知らない予定が入ってる
月見白
① この国の予定を決めるのは
夜、執務を終えて専用車に乗り込む。
総理大臣に就任して三カ月、怒涛の日々でクタクタだ。だがこれが国を導くという高揚感なのか、体は軽い。
「自宅に向かってくれ」
「総理、今日はもう一件予定が」
「なに? 予定表にはなかったが」
「内密の予定です」
知らない、予定だ。
「場所は?」
「東京湾です」
背中に緊張が走る。
昔、先輩議員に言われたことがある。「知らない予定には気を付けろ」と。
「ご安心を。歴代総理も経験しています」
「そうなのか?」
長年連れ添った秘書が言うのだから、まあ危険ということはないのだろう。
到着したのは東京湾のヘリポート。
秘書に促されて一人でヘリに乗り込むと、そこには某国の大使がいた。
『総理、ご足労いただき感謝します』
『用件を伺っても?』
大使はニコリと微笑むと、操縦士に合図を送る。浮遊感とともに機体が空に舞い上がった。
『単刀直入に言います。今後は我々の予定に従ってください』
『は?』
見せられたタブレットには、明日の国会で私が答弁するセリフが書かれていた。その中にある『馬鹿者め』という汚い言葉に驚く。
『これは、大失言じゃないか』
『ええ、失言ですね』
『こんなことを言えるか! そもそも何の権限で私にこんなことを…』
『本日23時25分、川崎のガスコンビナートで爆発事故』
『なに?』
ドンと腹に響くような鈍い音がした。窓から外を見ると、川崎方面が赤黒い煙に包まれている。
『これ…は、君たちがやったのか』
『総理、この国の予定を決めるのはあなたじゃなく我々だ。書き換えるのも、ね』
タブレットには、一週間後この国を大きな地震が襲うと記されていた。
『これも、変えられるのか?』
『あなたが従うのなら』
『…分かった』
『話が早くて助かります。前の人は骨を折りました』
大使は、まるで世話の焼ける飼い犬を思い出すように苦笑いをした。
---
翌日私は「暴言総理」として新聞を賑わした。
予定表はもう私の知らない予定で埋められている。
「この国を導くのは、私だ」
強大な力の前に総理などちっぽけな存在だ。でも一矢報いることはできる。せめて、彼らの予定をわずかに狂わせるくらいは。
私は縄を首にかけ、足下の椅子を蹴った。
---
『昨晩〇〇総理が自宅で倒れ病院で死亡が確認されました。医師は心筋梗塞と…』
「まったく骨が折れる…メリッサ、母さんは元気かい? 少し予定が狂ってね、バカンスに一日ほど遅れそうだ。おお泣かないでおくれ、愛してるよ」
愛娘との通話を切った大使は、タブレット上の予定表を削除すると「B案」と書かれたフォルダを立ち上げた。
「いや、C案でもいいか」
(おわり)
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