第3話・太っ腹!

 せっかく女史から逃げたのに、結局ラウンジでは休む事が出来なかった。今度は先輩のコンチクチョーが何度もLINEを入れてきて、対応せざるを得ないという……オレは社畜の鏡か!

 どうやらプロジェクトの資料を預けておいた社員が無断欠勤していて、解らない事だらけだそうだ。


「んなもんそいつの家に行ってくれよ……」


 疲れて死んだように寝ているかもしれないし、もしかしたら嫌気が差して辞めるとか言い出すかもだな。


 そんなこんなで結局機内で寝る事になるんだけど、マジかこれ、めちゃくちゃ寝心地がイイじゃないか。会社で用意した航空チケットがファーストクラスだったんだよね。『流石上場企業、太っ腹!』って一瞬思ったけど、そもそも普段がブラックな時点で流石も何もないだろう、って気が付いた自分がちょっとだけ悲しい。

 それでも食事とかドリンクとか美味いし、何かもう、サービスが至れり尽くせりで尻に根が張ってしまった。


「マジで降りたくねぇな。もう一生ここに監禁されてもいいぞ……」


 ドバイ国際空港から会場であるエキスポシティ・ドバイまでは車で40分程の距離。ここは以前、“ドバイ国際博覧会”で使用された跡地で、遺産レガシーとして再利用されている広大な施設だ。ただ、直接向かう訳ではなく、HuVer-WKホーバークの受け取りの為に一旦港に寄らなきゃならない。

 会社が手配した現地スタッフと合流して、名前も解らない高級車で港に向かった。その間、アラビア語会話の本を片手にコミュニケーションを試みるが撃沈。車なんて安いのでいいから、通訳くらいつけて欲しかったよ……。

 

 オレは港に着くとすぐに会社のマークが入ったHV専用コンテナを探し、中に固定されているHuVer-WKホーバークのコクピットに乗り込んだ。言葉が通じないスタッフといるのが辛かったからだ。

 しかし、想定外と言えば良いのだろうか、新品のマシンに搭乗して妙にテンションが上がってしまった。シートにはビニールが掛かっていたり、モニターにはフィルムが貼ってあったりと、とにかくすべてが新しいパーツだ。微かに感じる機械の匂いが心地よい。アクセルやブレーキに貼っていある養生シートを剥がし、足をかけてシート位置を調整。そして、オペレーターの登録をして起動準備は完了。

 あとは固定ワイヤーを外すだけだが、それはHV専用トレーラーが来てからだな。このコンテナの床には長距離輸送用の固定フックが設置されていて、HuVer-WKホーバークは前後左右2本ずつ、合計8本のワイヤーで固定されている。

 それにしてもトレーラーの到着が遅い。渋滞に巻き込まれたって連絡が入ったけど、ドバイみたいな広い道路でも渋滞なんてあるものなんだな。


「تناول بعض الماء من فضلك」


 現地スタッフの一人がタラップを登り声をかけてきた。何を言われたのか解らずにキョトンとしていると『ど~おう……ぞ? のみます、ヨ』と、たどたどしい日本語でペットボトル入りの水を差しだしてきた。

 丁度喉が渇いていたんだ、ありがたい。気を使ってくれたのだろう、手に持っていたのは日本メーカーの天然水だった。


「あ、ありが……じゃなくて、えっと……シュクランクティールどうもありがとう


 最低限の礼儀として、挨拶とイエス・ノー、お礼の言葉だけはちゃんと覚えている。発音は微妙だけど感謝の気持ちは伝わったらしい。彼はニコっと笑顔を見せ、他の暇そうにしているスタッフ達の元へ戻っていった。





「……っと、やべえ、寝てたか」


 あまりにHV専用トレーラーの到着が遅くて、いつの間にかコクピットで寝てしまっていたみたいだ。中途半端に寝たせいなのか、頭の中がフラフラと揺れている様な感じがする。あとで何か薬でも飲まなきゃな。

 辺りが薄暗くて陽が沈んだのかと焦ったんだけど、よくよく目を凝らして見ると壁に囲まれている。周囲の状況を確認しようと思い、シートの下に常備しているハンディライトを取ろうとして、に気が付いた。


「え……何で縛られてるの、オレ」





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