魔女見習いの寂寞(フリー・朗読OK小説)

雪月華月

第1話 魔女見習いと魔女様

 うちの街には百年ぶりに魔女が来訪している。

 魔女と言っても、神様の使いと同じような扱いだ。

 国中をあちこちまわっている魔女は、時に弟子を見つけ、次代の魔女候補として育成する。

 その育成には多少時間がかかることで有名だ。


 そして私、リーナ・リンベルは、魔女様に選定され魔女見習いになった。


 今日は雨だった。しとしとと雨が降り続き、草葉は濡れていた。

 しっとりとつやつやした草葉の姿を見ながら、私は柔らかな白パンをたべていた。

この間、魔女と一緒に作ったいちごジャムを、すこしずつ塗りながら、食べていた。


 私は魔女に向かって言った。魔女はスクランブルエッグを、ケチャップにつけながら食べていた。


「雨が降ってよかったですね……街中の人が大喜びですよ。だって今年雨がちっともふらないってニュースになってたくらいなんですから」


「ああ、雨の神の大好物のハーブをたんまり渡したんだ。雨がふらなくちゃこまるよ」


 魔女はこともなげに言う。爽快な香りをはなつハーブを、ここ一週間、私と魔女は一生懸命にあつめ、乾かしたりしていた。

 魔女いわく、雨の神はこのハーブをつかって、髪を洗うのだという。とても気に入ってるので、渡せば、雨を降らすくらいわけないさと。

 薬水の材料になるハーブを集めては、献上できる形にするのは大変だった。

 腰は重くなるし、腕はどっと疲れるし。でも……。


「こんな気持ちのいい雨になるならよかったな」


「その気持が大事だよ……次代の魔女が、めんどうくさがりだと大変だ」


「魔法より、神への奉仕のしかたばかり教えてもらってる気がしますけどね……」


 私はくすくすと笑った。

 甘酸っぱいいちごジャムが口に広がるのを感じる。

 ちょっとつけすぎてしまったのか、口の端についてしまった。


「こらこら、子供なのかな?」


 魔女は私の口の端についたジャムを、ナプキンで丁寧に拭った。

 汚れをひとつも残さないような丁寧な仕草、そして柔らかく微笑む顔に、私はなんとも言えない気持ちになった。

ぎゅっと胸がしめつけられるような、敬愛が悲鳴をあげている。

 

 魔女様? お気づきですか?

 私、あなたに優しくされる度に、苦しいってことに。

 確かに魔女見習いでまだ、何も力はないかもしれないですけど……。


 貴方様に面倒見られるんじゃなくて、少しでもお役に立ちたいんですよ。


「子供じゃありません! たまたまついただけです!」


「とはいえ、君は偶に無頓着だからなぁ……特に自分のことになると」


「そんなことはないですー!」


 強がる私に、魔女は参ったなという顔をした。


「知ってるんだよ、この間近所の家の猫が茨だけのところに迷い込んだ時、君が手足をきずついても構わないで、助けに行ったって」


 ぎくりとした。今、私は季節の割にはすこし分厚い長袖を着ているのだが、理由は傷を見せたくないっていうのが大きかった。

 悲痛な鳴き声をあげる猫をすぐに助けたかったし、人を呼べば呼ぶほど、猫が暴れるのが目に見えた。

 だから緑の鋭さを隠さない棘をもった茨へ、思いっきり飛び込んだのだ。


 茨の棘は私の皮膚に引っかかり、時に血をにじませ、肌を切る度に、息がひゅっと吸い込んだ。

 涙も目の端ににじませたかもしれない。でも、へっちゃらってわけじゃなかったけど、猫を助けた時、とても胸が暖かくなった。

 もう、この子が怖い思いをしなくてもいいんだって思ったら、それまでの痛みなんて……となったくらいだ。


「私の軟膏が少し減ってたから最低限の治療をしているのだろうけど、それだけじゃ痕が残る。次代の魔女が傷だらけなんて……とはいわないが、女の子が傷だらけなのは看過できないね」


 薬湯を作るからと、断言するように魔女は言った。

 えっと思った。この傷のある手足を薬湯につける気なのかと。

 それはしみしみと染みて、ちょっとしたバツのようなものではないだろうかと。


「私に助けを求めなかった、お仕置きみたいなものかな」


 にっこりと魔女はしながら言い切った。

 私は唖然として、口をぱくぱくと動かした。

 声にならない、どうすればいいと思ったが、魔女見習いは魔女に逆らえない。

 ああ、私はこうして、魔女様に護られる……。


 食事が終わって片付けも終わると、魔女は私を呼び出した。

 たくさんの布や、軟膏、包帯とともに、桶に入った薬湯。


「まずは脚から。さ、薬湯に脚をつけて」


 この時の私の気持ちを想像できるだろうか。

 すこしどろりとして、人肌の温度にされた薬湯に脚をいれることで

 自分がどうなるのかっという恐怖を。

 浅くなりそうな息をこらえ、んっと口を閉じる。

 何も考えるな、考えると辛くなると思い、一気に脚を入れた。


「あ、あれ?」


 私は素っ頓狂な声を上げた。

 思ったより痛くないのだ。しみる感覚はあるのだが、程よいと言うか……全然耐えられる。


「……薬湯に、少し皮膚の感覚が鈍麻にするハーブを混ぜているんだ……だからだいぶ楽だと思うよ」


 魔女の手ずからで、浸かるだけでは届かない脚のところまで、薬湯がかけられる。

 ぬるい、肌にまとわりつく感覚に、心地よさを感じる。何より魔女の手がとても暖かくて、ホッとしてしまう自分がいた。


「昔話の魔女は、冷たい肌っていうらしいですけど、本物の魔女は温かいんですね」


 魔女は少し口の端をあげた。それは少し苦味を含んだ笑いな気がした。


「私だって、これでも人間だよ?」


 不老不死で性別もあやふやで、人間ではありえないようなことができる、神の使い。

それでも魔女は自分を人間だという。いつも少し寂しそうな笑みを浮かべて。まるで、自分はまだ人間だと言い聞かせるように。


「そうですね……」


 私は少し自分を恥じた。自分の口から発した言葉の苦味を舌で転がしながら。

 私は早く一人前の魔女になりたい、そうしたら魔女の気持ちがより一層わかるのではないのかと思うから。

 魔女の助けになりたい、魔女が困った時に私に助けや、甘えにてきてほしい。

 

 でも魔女がいつまでもここにいるなんて、保証どこにもない。

 魔女見習いを一人前になるまでいるとは一般的に言われるが、それが具体的にどれくらいなのか、契約もないこの関係は、ありとあらゆる意味で不確かだ。


 今、一瞬のこのひとときが何より愛おしい。

 私の敬愛する大好きな、魔女様。


 どうか離れないで。

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