第17話「魔術結社の役員と話をする」

 ──レーナ=アルティノ視点──




 梨亜リアの父に会うときは、いつも緊張する。

 彼が威圧的いあつてきだったり、暴力的だったりするわけではない。

 ただ、彼には迷いがない。


 自分が正しいと信じて、一切の迷いをはいした人間。

 それが梨亜リアの父で西洋魔術師の、練造れんぞう=ノーザンライトだった。


「約束は覚えているだろうね。レーナ」


 練造=ノーザンライトは言った。


 屋敷の応接間だった。

 正面には練造=ノーザンライトが。その隣には、練造の弟子の女性がいる。


 魔術師である練造=ノーザンライトの一番弟子は、梨亜ではない・・・・・・

 それがどんな意味を持つのか、レーナも梨亜も、よく知っている。


「梨亜を自由にさせるのは、あの子が高校を卒業するまでだ。それまでに『攻略配信』で成果を上げられない場合は、私の決めた相手に嫁いでもらう」

「約束は覚えております」

「これは梨亜のためでもある。本当なら、あの子は魔術に関わるべきではないのだ」


 コーヒーに口をつけながら、練造は言った。


「あの子は魔術の世界にいるべきではない。魔界なんかと関わらなくていいのだ。できれば一般人として、安らかに生きて欲しい」

「お嬢さまは、正しきお心をお持ちです」

「正しさにこだわる魔術師ほど、過ちを犯すものだ」

「ですが!」

「『魔術災害』に関わった8人の異能者も、世界のためを思っていた。だが、結果として彼らは世界中に魔界を作り出してしまった」


 練造は続ける。


「正しく、強い心を持つのはよいことだ。だが、そういう人間が間違えたとき、大きな被害を出してしまうものなのだよ」

「梨亜さまのお祖母さま──エヴァ=ノーザンライトさまも、正しい心を持った魔術師でした」


 レーナは反論する。


「エヴァさまは心正しき魔術師として、世界に名を残していらっしゃいます」

「母が生きていた時代は状況が違う。すでに異能は、世界の表舞台に出てしまった」


 練造は胸ポケットから取り出したタバコを、口にくわえる。

 同時に、彼の隣にいた少女が手を叩く。

 直後、練造のタバコの先に、灯が灯った。


 弟子の少女が使ったのは、任意の場所に火を生み出す魔術だ。

 ノーザンライト家独自の魔術で、梨亜もレーナも使えないものだった。


「我が母も、なにひとつあやまちを犯さなかったわけではない。ただ、神秘が隠されていたため、皆に気づかれなかっただけだ。今は違う。すべてがオープンになっている。過ちも正しさも、すべて」

「梨亜さまが、人々の害になることをなさると?」

「それはわからない。私はただ、梨亜に傷ついて欲しくないだけなのだよ」


 穏やかな表情で、練造は話を続ける。


「できればあの子には……普通の人間として嫁いで欲しい。私が認めた相手と、私の目の届くところにいてほしいのだ」

「当主さま……」


 練造=ノーザンライトは、いつからこうなったのだろう。


 レーナの一族は、代々ノーザンライト家に仕えてきた。

 彼女自身、エヴァ=ノーザンライトから直々に、梨亜のことを頼まれている。

 当主である練造のことも尊敬している。

 なのに、当の練造は、梨亜を魔術の世界から引き離すつもりでいるのだ。


「この町には八重垣家やえがきけがある。東洋魔術の名家であるあの家は、西洋から来た我らをうとんじている。いつ梨亜の足をすくうかわからない。それを防ぐためには──」

「梨亜お嬢さまの味方を増やす必要があるのですね」

「それが100万人の視聴者だ」


 練造は言った。


「梨亜が100万人を味方につけたなら……私はあの子が魔術世界で生きていくことを許そう。どんなに良い婿むこを見つけたところで、100万人に勝てるわけがないからな」

「当主さま。視聴者とはそういうものでは……」

「わかっている。私はただ、安心したいだけなのだよ」


 苦笑いして、練造はタバコの煙を吐き出した。


 彼が梨亜を大切に思っているのは、わかる。

 練造は梨亜を、なにがなんでも守るつもりでいるのだ。


 だから高校卒業と同時に、梨亜を政略結婚させるつもりでいる。

 地位と力があり、魔術とは無関係な相手と。

 それこそが梨亜を守ることに繋がると、練造は信じているのだった。


「とにかく、君たちは約束を忘れていないのだな? ならば、それでいい。ところで、話は変わるのだが──」


 練造は、こほん、と咳払いして、


「ブラッド=トキシンとは何者なのかな?」

「お嬢さまの使い魔です」

「ノーザンライト家に使い魔を呼びだす魔術はないはずだが」

「確かに、呼びだしてはいません」


 レーナはうなずいた。


「ですが、ブラッド=トキシンさまが異世界から・・・・・来た者・・・であることは間違いありません。あの方はえにしにより、お嬢さまの使い魔の役目を果たすことになったのです」

「危険な相手ではないだろうね?」

「ありません。亡きエヴァ=ノーザンライトさまに誓って」


 レーナは姿勢を正して、告げる。


「わたくしはエヴァさまから、梨亜さまのことを頼まれております。大恩たいおんあるエヴァさまとの約束を違えたりしません。なにより、梨亜さまはわたくしの大切な主君でもあるのですから」

「わかっているよ。だが……」

「当主さまはおっしゃいました。『高校を卒業するまでの間は、お嬢さまを自由にさせる』と。お嬢さまの『攻略配信』は、その自由に含まれると解釈しております」

「……レーナ」

「当主さまには約束のときまで、魔術結社『ポラリス』の活動を見守っていただければと思います」

「……わかった。君と梨亜を信じよう」


 練造は、ため息をついてから、うなずいた。


「ただ、ブラッド=トキシンとやらが梨亜に害をもたらすと判断したら、即座に引き離す。私は『ポラリス』の役員でもあるのだ。それくらいは許してくれるね?」

「承知しております。当主さま」

「わかっていればいい。時間を取らせてすまなかった」


 練造は立ち上がり、手を振った。

 退出の合図だった。


 レーナは一礼してから、部屋を出る。

 思わずため息をつこうとして、止める。

 屋敷の敷地内は練造の結界だ。監視用の妖精が巡回している。

 外に出るまでは気が抜けない。そう思ったレーナは姿勢を正し、歩き出す。


(当主さまは……心配性すぎるのです)


 練造は梨亜を大切に思っている。

 梨亜の安全のために──彼女の自由を奪おうとするくらいに。


 それは梨亜の母のことが関係しているのだろう。

 とある事件で、練造は妻を──梨亜の母を永久に失うことになった。

 それが練造の中で深い傷になっているのだろう。


 だから、彼は梨亜を失うことを、病的なまでに恐れている。

 なにより、魔術に関わらせたくないと考えている。

 ノーザンライトの当主が、外部から弟子を取っているのは、そのためだ。

 

(……お嬢さまが自由になるためには、約束を果たす必要があります)


 高校卒業までに、視聴者100万人を達成すること。

 それは、途方もない望みだ。

 これまでコツコツと実績を積み重ねて、やっと10万人を超えたところだ。

 あと2年の間に、10倍近くに増やさなければいけない。


(お嬢さまひとりでは難しいでしょう。トキシンさまがいても……可能かどうか)


 練造は『ブラッド=トキシンとやらが梨亜に害をもたらすと判断したら、即座に引き離す』と言っていた。

 そうならないように、レーナも気をつけなければいけない。

 

(ただ、トキシンさま……いえ、桐瀬きりせさまがお嬢さまに害意を持つことはないでしょう。あの方は生活のために『攻略配信』に参加されるのですから。それに、あの方は悪い人ではありません)


 レーナは、自分が意外なほど桐瀬柳也を信じていることに気づいた。

 現在、梨亜と桐瀬柳也は部屋でふたりきりだ。

 なのに、彼が梨亜になにかするとは思えない。


 それは彼の落ち着きようを見ればわかる。

 柳也は、18歳とは思えないほどに落ち着いている。それは異世界で7年間の労働を続けてきたからだろう。彼の精神年齢は25歳だ。そのせいか、彼は梨亜のことを同年代の少女ではなく、仕事の同僚として見ている

 おそらくは今ごろ、真面目に契約書を読んでいるだろう。


 無事に彼との契約を進めるためにも、早く帰らなければ。

 そう考えて、レーナは足を速める。

 そうして車に乗り込んで、エンジンをかけて──


「……そういえば、今日は部屋の掃除をしましたっけ?」


 ふと、思い出す。

 梨亜は『攻略配信』のために、昨日は遅くまで魔術の研究をしていた。

 ほとんど徹夜てつやだったはずだ。

 出かけるとき、ねぼけていた梨亜をレーナが起こして、シャワーを浴びさせたのを覚えている。コーヒーを飲ませて目を覚まさせて、それから服を着せた。


 時間ぎりぎりだったので、あわてて出かけたはずだ。

 そのとき部屋は、どんな状態だっただろう……?


「急いで帰った方がよさそうですね」


 そんなことを思いながら、レーナは車を発進させたのだった。


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 次回、第18話は、明日のお昼くらいに更新する予定です。


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