第33話「配信者ギルドの依頼を受ける」

 観念した自称異能者たちは、知っていることをすべて話した。

 まとめると、次のようなことだった。



・自称異能者たちは謎の動画配信サイト『ディープ・マギウス』から依頼を受けた。

・依頼の内容は、ショッピングモールに現れる魔物から、人々を守ること。


・『ディープ・マギウス』は、ショッピングモールに魔物が現れるという情報をつかんでいた。だから、異能者たちに、人々を守るように依頼を出した。

・依頼には自称異能者たちが『ショッピングモールに結界を張ってみた』という動画を作成し、『ディープ・マギウス』の視聴者を楽しませることも含まれていた。


・自称異能者たちは依頼を受けて、フードコートで魔物が出るのを待っていた。

・魔物が出た後は人々を避難誘導して、みんなを囲むように魔道具をセットした。



 だけど──


「彼らが受け取ったのは『結界を張る魔導具』ではなく、『物体入れ替えチェンジリングの魔導具』だったのです」


 蛍火ほたるびは、震える声でつぶやいた。

 本気で怒っているのが、わかった。


 自称異能者たちは『配信者ギルド』の職員に連行されていった。

 俺と蛍火はギルドの職員から事情聴取を受けた。


 もちろん、すぐに終わった。

 アルティノが、ギルドに話を通しておいてくれたからだ。


 彼女は周囲の状況を確認しながら、俺たちにアドバイスをしてくれていた。

 その上でギルドとも連絡を取っていたんだから、かなり忙しかったと思う。


 俺と蛍火ほたるびが、人前で異能いのうを使ったことについては、おとがめなし。

 ショッピングモールの防犯カメラに映った俺と蛍火の姿も、ギルドが交渉して消してもらうことになった。

 そのまま俺たちはギルドの職員と、今後について話し合うことになったのだった。






「人々は別のショッピングモールに転移させられたのでしょう。おそらくは魔界にある、この場所に」


 アルティノは、スマホの地図をギルドの職員に示した。

 表示されているのは、市内にある魔界の地図だ。


 その中央に、大型のショッピングモールがあった。


 アルティノが地図をタップすると、古い画像が表示される。

 魔界に取り込まれる前のショッピングモールの写真だ。

 建物前にはウサギのマスコットキャラがいる。『ガーゴイル』と一緒にいた奴だ。


空間入れ替えチェンジリングの魔術には、似たような場所の空間を入れ替える効果があります。魔界にあるショッピングモールならば、その対象となりえましょう」

「わたしが人々を助けに行きます!」


 蛍火がアルティノの言葉を引き継いだ。


「人々を救うのが異能者の役目です。だから、ギルドの許可をください!」

「お考えはわかりました。ですが、こちらをご覧ください」


 ギルドの職員は、タブレットを取り出し、テーブルの上に置いた。


「事件のすぐ後、『配信者ギルド』に不審ふしんなメールが送られてきました。タイトルは『魔界のショッピングモールに一般人、招待してみた』です」

「……え」


 変な声が出た。


「メールにはアドレスが添付てんぷされていました。セキュリティ担当者が対策をした上でアクセスしたところ……このような映像が」


 タブレットに映像が浮かぶ。

 表示されたのは、どこかの動画サイトだ。


 映像が流れ出す。

 ほこりまみれの床に、朽ちかけの椅子とテーブルが転がっている。

 その隣には飲食店の看板がある。ひしゃげて、読めなくなっているけど。


 俺たちがいたフードコートと似てる。

 でも、ここは廃墟はいきょだ。

 電灯は消えて、代わりに周囲を、青白い光が包んでいる。魔界の光だ。


 間違いない。

 ここは魔界内にあるショッピングモールの、フードコートだ。


 椅子やテーブルの向こうには半透明の壁がある。

「……結界です」と、蛍火がつぶやく。


 壁の向こうには、人がいた。

 必死に、結界の壁を叩いている。


 みんな、さっきまでフードコートにいた人たちだ。

 声が聞こえる。『ここどこ!?』『なにがあった!?』『どうしてこんなところに』と。

 みのり先輩の姿は見えない。人壁の向こうにいるのかもしれない。

 姿は見えないけど、先輩はまだ、無事なはずだ。

 いくら魔界内部といっても、まだ転移したばかりなんだから。


 動画のすぐ下にタイトルがある。

『魔界のショッピングモールに一般人、招待してみた』──と。

 画面下には解説文がある。



『我々が新たに開発した結界の、耐久実験たいきゅうじっけんを実行中です。


 結界が、魔物による外部からの攻撃と、人間による内部からの衝撃しょうげきにどれくらい耐えられるか、この動画でご確認ください。

 結界は新規作成の魔術具によって発動しております。

 魔術具ご購入希望の方は、下のアドレスよりご注文ください。


 魔術具のサイズ

 高さ:450mm

 直系:150mm

 素材:魔術用複合金属

 結界展開可能時間:約3時間

(理論値です。受ける衝撃ダメージによって、結界の展開時間は異なります)


 魔界における結界の重要性と、それを失った場合の生存率をごらんいただくことで、結界用魔術具の重要性をご確認いただければ幸いです。

 ご注文をお待ちしております』




「結界展開可能時間は……約3時間? じゃあ、これを過ぎたら?」

「……結界が消えて、人々は魔界に放り出されることになります」


 俺の言葉に、ギルドの職員が答える。


 最悪だ。

 一般人を魔界に転移させて、結界に閉じ込めて、それを配信……って。

 結界の重要性? それを失った場合の生存率の確認?

 デスゲームでもやってるつもりなのか? 異世界転移する前はそういうマンガやアニメも見てたけど……それと似たようなことをやろうとしてるのか?


 なんなんだ。『ディープ・マギウス』って。

 これが奴らの宣伝行為なのか? そこまでして魔術具を売りたいのか?


 ろくでもない異世界から、やっと帰って来たってのに。

 こっちの世界でも、こんなろくでもない連中がいたのか……?


「『ディープ・マギウス』は、過激な異能者が利用しているサイトです」


 ギルドの職員は説明を続ける。


「運営者は……わかっていません。配信を行っているサーバーも、魔術と科学技術を併用して隠蔽いんぺいされており、特定できないのです。申し訳ありません……」

「変なサイトのことはどうでもいいです。すぐに助けに行かないと。結界は3時間しか保たないんですよね!?」

「犯人の目的が魔術具を売ることなら、スペックは記載されている通りのはずです。すぐに動けば、結界が消える前に助け出せるでしょう!」


 蛍火が青ざめた顔で叫び、アルティノが冷静に判断を下す。

 俺たちの意見は一致してる。


『結界が消える前に被害者を救出する』だ。


 場所が魔界なら、みのり先輩たちのまわりには魔物たちがいるはず。

 結界が消えたら……みんな魔物に襲われる。

 その前に、助け出さないと。


『ディープ・マギウス』なんか関係ない。

 俺たちは魔界を消し去る異能者だ。

 魔界に人々が連れ去られたなら、助けに行く。それだけだ。


「『ポラリス』の皆さまのお気持ちはわかりました。『配信者ギルド』も、皆さまに人質の救出をお願いするつもりです。ただ……もうひとつ、お伝えすることがあります」


 ギルドの女性は緊張した表情で、


「先のメールでもお伝えしたことですが、『ディープ・マギウス』には『魔術災害』を起こした裏切り者の異能者……『特異点』が関わっている可能性があります」

「『特異点』が、ですか!?」

「確かに、先のメールにはそのようなことが……」


 蛍火が目を見開き、アルティノがうなずく。

 ……いや、話が見えないんだけど。


桐瀬柳也きりせりゅうやさまは異能者として覚醒かくせいしたばかりでしたね。ご存じないのも無理はありません」


 ギルドの女性が、俺の方を見た。


「私から説明いたしましょう。10年前の『魔術災害』の真実について」


 そして彼女は、淡々とした口調で『魔術災害』について語り始めたのだった。






 10年前の儀式は異能者と一般人の善意によって行われるはずだった。

 目的は、世界を安定させること。

 地脈や霊脈の乱れから起こる異常気象や、魔物の発生を抑えるためものだった。


 そのために集められたのが『特異点』と呼ばれる、8人の異能者たち。

『特異点』の名は、『歴史に消えないポイントを刻み込む、別な能者』から来ていた。

 彼らは権力者たちと協力して、地脈と霊脈を安定させる儀式を計画した。



 そして、儀式が行われた日──儀式に立ち合った1人の一般人と、3人の『特異点』が、裏切った。

 彼らは他の5人の『特異点』を襲い、そのうち4人を殺害した。


 そのまま彼らは儀式を書き換えて、実行した。



 儀式は世界を悪い方に変化させた。

 魔物を封印するのではなく、逆に魔物であふれる魔界を生み出した。


 裏切り者の行方は、誰も知らない。

 儀式のときに死亡したとも、逃亡中だとも言われている。


 襲われた5人のうち、生き残った1人が作ったのが『異能監督省いのうかんとくしょう』と『配信者ギルド』。

 配信用の魔術を作ったのもその人だそうだ。





「『配信者ギルド』を設立されたのが『希望フォーチュン』の異名を持つ異能者、アルテアさまです。あの方が10年前に負った傷は深く……表舞台に立つことはありません。ですが、ギルドの活動を支えてくださっています」


 ギルドの女性は言った。


「裏切り者の異能者は『操作者マニピュレーター』『悪夢ナイトメア』『深淵アビス』の異名を持つ者たちです。かつてはもっと良い異名で呼ばれていましたが……今は、この名で呼ばれています」

「『魔術災害』の後の調査で、彼らがとんでもない人物だったことが明らかになりました」


 ギルドの女性の言葉を、蛍火が引き継いだ。


禁忌きんきの魔術を開発したり……奇妙な人体実験を繰り返していた者もいました。儀式に関わる者がそれに気づかなかったのは、当時は、神秘が秘匿ひとくされるものだったからですね」


『魔術災害』以前は、異能バトルは歴史の裏側で行われていた。

 異能者がなにを考え、どういう意図で戦っているのか、わかりにくかった。

 だから世界最強の異能者──『特異点』の中に、裏切り者がいることにも気づけなかった。


「異能者が情報をオープンにするようになったのは、それからです」


 そう言ってギルドの女性は、説明を終えた。


「『ディープ・マギウス』には、裏切り者の『特異点』が関わっているといううわさがあるのです。もしかしたら……」

「今回の事件にも、彼らが関係しているかもしれない、ということですね」


 蛍火は言った。


「だから、人質救出に向かう前に、そのお話をされたのでしょう?」

「情報をオープンにするのが『配信者ギルド』の方針です。その上で、皆さまに依頼します」


 ギルドの女性は机に額がつくくらい、深々と頭を下げた。


「『ポラリス』の皆さん、魔界の『ショッピングモール』に潜入して、人質を救出してください! 危険なのはわかっています。当然、その分の報酬は上乗せいたします。どうか、人々を助けてください!!」

「承知しました。人々を助けに行きましょう!」


 蛍火は迷いなく答えた。


「裏切り者の『特異点』が関わっているのなら、なおさらです。危険な状況にある人々を放ってはおけません! すぐに助けに行かなければ!」


 それから、蛍火は俺の方を見て、


「桐瀬さんにもお願いします。どうか、力を貸してください」

「わかりました」


 俺はうなずいた。


 正直、俺には異能者の事情はわからない。

『魔術災害』を起こした裏切り者の異能者とか言われても、実感がない。


 だけど、人質を放っておくことはできない。

 あの人たちは、俺と似たような思いをしてるはずだ。勝手に知らない場所に転移させられて……危険な状況に置かれて……怖くて、震えてるかもしれない。問答無用で異世界に召喚された俺と、同じような不安を抱えてるはずだ。


 俺のときは誰も助けてくれなかった。

 でも、こっちの世界には蛍火がいる。拉致らちされた人たちを、助けようとしてる。


 だったら、俺が協力するのは当たり前だ。

 俺は蛍火の使い魔、ブラッド=トキシンなんだから。


「俺も協力します。一緒に、人質を救出しましょう」

「ありがとうございます。桐瀬さん」

「……わかりました。この依頼、魔術結社『ポラリス』がうけたまわります!!」


 俺たちの代表として、アルティノが答える。

 それからギルドの女性は、タブレットに依頼書を表示させる。

 アルティノはそれを読みながら、


「救出作戦は通常通りに配信されるのですか?」

「配信いたします。魔界に対しては『視線の魔術』が必要ですから」

「多くの視線を集めることで、魔界の影響を弱めるものですね?」

「そうです。『ディープ・マギウス』の配信が切れてしまったら、人質が魔界の本質にさらされることになります。その前に、人質のもとにたどりついてください」

「わかりました。それと、依頼書には『ポラリス』の他に異能者を手配したとありますが……」

「今回は共同作戦となります」


 配信者ギルドの女性は言った。


「救出には、すでに八重垣家やえがきけが手を挙げてくださっております」

「八重垣家が?」

「もっとも早く動ける方を探したところ、そのように。協力して人質を救出してくださるようにお願いします」

「承知いたしました。お嬢さまも、ブラッド=トキシンさまも、よろしいですね?」


 アルティノは俺と蛍火を見た。

 俺と蛍火はうなずく。


 それを見たアルティノがペンを取り、タブレットにサインをする。

 依頼受領の合図だ。


「「「魔術結社『ポラリス』。魔界にとらわれた方々の救出に向かいます!」」」

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