影の功労者のおかげで敵将が歯噛みするの、良いよね

「はあ、はあ……ここが、城主の部屋だな!」


そう言いながら、クレイズはバタン!とドアを開けた。

そこには先日戦った、ローブに身をまとう女の姿があった。


「……む……お前は確か……」

「ダリアーク!あなたは今朝撤退したんじゃ……?」


アダンはそう叫んだ。


「確かに部下たちに撤退はさせたさ……私はちょっと用があったので、残っていただけだ」

「用って、何の用よ!」

「……ふん、答える必要はないな……」


そう言うと、ダリアークはバルコニーに近づき、バッと手を振り上げた。

すると、城門の外にあるのろし台からもくもくと煙が上がるのを見た。


「これでお前たちも分かるだろうからな……」

「く……!よくわからんが……くらえ!」


そう言ってとびかかるクレイズ。だが、その剣は空を切る。


「なに?」

「全く、気の早い奴だ……。私の本体がここにあるわけないだろう?」

「く……幻術の類か!」

「そうだ。……そもそも、お前たちがここに来たのは私にとっては計画通りだ」

「計画通り、だと?どういうことだ……」

「フフフ……む?」


だが、のろしを上げてからしばらくしても何も変化がないことに驚いた。


「なぜだ、なぜ炎が上がらん! ……貴様ら……まさかと思うが……セドナはどこにいる?」

「セドナ? 答える義理は……」


クレイズは不用意に相手に情報を与えるような真似をするべきではないと思い、はぐらかそうとした。

だが、口の軽いツマリはにやりと笑って答える。


「あいつなら、用があるって言って、あたしたちと別行動をしてるわよ?」

「おい、ツマリ!……ったく……まあそう言うことだ」


その様子にクレイズは呆れながらも、ダリアークの方を向き直る。






このやり取りと前後して、こちらはセドナ達の部隊。

クレイズ達の急襲の報が届いたのだろうあわただしく走り回るエルフたちの目を盗みながら、茂みの中を駆けまわっていた。

当然、荷物になるうえに音も響く武器・防具は一切身に着けていない。


「やっぱり、ありやしたか……」


そしてセドナは採取場の近くで足を止めて、勝ち誇ったようにつぶやいた

部下のリザードマンは不思議そうに尋ねた。


「なんなのよ、これ?」

「採取場を焼き払うための油っすね。魔法一つで一気に焼き尽くせるようになっているんすよ」


見ると、魔法によって作られた、着火装置と思しき機構が油樽に繋がっていた。


「魔法を起動させた瞬間に、このあたりを派手に燃やし尽くせるように、って奴ですね。すいやせんが、解除してください」

「ああ、分かった。……それにしても、あいつら、村でも焼き尽くすつもりだったのか?」


同じくドワーフの部下はそう言いながら、導火線を切っていく。幸い、複雑な機構ではなかったようだ。


「流石に村までは延焼しないでしょう。けど、ここの採取場は二度と使えなくなりやすね」

「ひでえ……そんなことしたら、この村はどうなるんだよ?」

「少なくとも、薬草で荒稼ぎすることは出来なくなりやす。最も今の状態でも数年は……」

「そうね……」


そう言ってセドナ達は採取場を改めて見つめた。

既に採取場にある薬草は相当数が伐採されていた。

通常来年取る分まで考えて根こそぎ摘むような真似はしないのだが、エルフたちはそんなこともお構いなしに採りつくしていたことが分かる。


「それでも、油樽で根こそぎ焼き尽くされるよりは、はるかに再生は早いでしょう。多分ほかの採取場にも同じものがありやす。時間がないから手分けして探して、解除しやしょう」

「ええ。……ところで、なんでここに油樽があるって分かったの?」

「そりゃ、まあ……接収した土地を奪ったら、相手に奪い返された時の対策くらいしておくものでしょ?そう考えたから、こっちに来たんすよ」

「確かに……。けど、そんなことしたらエルフたちへの反感を今以上に買うんじゃないの?私なら、そんな怖いことしないけどね」

「そうっすよね……ただ……」

「ただ?」

「いえ、何でもないっす。それより、急いでくだせえ!油を売ってる暇はないっすから!」


そう言うと、セドナは次の採取場に駈け出した。







ダリアークは歯噛みするようにつぶやいた。


「くそ……『影の王』としての力は健在、と言うことか……。やはり、奴だけは確実に殺すべきだな」


そう独り言のようにつぶやくと、クレイズ達に向き直った。


「まあいい。多少『秩序ある混沌』が崩れる程度、別で取り返せばいいだけのことだ。薬草の伐採も済んだところだからな」

「秩序ある混沌? 何のことだ?」

「答える義理は無い……と言いたいところだが、一つだけ教えてやろう」

「なんだ?」

「支配できない秩序に身を任せるより、自ら混沌を支配する方が人々は幸福になる……というのが私の持論だ、と言うことだ」

「はあ、何言ってるか全然分かんないんだけど?」


そのツマリの発言にダリアークは再び不敵に笑みを浮かべる。


「分からないならそれでいい。……この古城はお前たちにくれてやる。せいぜい独立軍とやらを自称して、国造りの真似事でも楽しむんだな」

「待って、ダリアーク!……ダメか……」


アダンが制止の声を上げるが、ダリアークの幻覚はすう……と闇の中に消えていった。


「あの手の幻覚は目視じゃないと操れないはずです!だからダリアークは近くにいるはずです!追いますか?」


アダンの提案にクレイズは首を振った。


「いや、多分我々が見つけられるところには居ないだろう」


そう言いながら先ほどまでの敵兵とのやり取りを思い出すようにつぶやいた。


「……今にして思えば、城主の居場所を尋ねた兵士が、あっさりと口を割りすぎていた。万一に備え、我々をこの部屋に誘導するように仕向けていたのだろう……」


残念そうに言うクレイズに対して、アダンはバルコニーに出て、あたりを見回した。


「多分、あそこから操っていたんですね……」


そして、自分たちが意図的に脱出口として開けていた北門の城壁を見つめた。

その位置であれば城主の部屋にあるバルコニーを目視で確認できる。

その上北門には雑木林が広がっている。エルフが得意とする森林に逃げ込んだとしたら、もう追いかけるすべはない。

しばらくして、クレイズは自身の頬をパチン、と叩くとバルコニーの外に出て、アダン達を手招きした。


「まあいい、いずれにせよ我々の勝ちなのは変わらない。それより、ここで勝どきを上げてくれ。城外の兵士にも聞こえるよう、大声でな」

「……はい!」


そう言うとアダンとツマリは外に出て、

「エルフ兵に告ぐ!この城は我々のものになった!全員、直ちにここより退去せよ!」

そう叫ぶとともに、後ろの兵士たちも大声で勝鬨を上げた。

その声が聞こえていたのか、外の森からちらちらと見える松明の灯りと思しき点が、四方八方に散っていくのが見えた。






それから数時間が経過した。空は少しずつ白み始めている。


「……このあたりの兵士は去ったか?」

「はい、少なくともこの城内に居る兵士は全員いなくなったかと」

「ふう……」


その様子を見て、アダンは近くに会った椅子に腰を下ろした。


「何とかこの古城を落とせましたね……」

「うん。あたしもちょっと疲れちゃった……」

「そうだな、交代で休息を取ろう。まずは女性兵が先にとっていいぞ」

「え、ほんと?」

「ああ、特に君は疲れただろう?ツマリのお守り、ご苦労だったな」


クレイズは城内に侵入する際にツマリを制止していたドワーフ兵にそう言うと、彼女は少し呆れたような表情で笑った。


「アハハ、よくわかるね、隊長。全く、こっちの作戦を台無しにするんじゃないかって、肝が冷えたよ」

「何よそれ!……ったく、失礼よね、クレイズって!」

「うお!」


ツマリが腹立ちまぎれに飛ばした罵声を届ける思念に、クレイズは驚きの声を上げた。


「まあ、いずれにせよ順番は決めた方がいいだろう?それとも私たちが先に休む方が良いか?」

「……ううん。ま、お言葉に甘えさせてもらうわね。……お休み、お兄ちゃん」


そう言うとツマリ達は女性兵を連れて、近くの寝室に足を運んでいった。





それから1時間ほどして、セドナ達の部隊も城内に戻ってきた。

隠密行動に徹していたためだろう、部隊は怪我一つしていなかった。


「ただいま戻りやした、隊長!」

「ああ、ご苦労だったな。……それで、首尾の方は?」

「ええ、ばっちりでした」


そう言うと、セドナは胸を張って笑みを浮かべつつ、簡単に作戦の内容をアダンにも伝えた。


「へえ、焦土作戦を狙っていたんですか?」

「そうっすね。万が一、とは思いやしたが……」

「万が一?」

「ええ。そんなことをやったら、もう一度採取場を奪い返すことが出来なくなりやすし……何より、周囲の村々がエルフをますます嫌うようになるから、却って統治に悪影響を与え安から」

「そう言われてみれば……けど、どうして『万が一』が起こると思ったの?」


それを聞いて、セドナは神妙な面持ちでつぶやく。


「なんていうか……エルフ……いや、ダリアークさんでしたっけ?あの女性ですけど、あっしら他種族の敵愾心をわざと煽ってる気がするんすよ……」

「わざと?何のため?」

「さあ……そこまでは分かりやせん。ただ、今の段階で考えても結論は出やせんよ」


そう言いながら、セドナは城主の部屋のベッドを丁寧にメイクし始めた。

恐らくダリアークが使っていたところだろう、慣れた手つきでシーツをきれいに伸ばす。


「おい、セドナ。わざわざこの部屋をきれいにしても意味ないんじゃないか?」

「そうかもしれやせんけど……やっぱり、汚い部屋って気になっちゃうんすよね」

「全く、変なところで几帳面だな、お前は……。まあいい。明日から忙しくなるぞ、アダン?」

「ええ! けどまずは、僕も休みたいですね……早く交代の時間が来ると良いけど……」

そう言うと、アダンは大きなあくびをした。

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