第8話 炎のパンチ

身構えるレイズ。訳も分からぬ間に、戦いに巻き込まれてしまった。

と、指先に感じる、空気の流れ。


(……風?)


バージルが生む風だろうか。指の隙間を風が抜けていくのが分かる。

その風にダメージはない。ただ、不自然に吹かれるそれと、謎の圧力に恐怖しているからか、身体が硬直してしまう。

人間驚けば一瞬動きが止まる。それの一種だ。


しかし、バージルはそれが落ち着くのを待ってあげる理由がない。


「……見事な棒立ちだな。おい」


動いた、と思った瞬間、一気に距離を詰められた。

それだけでなく、攻撃すらも終わっている。その証拠に。


「ッ!」


鈍い音と頭部の痛みに襲われ、レイズは意識が飛びそうになった。ふわ、と脳が浮く感覚になる。

あのゴテゴテした杖で頭を殴られたのだ。その激痛に抗えず、地面を転がる。


「いってぇ~~~……!!」


不思議と、血は出ていない。ただ、絶対に瘤にはなっているだろう。


(意味分かんねぇ!!意味分かんねぇぞ!?)


その情けない姿に、バージルは舌打ちをした流れで、ため息をついた。


「ち……期待外れのゴミだったか」


エラーの当たりは強いと聞いてたが、と聞こえた気がしたが、そこを詮索する余裕がない。


「痛みだけじゃダメかねぇ……」


バージルは頭をかき、杖を握り直す。風障壁の厚さを維持するのを忘れずに、龍力を充填する。

彼はその一連の行動を『ゆっくり』行っている。要は、わざとスキを作っている。しかし、戦闘ド素人で、かつ、訳も分からぬ状況のレイズは、痛みと戦っているので精一杯だ。


「っつ……クソ……」


痛みに慣れることはないが、何とか立ち上がるレイズ。

その瞬間。


「レイズ!!」


レーヌが叫んだ。その直後。またもバージルの攻撃が。


「!!」


先程と、ほとんど同じ場所。

スキだらけのレイズの落ち度であるが、本人はそんなこと思っていない。

痛みと、僅かに怒りが湧き上がってきた。


またも倒れるレイズだが、今度は転がらない。

僅かな怒りが、痛みより『敵』へと意識を割いた。だが、傷口は嘘を吐かない。


「ッ……」


つ、と何かが垂れる感覚。


(血、か……)


彼は慌てて傷口を押さえる。皮膚が裂けたか。生温いそれが、手を、腕を伝う。

その時、レイズの中で何かが弾けた。


「やりやがったな……」


訳も分からず戦わせられて、頭が追いつていこない。

目の前の敵への苛立ち、救いのない苛立ち、自分が想像以上動けていないことへの苛立ち。威圧感も相まって、気分が悪い。

それらが、自分の中で渦巻いていく。


それは、もう一つの燃えるような魂を呼び起こすように、心が興奮した。

これの影響か、徐々に体温が上がっていく。

ただ、まだ冷静さを欠いていないレイズ。良くない高揚だと本能的に分かったため、落ち着け、と脳内で叫ぶ。


「ふー……ふー……」


動揺と怒りに乱れた呼吸。それを整えようとするレイズ。

しかし、心の興奮は収まらない。

止めたくても、湧き上がってくる。それは、レイズの周囲の空間に異変を発生させた。


僅か、本当に僅かだが、炎が煌めいたのだ。

レイズの微かな変化に、バージルの動きが止まる。


「今のは……」


一瞬だけ、龍力を感じた。まだ可能性の糸は千切れていない。

偶然だったとしても、大きな収穫だ。下手に刺激を加えるよりは、様子見がよさそうな雰囲気。

バージルは杖を構えたまま、少し距離を取った。


「止まんねぇな……コレ……っざけやがって……!!」


レイズは血を払う。前髪がそちらに流れる。下に見えた眼は、非常に鋭くなっていた。

次の瞬間、レイズの周囲に炎が現れた。今度は、強く。

「暴走か!?」と大人が駆け寄ろうとするが、バージルの作る風の壁で近くに寄れないでいる。

風障壁で龍力を割いているため、レイズの龍とぶつかるのは得策ではない。が、力量を知るいい機会だ。肉を切らせてでも、情報が欲しい。


「……いいぜ。来な!!」

「ああぁぁぁぁああ!!」


レイズは吠えた。レイズの声と、龍の咆哮のような声が混じる。

周囲の炎が、さらに強くなる。はやりと言うべきか、完全に制御できている訳ではないらしく、舞った火の粉が外へ外へと飛んでいく。

それも、バージルの風障壁の風に乗り、掻き消されていく。


「……!!」


掻き消されていくとは言え、中々に衝撃的な場面だ。

村の少年が怒りに身を任せ、炎龍を解放しているように見えるのだから。

住人は驚き、全員が下がった。村の龍力者でさえも。


「やればできるじゃねぇか!」


バージルは汗をかきながらも、不敵に笑う。

ただ、風障壁に割く龍力、強めておく必要がある。


(力を……!!もっと……!!)


武器がないなら、この拳だ。もっと、炎を。もっと力を。

レイズはさらに力を上げていく。


そして、彼は消えた。


「は?」


バージルが一瞬怯む。

その時には、もう彼の横にいた。


「!!」


反応できた時には、もうすでにレイズの拳がバージルの頬を捉えたときだった。

めき、と音がし、バージルは吹き飛ばされる。


「ああぁぁぁぁああ!!」


レイズはさらに吠える。龍の力がさらに強くなっている。

炎も増し、圧力も強くなっている。

それでも、不思議とバージルの作る風障壁からは漏れ出ていなかった。


グリージの住人は、離れた位置で、レイズの変化を黙って見ていることしかできない。

こんな龍力を見るのは、二回目だ。それも、暴走の時とは違い、明確にターゲッティングしている。よって、先日の龍暴走とは別ケース。

自分たちが介入して、どうこうできるレベルではない。


「ててて……」


バージルは頬を押さえながら起き上がる。炎の拳を浴びたはずなのに、頬は焼けていない。殴られたダメージはあるようだが、見た目よりは軽傷らしい。


そして、彼は炎の龍力者を眺めている。

依然として、レイズからは凄まじい龍力が放出されていた。


(すげぇ火力だ……が……)


明らかに異常な龍力。暴走状態っぽいが、自我は残っている。ターゲットを自分以外に向けないのが良い証拠である。


(問題なのは、この後だが……)


彼を細かく観察するかのように、目を細める。

息が続かなかったのか、咆哮が途切れ途切れとなってきた。


「ぁ、ぁあ……」


龍力自体は、相変わらず。だが、バージルにとっては、ラッキーだ。

レイズは龍力を解放しているだけで、その場から動こうとしない。


(ラッキー、だな)


このまま見ていればいい。彼の龍力の変化を。

そして、数秒後。「そろそろかな」と呟いた。


その直後。


「ッ……!」


と、突然レイズの膝がかくんと折れた。そして、そのまま倒れこむ。手をつくことさえしない。

凄まじい龍力も燃え尽きたように感じなくなった。花火の後のような静けさとなる。


「もう、いいか」


それを見計らい、バージルは風の壁を解除する。


「へへ……見つけた」


そして、そのままバージルは意識を失った。


レイズの周囲の地面は焦げ、煙を上げている。

グリージの住人たちは、想像を超える力に声すら出せず、ただ立ち尽くしているのだった。

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