敵の価値観とこちらの価値観をぶつけ合う舌戦、良いよね

そして、二日が経過した。


「はあ、はあ……」


兵士たちの顔にも疲れが見え始めている。

通常の行軍でも厳しいが、今回は強行軍による速足であり、何より先頭を歩くクレイズ・アダン・ツマリの3人の速さについていくのが限界だからだ。


「今……何人残っている?」

「えっと……。あっしら含めて80人くらいっすね」


小休止の最中、セドナがそう答えた。

ここに居ない者たちは途中で力尽きたか、或いは行軍に嫌気がさして抜けたのだろう。

特に体力のないエルフたちは現時点でかなりの人数が姿を見せなくなっている。


「そうか……。ずいぶんと脱落したな。だが、急がないとならんからな」

「ええ……。因みに後どれくらいで到着しそうですか?」

「おそらくですが、現在地から3時間程度っす。だからもう一息っすね」

「はあ……疲れた……けど、あとちょっとなのね……」


ツマリはつらそうな表情を見せる。


「…………」


そしてアダンに至っては、疲労困憊のあまり無口になってきている。やはりエルフの血が濃いアダンにはこの強行軍は答えるのだろう。


「……皆さん、もう限界そうっすね。小休止の時間は少し伸ばしやしょう」


当然機械であるセドナは疲れを感じさせるそぶりは見せていない。


「そうだな……。それにしても、本当にここは敵に気づかれていないのか?」

「おそらくは……。ただ、万一待ち伏せをするとしたら、この先でしょう」

「この先?」

「ええ。この抜け道の一か所だけ、大きく開けた場所があるんす。待ち構えるとしたらそこっすね。ただ敵さんもそう多くの人員は割けないはずっすから……」

「俺たちとの真っ向勝負ってことっすね!」


元帝国兵の男がそう叫んだ。


幸いなことに、クレイズ直下の部下たちは全員脱落せずに残っている。

「すまないな、みんな……」

「な、そんな頭を下げなくていいっすよ、隊長!」

「そうだよ、あたしたちはみんな、隊長が好きだからついて来てんだから!」

このよく訓練され、ホース・オブ・ムーンの結成前から自身を支えてきた部下たちに、クレイズは感謝の思いを込め、深く頭を下げた。




「私たちが居れば、絶対勝てるからみんな、安心してよ?」

「みんなに迷惑をおかけした分、ここで挽回させてください!」


アダンとツマリはそう立ち上がって叫ぶ。この発言で、疲弊した兵士たちの顔も少し晴れやかになったのをクレイズは感じた。


「……フフフ、ありがとう、アダン、ツマリ」

仮にもこの二人は自身が生きるための目的をくれた。

そして今、皆を勇気づけるための旗印として活躍してくれている。

そう思ったクレイズは立ち上がり、二人の頭をぽんぽんと叩いた。


「ちょっと、クレイズ! 私はもう子どもじゃないんだから!」

「えっと、クレイズさん、その……」


そう言いながら恥ずかしそうにする二人だったが、信頼するクレイズに褒められたことは、まんざらではなさそうであった。




「そこを抜けても油断しちゃいけやせんよ。ダリアークの姐御がどうも暗躍してるらしいっすから」

「……そうだな。だが、セドナ。お前が一番狙われているのだから、気をつけるんだぞ?」


セドナが居なければ、今頃ホース・オブ・ムーンは空中分解していただろう。

剣の腕や軍略についてもそうだが、何よりその社交性の高さで周囲を力づけてきてくれたこの副長の肩をクレイズはバシッ、と叩いた。


「へへへ、隊長もっすよ?」


セドナもお返しとばかりにクレイズの肩を叩きながら嬉しそうに笑った。

「よし、もう一息だ。みな、行こう!」

「はい!」

そして兵士たちは、笑みを浮かべてゆっくりと立ち上がった。





それから数時間後。


「……ここか……ん?」


しばらく歩くと、クレイズ一行は件の広場にたどり着いた。


「みな、気を付けろ……」


前回の二の舞にならないように周囲の茂みを慎重に注意をとがらせる。

……兵が潜んでいる様子はなかった。だが、

「まさか来るとは思わなかったぞ」

広場の反対側から、兵士の一団が現れた。率いているのはダリアーク。

そして、

「フフフ、クレイズ! 会いたかったぞ!」

ネリア将軍もともに姿を見せた。


「む……君は、確かネリア……。なるほど、私の相手、と言うわけか……」

「そうだ! 貴様に敗れてから寝ても覚めても貴様のことばかり……。なぜ、貴様はそこまで執念深い?」

「はあ?」


そのあまりに理解が出来ない発言に、クレイズは思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。


「貴様のことが頭に焼き付き、昨夜はついに夢にまで押しかけて来おって……。その罪、今ここで償わせてくれる!」

「く……訳は分からんが……。いずれにせよ、彼女を止められるのは私だけのようだな……来い!」

「いざ!」


そう言うと、ネリア将軍と共に広場の中央から少しそれた場所で二人は剣と槍を向けあった。





「ダリアーク……なんであなたがここに居るの?」

「決まっているだろう? 万が一、ここを落とされてはディアンの町が陥落するからだ」

「そういうことを聞いてるんじゃないわ!」


ツマリはそう言うと、剣を抜きながら叫んだ。


「そもそもあんたはディアンの町の住民じゃないでしょ? なんでそんなに肩入れするの? それに、なんであたし達ホース・オブ・ムーンの邪魔ばかりするの?」


「貴様が知る必要はない」


だが、そこでセドナも口を挟む。


「そりゃないっすよ。……そもそも、最初に会った時から妙だったんすよ。……なんで、荒野でお二人を追い詰めていた時に、あっしらごと逃がしたんすか?」

「……ほう?」


その発言に、ダリアークはピクリ、と反応した。


「それに、ニクスの町を落とした時もそうっすよ。よく考えたら、あそこにダリアークさんが居たってことは、あっしらの作戦を読んでたはずっすよね? なのに、それをニクスの町に伝えていなかった。まるで、あっしらがあの町を落とすように仕向けていたみたいでした」

「……そこまで分かっていたか」

「もしかしたら、その理由をあっしらに教えてくれたら力になれる、と言うことはありやせんか?」

「ふむ……」


その提案に、少しだけ興味がわいたのか、ダリアークは頷いた。


「では教えてやろう。……私が戦うのは……『秩序ある混沌』を維持するためだ」

「はあ?」


聴きなれない言葉を聴き、セドナは驚きの声を上げる。


「変化が起きない世界では格差が生まれる。貴様らも、獣人の村やニクスの町、そしてディアンの町を見てきただろう?」

「……そう、だね……」


アダンもその発言を聞いて、頷いた。

ホース・オブ・ムーンを結成するときに訪れた村も、膏薬の販売によって暴利をむさぼっているところが実際に存在した。

さらに、ニクスの町では鉱山の持ち主が、そしてディアンの町では有力な地主が富を独占していた。


「だからこそ、貴様らの憎しみを煽り、各地を転戦させていたのだ。……それにより格差をならし、貧富のない世界を作るためにな」

「そんな……。じゃあ、私たちはあんたに利用されていたってこと?」

「そうだ。と言いたいところだが……。セドナ。貴様がその結果を少しずつ狂わせていただろう?」

「あっしが……どういうことっすか?」


その発言に、ダリアークは少しいらだったような表情を向けた。


「忘れたとは言わせん。貴様が古城を攻め込んだ時は覚えているな? あの時我々は、あの村にある膏薬畑を全て焼き払うつもりだった。奴らに二度と暴利をむさぼらせんためにな」


その時の様子を思い出し、セドナは頷いた。


「……そういや、不自然なほど工作兵が多かったのは気になっていやしたが……」

「次にニクスの町でも、貴様らは私の想定よりはるかに低い被害で占拠を成功させた。あれでは、すぐにまた格差が生まれるだろう」

「…………」

「そしてディアンの町でもだ。あの同盟を成功させては、地主の土地を奪い、小作農の解放をさせることは出来なくなるところだった。……貴様の存在は、格差のない世界を目指すために目障りだったのだよ」


ダリアークの目的は、今回の戦争で地主たちの持つ私有財産を全て使いつぶさせることにあると理解したセドナは、合点がいったように頷いた。


「……言いたいことは……それだけっすか?」

そして、セドナはダリアークのその決意が現れる瞳をじっと見つめ、反論する。


「確かに格差のない世界は理想っす。かといって、あんたのやりたいように世界を好きなようにするのは間違っていると思いやす。あんたは神様じゃないっすよね?」

「コントロールできない秩序は……秩序だった混沌よりも恐ろしいということが分からんのか?」


アダンとツマリはそれを聞いて、理解が出来ないといった様子でかぶりを振る。


「分からないよ! 少なくとも、そんなやり方をしたって、きっとひずみが出来る! 単にあなたが望んだ結果にはならないはずだ!」

「そうよ! それに、あの時セドナが居なかったらあんた……。アダンを殺すつもりだったんでしょ?」

「当然だ。そうでもしなければ不自然だったからな。ツマリ、貴様さえいれば反乱軍をまとめ上げることはできたはずだ」

「ふっざけないでよ!」


その発言はツマリにとって一番許されないことだった。

思わずツマリは、怒りの思念をダリアークに叩きつけ、剣を抜いた。


「ぐ……」

「はっきり言うわ。私は頭が良くないから、あんたがどういう世界を目指そうが、どういう世界が正しいかなんてわからない。……けどね。私にとってはアダンが全てだから! だから、あんたのことは絶対に認めない!」

「あっしも、あんたの意見には納得できやせん。人命を簡単に切り捨てるような奴に世界の手綱を握らせたくないっす。そんなら、我々は混沌と共に歩む道を選びやす!」

「……やはり、我々の意見は異なるようだな……まあ、予想通りだがな」


そう言うと、ダリアークは手を振り上げた。


「最後に教えてやる。お前達とのおしゃべりに興じた理由は、こいつを起動する時間が欲しかっただけだ……」


そう言うと、茂みの奥からズシン、ズシンと音が聞こえてきた。


「ゴーレム……!」


悍ましい姿をした人形が、兵士たちと共に現れてきた。

随伴する兵士たちは、ダリアークの直属兵だろう。見たところ、以前アダンとツマリを襲った時の面々ばかりであった。

数の上ではさほど差がないのが、唯一の幸いだろう。


「……さあ、貴様らの旅はここで終わりだ……! その後は、ホース・オブ・ムーンを襲い、また新しく英雄を生み出すだけだ!」

「あ!」

「……そういうこと、ね……」


その発言で、自分たちが『勇者兄妹』として帝国を滅ぼすまでの一連の行動も、すべてダリアークによってコントロールされていた行動だと、アダンとツマリは理解した。


「あんたは……ここで倒す!」


ツマリはギリ……と歯を食いしばり、怒りを込めた目でダリアークを睨みつけた。


「アダンさん、ツマリさん! あっしがダリアークの姐御を抑えるんで、あのバケモンは頼みやす! みなは、周りの兵たちを!」

「は!」


そしてセドナの号令で、兵士たちはみな得物を手に、戦いを始めた。

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