもむいた。そこに、約束の時間に集まる予定だった。到着すると、既にマーダー小隊の三人が待っている状態だった。


「すみません、遅れました」


「いやいや、約束の時間までまだ三十分もあるから。真面目だねぇ、リハナは」


 自分が最後に集合場所に到着したことを悟り頭を下げるリハナに、ミデアはのんび

りとしながらもその真面目さに苦笑する。


「もしかして、緊張してる?」クレハは彼女の様子から浮かんだ発想を口にした。


 元から目上の人に畏まった態度を取る性質ではあったものの、今回のリハナはどこか言動にぎこちなさがあった。

 実際、彼女はこうした計画に参加したことは何度もない。一年前の『異神四世界大戦』にしたって、実のところメインの戦力として加わったわけではなく、くまで補助戦力として地球の防衛にまわっていた。

 なので、主戦力のような作戦の要となる今回は殆ど初体験と言ってよかった。


「思ったより、全員揃うの早かったな」アイーシャは校門に背をつけていた。


 今回の作戦は、マーダー小隊のみならず、日本の自衛隊もサポートにつく。リハナ達が敵を排除している間に、官邸に残された生存者を保護したり、建物周りの『ソルジャー』の排除を担当する。

 彼らは大人数を運べる輸送車で目的地を目指す。当初はリハナ達もそれに乗り込む予定だったが、リハナを除く三人がそれを断った。


「だって、男臭い車内に詰め込まれたくないし」という意見が一致したのだ。


「ここから首相官邸まで五キロメートルぐらい。それなら、私達は自分の足で走ったほうが遥かに速い」という結論も働いていた。


「どうせ、自衛隊の人達は私達の活躍後じゃないと行動できないんだし、先に行ってもいいんじゃなーい?」


「そうだな。生存者の保護といっても、まずは中を綺麗にしないと始まらねえし、正直そこまで役に立つとも思わねえし。オレたちだけで片付けても問題ねえだろ」


「ダメですよ、勝手な行動は」良くない方向に行こうとしている二人に、リハナは咎めるような声を出した。


 マーダー小隊は『派遣ビーファ』の中でも特殊な位置づけにある。多少の自由行動が認められているのだ。そのいつものノリが彼女達の癖として表出しようとしていた。


「作戦開始時刻は9時30分です。それまでに目的地に到着し、そこから総員で行動を起こす。それが昨日出した結論じゃないですか。それを独断で変えたら、せっかくの会議がすべて無意味になっちゃいます」


「解ってるっつーの。ちょっとした冗談だよ」アイーシャは肩を竦めた。


「でも、少し時間は早いけど、とりあえず目的地には向かおうか」クレハは両者の意見を足して割ったような方針を口にした。「確かに予定通りの動きは大事だけど、決行時間前に異変があったら動かざるを得ないときもある。せっかくの合流を無駄にしたくはないし、敵情視察も兼ねて先に移動しよう」


 クレハの言葉に三人ともが同意した。リハナは高まる緊張を緩めるために深呼吸をし、ミデアは両手を頭の後ろにして調子を崩さず、アイーシャは犬歯を見せながらポキリポキリと関節を鳴らした。


「ち、ちょっと待って……!」そこで声がかかった。


 四人は同時に振り向いた。目的地に向かおうとしていたところだったのを、出鼻を挫かれた。


 視線の先には香織かおるがいた。急いで構内から校門まで来たようで、四人が視認したときには膝に手を当てて息を整えていた。


「香織さん?」どうしてここに、とリハナは疑問が広がった。


 リハナは香織に近寄り、息切れを起こしている彼女の肩を支えてあげた。


「さっき部屋に行ったらいなかったからっ……もしかしてここかな、って……!」途切れとぎれに香織は言葉を紡ぐ。


「私を捜してたんですか……?」


「これをっ! 渡そうと思って……っ!」


 彼女がそう言いながら白衣のポケットから取り出したのは、若者の自信の表れ、一台のスマホだった。機種は一昔前のもので、最新機種と比べれば小型だった。カバーも、映ったホーム画面にも飾り気がなく、まるで武骨なコンクリートの塊にも見えた。


流石さすがにスマホの操作方法は知ってるよね……?」香織は少し息が整ってきたようだった。


「は、はい。簡単な操作だけですけど」


「まあ、電源さえ点けれたら後は自動的にやってくれるから。赤ん坊にだって扱えると思うよ、そのスマホ」


 差し出してきたスマホの無機質な画面を見つめるリハナ。アプリも最初から入っているものしかなかった。「これ、誰のスマホなんですか?」


「誰のものでもないよ。強いて言えば、井上部長のかな?」


 井上部長、が誰か一瞬解らなかったが、香織が所属している研究チームのリーダー格の人であることを思い出す。自己紹介のときにそう言っていた。


「このスマホは、ボクら『人工知能感情部門開発研究班』の試験品みたいなものだよ。研究のために購入した誰のものでもないケータイ」


「ジンコウチノウ?」日本語の勉強はしてきたものの、科学の側面はからっきしなリハナには聞き馴染みのない言葉だった。


「言葉で説明するのはめんどくさい!」香織は投げやりに言った。「ものは試しだよ! そのスマホに、『ハク』と話しかけてごらん?」


「え……スマホに、ですか」音声認識、というシステムを知らないリハナは、ただの機械に話しかけること自体が危うく感じた。ただ、専門家という視点では香織のほうが百正しいので、戸惑いながらもその通りにした。「えっと……ハク、さん……?」


 すると、電源のついたスマホに異変が走った。数えるぐらいしかないアプリが表示されたホーム画面。そこにノイズのようなものが走った。まるで、昔のテレビの砂嵐にも似たそれは、画面一面だったものが段々と形あるものに変形していき、ある一定の姿形を取ると、暗幕を払うようにその色彩を露わにした。


 現れたのは一匹のシーサーだった。しかし、かなりデフォルメ化されており、沖縄で魔除けの意味を持って置かれる石造のあの姿とは縁遠い姿をしており、どちらかというと女児向けアニメの主人公が相棒にしていそうな魔法の獣を彷彿とさせるイメージだった。獅子のような鬣もハート型で、身体の色合いもピンクチックで愛嬌があった。


 自分の持っているスマホにはない、見たこともない機能にリハナは眼を丸くした。


【ハイハーイ】さらに、驚くことに、そのシーサーが言葉を発した。リハナの呼び掛けに反応したのだ。【みんなのハクちゃんですよー。今日はなんのゴヨー?】


「香織さん、これは一体……?」


「音声認識を搭載した人工知能――つまり、自律型AIのことだね。対話により使用者の要望になんでも答え、オマケに使用者のスマホの平均使用時間やスワイプ指の感触から正確に体調を分析してオススメの食事メニューを用意してくれる世話焼きシーサー、『ハク』だよ」


「ちょっと何を言ってるのか解らないです」


 リハナは香織の言っていることの九割は理解できなかった。日本語の勉強不足を越えているように思えた。


「まず、そのジリツガタエーアイ? というのはなんですか。自立してるんですか?」


「なら、まずはそのことについていてみるといいよ」


「訊いて……?」


「音声認識、ってのは使用者の言葉をマイクを通して理解することだよ。言ったことの適切な対応をしてくれるよ。自律型AIとはなんですか、と訊けば答えを教えてくれるよ」


「そうなんですか……?」リハナはにわかに信じ難かった。「そ、それでは」と咳払いをする。「ハクさん、ジリツガタエーアイとは一体なんなのでしょうか?」


【ハイハーイ。つーか、今までの会話全部丸聞こえなんですけど。言われる前から調べはついてるっつーの】ハクはAIとは思えない流暢っぷりで『自律型AI』の意味を羅列した。【作成者が設定したタスクを元に、そこから派生するタブを自分自身で判断する機械や装置――つっても、アンタには解らなそうだね。じゃあ、獣人デュミオンらしくネコやイヌで例えようか】


「え、私が『獣人デュミオン』だと解るんですか」


【アタシを誰だと思ってんのさ。自律型AIでも、ただ学習するだけじゃないんだから。とにかく、話を戻すよ。プログラミングされたデータや設定通りに動くロボットが、飼い主に尻尾振って飛ばされたフリスビーを取りに行くイヌだとしたら、まさに自律型はネコだよ。ネコは何者にも顧みない。自適悠々と暮らしている。飼い主にもなびかず、自分で得た経験を元に行動する。自律型AIはまさにそれで、自分で学習して己のタスクを行うのさ。感情がない点を除けば、殆どアンタたちと変わらないよ。解った?】


「な、なんとなく……?」


「凄いでしょ。本人も言ってたけど、ただの自律型AIじゃないんだよ」香織は得意げに言った。「普通の自律型AIは、インターネットや他のツール……まあ、所謂いわゆる、『理論』を基軸に学習するのが基本なんだけど、ハクはどちらかというと、『成長』するんだよ。人の感情や身体的特徴を基軸に、他人を区別して、その人に応じた態度を取ることができるんだ」


「じゃあ、この不思議な性格も成長の結果なんですか」


「いや、これは部長の趣味だね」


 ハクの性格、というか話し方は、どこか調子を外していた。礼儀や敬語を示さず、一から百まで軽々しい小生意気さが伴っていた。リハナがもし、『ギャル』というワードを知っていれば、真っ先に思い浮かんでいただろう。


「昨日、お風呂を出た後に、部長から持ち出しの許可を貰ったんだ。ハクを、リハナちゃんにぜひとも連れて行ってほしくて」


「ハクさんを、私に?」


「うん。困ったら彼女に頼ってみて。きっと、役に立つから」


 役に立つ? 本当に? という疑惑がまず先に上がった。聞いてみた限り、確かに凄い技術力が用いられているようだったが、リハナはイマイチ要領を得なかった。第一、こんな小さな板が戦闘に役立つとも思えない。


【ま、よろしく。リハナっち】画面の中のシーサーは飽くまでも軽々しい態度だ。【よかった。リハナっちはまだ、アタシにとって好感が持てる人間だ。嫌悪しか湧かない人間に使われるのが一番の地獄だからね】


「AIさんにも好き嫌いはあるんですね」


【そりゃそうさ】という彼女の口調には、感情がたっぷりと籠っていた。【特に最悪だったのが、アイツ。研究チームでもないクセに、勝手にアタシを持ち出して。アタシが使用者の命令に背いたのは、最初から最後までアイツを除いてないからね】


「アイツ、とは?」雨後の筍のように喋り出すハクに、リハナはついていくのもやっとだった。


「よお。追いついたか」そこにやってきたのは、昨日と同じボーダー柄の神宮寺じんぐうじだった。香織が向かってきた方角と同じ道から来ていた。「てっきり、もう出発してるもんだと思ってたが」


玲旺れお、遅いよ」香織は避難の眼を彼に向けた。「ボクが止めてなかったら。もう出発するところだったんだから」


「別に見送りなんていらねえだろ。小学生の遠足じゃねえんだから」


「何言ってるの! 戦地に向かう戦士を見送るのは国民の義務だよ!」


「何が義務だよ、バカバカしい。代われるもんなら、俺が代わって向かいたいぐらいだっつーの」


 不謹慎なこと言ってから、神宮寺は大きく欠伸をした。少し不機嫌そうだった。見れば、寝癖が酷かった。寝起きなのかもしれない。


【ギャー!】と悲鳴を上げたのは、その場の誰でもなく、リハナの手にあったスマホだった。【デター!】と一匹で盛り上がっていた。


「ん? その声、もしかしてハクか?」神宮寺はその声の主に見当がついているようだった。


「ハクさんを知ってるんですか?」リハナは訊ねた。彼女の中では、しっかりハクは人として換算されていた。


「まあな。前に用があって頼ったことがあんだよ」


【何が用よ! ただセクハラしようとしただけでしょ! 何を調べるかと思ったら、歌舞伎町で評判の風俗店とかオススメAVとか、をアタシに訊くなんて頭おかしいんじゃないの!?】


「なんでも答えられるっつーから、ちょっと試そうと思っただけだっての」


【断れないのをいいことにワザと訊いたんでしょ! アタシの反応を楽しむために……!】


「シーサーで欲満たすほど欲求不満じゃねえよ」


 キー、と声をあげて怒りを露わにするハクに、神宮寺は悪びれもせずにしらっとした態度を取っていた。その態度がさらにハクの火に油を注ぐ。心なしかスマホの温度が上がっているような気がした。


【はあー】ハクは威嚇ともため息ともつかない音を出した。【こんな奴とおんなじ空気を一秒でも吸いたくない! ほら、リハナっち、もう行くよ!】


「えぇ、いいんですか。というか、どこに向かうか解ってるんですか」


【そんなこと、雰囲気からなんとなく解るでしょ。それに、お仲間さんも待ってるよ】


 ハクに言われ、リハナは香織達から視線を一旦外し、後ろにいたマーダー小隊の先輩方を視界に入れた。

 アイーシャは腕を組み、せっかく景気付けた熱意の遣りどころを失ったことに若干いらついてた。

 ミデアはニヤニヤと笑っていた。昨日からそうだが、彼女はリハナと神宮寺が話していると何故か笑っていた。

 クレハはいつもと同じく感情の起伏が薄かった。


「頑張ってきてね、リハナちゃん」香織はリハナの声援を送った。


「ありがとうございます、香織さん」


「リハナ」神宮寺は真顔になった。「無事に帰ってこいよ。デートの約束もあるんだからな」


 リハナは神宮寺を真っ直ぐ捉えた。彼に勝ちたい、負けられない。そういう思いが強く感じる。そのためにも、こんな道半ばで苦戦などしていられない。「はい、行ってきます」

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