第 19 話 裸の付き合い


 P.M.10:00 東京都目黒区 創明大学大浴場


「ふにゅう〜」リハナは普段では絶対に出さない、腑抜けた声を出した。


 全身から力が抜ける。身体が安心していいとシグナルを送っていた。決して気が緩んでいい事態ではないと解っていてなお、この衝動には抗えなかった。まるで、ネコが顎の下を撫でられて喜ぶかのように、内側の奥底から噴水のように吹き出す幸福感を抑えられなかった。


 ――あー、やっぱりお風呂って凄いなあ。

 ――ヘルミナスでも水浴びはあるけど、臭いのを取り除く目的でしかないからなあ。

 ――シャンプーだなんて、特に画期的な発明だよ。


 『マキナ』からの避難をシミュレーションして作られた地下シェルターは、超長期的な期間をそこで暮らすための準備がこしらえられている。食料はもちろん、服や化粧品などの清潔さを保つ備蓄も揃えてあった。


 シェルター暮らしで最も忌むべきは、そこで暮らす者の精神的疲労である。家に帰りたい、外に対する恐怖、多人数との同居、といった思いやプレッシャーが常につきまとうハメになる。これらに関しては非常に払拭するのが難しい問題だった。ストレスには個人差があり、これぐらい備えれば大丈夫、という明確な基準がないからである。どれだけ快適なスペースでも、やはり最も安寧あんねいがもたらされる場所は自宅だ、と言われてしまえばそれまでであるし、だからって銘々めいめいの要望に一々応じていては収拾がつかなくなるのは目に見えている。


 ストレスを溜めるその最たる例は、他人との共同生活を送ることだろう。どれだけ広い敷地を持っていようと、部屋数にだって限界はある。ある一定以上の枠を越えてしまえば、それからは部屋を共有することになる。それがまたストレスに繋がってしまう。また、性別の問題、宗教上の問題、病人や障碍者、人種差別、といった特別処置を取るとさらに限られてしまうのだ。


 結局は他の要因によってストレスを緩和せざるを得なくなる。

 そのためか、シェルターには娯楽施設が豊富に設置されていた。ゲームコーナーや卓球台のような温泉宿風味なものもあれば、バッティングセンターや室内ゴルフのようなスポーツ系、映画や番組のブルーレイを貸し出しや、果てはフィットネス施設なんてものまで置いてあり、そのバリエーションの豊かさは高校の文化祭を彷彿とさせた。

 日常に戻れない苦痛さを、そうした楽しさで誤魔化そうということだった。


 そして、娯楽とは別の面で、避難者のストレス値を下げていたのは、意外にもお風呂だった。創明大学のシェルターでは、居住区には風呂がなく、大人数を収容できる銭湯が設けられていた。水は、脅威が去るのを待つ生活をする上で欠かせない必需品だ。そんな貴重な資源をお風呂に使うとは、と思われるかもしれないが、お風呂に入ることは、身体の汚れを落とすだけでなく、病原菌やその他有害物質から身体を守ってくれるため重要な要素のひとつだった。長期的な生活を見立てる場合、第一に必要な施設となるだろう。そして、それを大浴場にすることで、各々が使用するお湯の量を節約することができた。


 ただ、時刻は深夜間近の22時であり、車が何台も入りそうな広さの浴場にひとは微塵もなかった。もくもくと湯けむりが立っているが、彼女の耳は人の存在を認めていなかった。

 大浴場は時間によって男湯と女湯が入れ替えられる。今の時間は女湯だったが、流石にこのような時間に訪れる物好きはいなかった。

 だからこそ、彼女はこの時間を狙ったのだった。


 ――やっぱり気持ちいいなあ。

 ――いつものマキナ戦は野宿が多いから、こうしてゆっくりと入ることもできないんだよね。

 ――……クレハさん達は、「慣れてるから良い」とか言ってたけど。

 ――でも、乙女たる者、やっぱり身だしなみはちゃんとしておきたいよ。


 湯船に浸かる前に、リハナは洗い場まで足を運ぶと、まずは全身を細かく洗った。身体についた泥や血を落とすためだ。特に、落ちづらい尻尾や耳は入念に磨いた。放置すれば毛質が荒れる原因にもなる。地球に来て、最も感動したといっても過言ではない石鹸を泡立てて、私物のブラシで広げるようにして洗っていく。痒いところに手が届くような気持ちよさに、瞼が落ちそうになったものだ。


 ――ああ、気持ちいいなあ……。


 暖かな泉に全身を浸かり続ける。それにつれ、自分がその一部になったかのような心地よい感覚が縷縷るると駆け巡っていく。


 ガララ、と扉の開く音が聞こえた。脱衣所に繋がるスライドドアだ。


「…………!」リハナは浮かびそうになった身体を再び沈め、警戒するかのように音のする方向を見た。


 咄嗟に両手を上げ、自分の頭から生えている大きな耳をペシャンコにするように手の平で覆い隠した。顔だけが出てる具合までに胴体を沈め、できるだけ水面越しのぼやけた姿が映るように意識した。


 彼女が一人の時間を狙ってお風呂に入ったのは、ただ単に他人と入ることに抵抗感があるのもそうだが、自分が『獣人デュミオン』であることをバレたくなかったのが一番の理由だった。

 『マキナ』や他世界からの侵略に疲れた民間人は、反射的に異世界人を毛嫌いしている傾向が強かった。獣人特有の耳と尻尾、それを見ただけで唾を吐き捨てる者も少なくなかった。


 今は女湯の時間だ。貸し切りというわけではない。他に利用者が現れても珍しくなかったが、リハナとしてはあまり歓迎したくない心持ちだった。


 だが、訪れたのはリハナの予想する未来ではなかった。


 湯けむり越しの輪郭が、段々と明確になっていく。


「やっほー、リハナちゃん」香織かおるはリハナを見つけると、元気そうに手を上げた。


「あ、冴山さえやまさん……?」


「もう! そんな他人行儀な呼び方しなくていいから。香織でいいよ」


 よっこいしょ、と小さくかけ声を口にしながら彼女は湯船に足を沈み込ませると、広い浴場だというのにさも当然な様子でリハナのとなりに座った。


「ね!」


「は、はい……」リハナはよそよそしく応じた。


 別に香織が苦手とかそういうわけではなかった。ただ、『ヘルミナス王国』にはみんなでお風呂に入るという文化がなく、加えて貴族育ちの彼女は、同性といえど裸を見られることに慣れていなかったため、近くに来られると自然と羞恥心が芽生えてしまった。無意識に身体をすぼめるように隠そうとしていた。


「凄いでしょー、ウチの大学は」香織は無邪気な笑顔を浮かべていた。「ボクはよく泊まり込みで研究とかするからさ、ここに何度もお世話になったことがあるんだよ。初めて見たときは驚いたなあ。創明大学ってなんでもあるんだよねえ。日本人だけじゃなく、外国人が楽しめるような施設だってあるし」


「そ、そうですか」


「アウトドア派もインドア派もなんでもござれの実質テーマパークだよ。遊園地はないけど、スポーツ系なら一通り揃ってるし、ゲームも最新機種まで遊べるよ。これって、税金で賄ってるのかな?」


「さ、さあ?」


「でも、ボクのイチオシはやっぱり――児童向けに集められた駄菓子かなあ」と瞳を輝かせる香織は、壮大な夢を語って高揚する本当の子供じみていた。


「駄菓子、ですか」


「駄菓子って知ってる?」


「は、はい。一応」リハナは彼女から入院の見舞い品として貰ったものを思い出した。「あの白い食べ物も駄菓子ですよね」


「そうそう、ヨーグル! ボク、駄菓子でそれが一番好きなんだよ。食べてどうだった?」


「えっと……独特な味でした」


「うんうん、正直だねえ」正直に答えたリハナに、彼女は満足そうに何度も頷いた。「もし、ここで、お世辞でも『大変美味しかったです!』なんて答えてたらはたいていたところだよ」


「は、はたいて……?」


「リハナちゃんも是非ぜひ寄ってみるといいよ。まあ、品数は少ないんだけどね。最近の子供って、舌が肥えてるのかなあ。駄菓子よりも『じゃがりこ』とかのほうが人気なんだよね」嘆かわしいことだよ、とおちゃらけたように年寄りじみた素振りを見せる香織。「それと同じように、歌留多とか縄跳びみたいな日本の伝統的な玩具もあるんだけど、そっちも全然人気ないんだよ」


「玩具があるんですか!」リハナは今まで以上の食いつきを見せた。


 裸を隠すために消極的に身体を引っ込めていたのを、急に身を乗り出すようにした。その急変した様変わりに、香織は眼を丸くする。


「あ……す、すみません!」我に返ったリハナは、自分のはしたない言動に顔を赤くした。


「いやいや、別にいいけど。……もしかして、リハナちゃんは日本の玩具が好きなの?」


「……はい」さっきの暴走もあってか、小さく消え入りそうな声だったが、彼女は肯定した。「地球こっちに来てから、流行してたゲームに触ったことがあるんですけど、機械が関わってくるのは私はよく解らなくて。子供たちが遊んでるのを見かけて、試しに私も遊んでみたら、一気にハマっちゃって」


 あのときの、運命の出会いを果たしたかのような衝撃、胸にすっと駆け巡るかのような感動を思い出し、リハナは自然と笑みが溢れた。しかし、それと同時に、力也くんたちのことも過ぎり、その笑みに寂しさが含まれる。


「そっか」香織は彼女の様子から、玩具が本当に好きであることを察したのか、優しい口調で答えた。「……やっぱり、敵なんかじゃないよ」


「え? 今なんと?」小さく何かが聞こえたような気がしたが、リハナは脳裏に流れた思い出に釣られていて、寸前のところで聞き取れなかった。


「ううん。なんでもないよ」しかし、彼女は特に補足しなかった。「でも、日本の玩具が好きなら、玲旺れおとも話が合いそうだね。あいつ、趣味で百人一首とかしてたし」


神宮寺じんぐうじさんが?」


 意外に思えた。今日出会ったばかり、と言えばそうなのだが、玩具で遊ぶの彼の姿をイメージすることができなかった。


「……ねえ、リハナちゃん」


「はい?」


「リハナちゃんはさ――玲旺のことどう思ってるの?」


「――――!」リハナは虚を突かれたような顔をした。「ど、どうして、そのことを……?」


「隠しているつもりだったかもしれないけど、ボクから見れば明らかだったよ」


 リハナは気まずそうに眼を伏せた。


「でも、そっかあ……」香織は消え入りそうな語尾で言い、その語尾の余韻を噛み締めるような間を置いた。「やっぱり、玲旺が戦ってるところを見たから?」


「はい……」


「かっこいいもんね」


「……? そうですね。ですが、それだけじゃない」


「うんうん。解るよ、その気持ち」


 実のところ、香織は彼女の気持ちを全く解っていなかった。

 二人の間には、微妙な、しかし決定的なすれ違いが起こっていた。


 香織のほうは言わずがな、神宮寺に好意を抱いているのか、ということだった。彼女はリハナが神宮寺に複雑な視線を送っていることに気が付いていた。そして、その真意を探る前に、ピーンときてしまった。というよりは、彼女の内側に眠る何かが警鐘を打ち鳴らしていた。香織、これは強大なライバルの登場かもしれない、と。


 しかし、実際は彼女の早とちりだった。

 だって、当の本人は、


 ――凄い。

 ――香織さんは。

 ――私が神宮寺さんにどういった態度を取ればいいのか迷っているのを、見破るなんて。


 それ以前の問題だった。

 リハナは神宮寺に対する感情に戸惑っていた。最初は、守るべき対象だった。名も知らぬ民間人の一人。少し生意気で自分勝手な行動が目立つものの、守らなくてはいけないと胸に誓った。それが、民間人に助けられた騎士の責務だと思ったからだ。

 なのに、彼の正体が『禁忌の人物史アカシックエラー』と判明した途端、助けようと思っていた民間人が自分より強かった事実が解った途端、心中に得も知れぬ空洞ができた気がした。暗くて何も見えない。解らない。消え去ってほしいとまでいかないが、リハナはそれの落とし所に困っていた。


 ――もしかしたら、香織さんに相談したら何か解るかもしれない。


「ボクが玲旺の戦ってるところを見たのは十年以上前で、中学の頃だよ」香織は、思い込めば一直線、と言わんばかりに進んで己の過去を語り始めた。「そのときはまだ、『禁忌の人物史アカシックエラー』だなんて綽名あだなが通称にはなっていなかったなあ。異世界に対する切り札、っていう認識がどちらかというと強くて、玲旺の行動にも特に制限もなかったし」


「行動に制限?」神宮寺には縁もないワードに思えた。


「別に今が自由じゃないわけじゃないよ。海外とか行っちゃダメ、とかでもないし。ただ、あいつが興味本位で道場に通おうとしたときは止められてたなあ。これ以上強くなるつもりか、ってさ」


「そ、そこまでですか」


「それぐらい、あいつが及ぼした被害の範囲がデカかったんだよ。ボクが初めて見たときも滅茶苦茶だった。とあるショッピングモールだったんだけど、オープンしてから一ヶ月ぐらいで解体されちゃうハメになったんだ」


「神宮寺さんが暴れたからですか」まるで『暴君タイラント』のような破壊力だな、とリハナは思った。『獣人デュミオン』にもできないことはないが、理性ある者は普通、屋内にいるのに建物の強度を度外視して攻撃したりはしない。「それだけ『マキナ』との戦いが熾烈を極めた、ということでしょうか」


「ううん。玲旺が戦ったのは、ショッピングモールを占拠しようとしたテロリストだよ」


「テロリスト?」想定していた敵の正体が予想の斜め上を行き、彼女は素っ頓狂な声をあげてしまった。「え、ショッピングモールでテロ行為をしたんですか」


「多分、ボクを狙ったものだろうね」あっさりと香織は言った。「ボクのお父さんってさ、当時はそれなりに話題になった議員さんでさ、それなりに多方面から恨みを買ってたっぽいし。大方、娘のボクを人質に何かを起こそうとしたんじゃないかな」


「ち、ちょっと待ってください」


 情報が多かった。冴山香織の父親が議員の仕事をしていて、そこで恨まれた、というよりは反発を大きく受けていたのだろう、その中でも過激な連中が、娘である彼女をダシにショッピングモールを占拠しようとした。

 気になることはいくつもあった。

 ただ、まず訊くだと思ったのは、


「えぇ? 神宮寺さん、普通の人間に魔法を使ったんですか?」


「うん。もう滅茶苦茶だったね」


 満面の笑みで頷くものだから、リハナは事の重大さを忘れそうになる。


「といっても、命までは奪ってないよ? ボクも詳しくないんだけど、玲旺の魔法は出力を加減してもどうしても周りを巻き込んじゃうから、ショッピングモールの中で収まっただけでもマシなほうだよ」


「マシ、なんでしょうか」


「凄かった。テロリストの連中を立ってるだけで薙ぎ倒していくんだもん。何よりカッコよかった。リハナちゃんが好きになっちゃうのも、正直解っちゃうよ」


「……ん?」


「でも、負けるつもりないからね! 付き合いの長さはボクのほうが上だし、玲旺のことはボクが一番知ってる自負があるから!」


「え、ええ!?」ようやくリハナは気付いた。自分と香織の間で起きているズレ。認識の違いを。


 バシャッ。

 香織が湯船から突然立ち上がった。お湯がしぶきとなって飛び散る。タオルを湯船につけてはいけない、とは無関係にタオルを身体に巻かなそうな彼女の裸体が眼前に現れ、リハナはどこに視線を運べばいいのか戸惑った。


「ボクとリハナちゃんは今からライバルだね! どっちが玲旺と恋人になれるか競争だ! よぅーし、ワクワクしてきた!」


「ま、待ってください! 私は別に――――」


「解ってる、みなまで言うな。これは人生において命運を分ける勝負だからね。ワクワクなんてしてられない気持ちも解るよ。でも、リハナちゃんとも仲良くしたいし、せっかくなら楽しまないと損だよ!」


「そうではなくて、私はですね――――」


「だからって!」ビシッと指をさしてきた。「ボクが勝負事に覚悟を決められない楽天家とは思わないことだよ。ボクは理系だからね。リハナちゃんの先を行く作戦ならいくつも考えられるし。そもそも、優位なのはボクだということを忘れないでもらいたいね。リハナちゃんより凄いところだって――――」と言ったところで、彼女は目線を下にさげ、「ま、まあ、うん……おっぱいの大きさは……今のところ、負けてるけどさ……」


「っ……!?」


 急に勢いをなくした彼女の向けられた視線の先を知り、リハナは自身の胸を両手で抑えて隠した。瞬時に顔に火が登る。

 胸の大きさもそうだが、二人の体格はまさに対極にあった。身長が160前半まであるリハナに対し、香織は144と小柄で、190近い神宮寺と並べば妹と勘違いされるほどである。日本は平均的に慎ましやかな体形の割合が多いとは言うものの、彼女のそれは子供体形といってよかった。女性の体形に勝ち負けもないが、くびれや身体の凹凸がはっきりとしているのはリハナのほうだった。

 ただ、だからといって彼女に身体的魅力がないと言えばそうではなく、それは趣味嗜好の話というわけではなく、彼女の身体は身長の低さからは考えられないほどに引き締まっており、はっきりとした筋肉はないものの、スレンダーな肉体の美しさが備わっていた。


「他のところは勝ってるもん! まだ解んないけど、絶対に! ご飯とか家事はまだ練習中だけど、玲旺に気に入ってもらえるぐらい上達するから! リハナちゃんには絶対に負けないからね!!」


 これ以上ないほどに高らかに宣言する香織。よほど、豊満な胸に自信を砕かれたのか、その目尻には涙が溜まっていた。


 ――ど、どんだけ必死なんですか。


 リハナはかえって冷静になってしまうほどだった。


 ――尋常でないほどの対抗心。

 ――……ん? 対抗心?


 そこで何気なく使ったワードが妙に頭をもたげた。何故かは解らないが気になる。そのワードを手がかりに共鳴の強い場所に立ち寄ってみると、先ほどの空洞があった。


 思い出される、神宮寺との記憶。


 リハナはその空洞に足を踏み入れた。もしかしたら、この気持ちの正体が解るかもしれない。ここまで自分を導いてくれたワードを灯りにして、見えなかった暗闇を突き進む。


 まるで、黙々と無心に努める瞑想のようだった。

 それで新たな悟りが開けるわけでもなかったが、答えとは、えてして予測とは埒外らちがいの方角からやってくるものだった。


 ――そうか。

 ――私は神宮寺さんに対抗心を燃やしていたんだ。


 自分に応急処置をしながら、真剣に地球人の非力さを語る神宮寺。

 それを見て、リハナは固かった決意をより強固にした。二度と、彼の前でみっともない姿を見せてはならない、と戒めすらした。


 それを、有陣大学で見せた圧倒的な佇まいが上書きする。

 すべてが嘘とまでは言わないが、少なからずリハナは騙された気分だった。もちろん、逆恨みや見当違いな思いなのは承知していたが、感情がなかなか納得できなかった。ただ、単純な憎悪とも違った。


 対抗心。

 そうとしか言いようがなかった。

 有陣でのを見て、むくむくと芽生えたのは、嫉妬でも怒りでもなく、負けてたまるものかという反骨心。


 ――強くなりたい。

 ――神宮寺さんに勝てるぐらいに。


 それは、ある種、恋愛的な側面も含んでいたように思う。

 ただ、それを彼女が自覚するのはまだ先の話。


「香織さん!」気付けばリハナも立ち上がっていた。


 突然の変わり様に、香織も少し面食らっていた。


「私、負けません!」と力強く宣誓する彼女だったが、肝心の主語がなかった。


「……! いいよ、ボクも絶対に負けないから!」


 どこまでもすれ違いを続ける裸の付き合いは、ここで幕を閉じた。

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